他人の評価。責任を伴わない批判。
気にしたって仕方ないはずなのに、なぜか僕らは引っ張られてしまう。
たった1歩が怖くて踏み出せなくなる日もある。
明日が来なければいいと願う日もある。
それでも今日、ここに立っていられるのは、
貴方が、僕を選んでくれたから。
1週間にわたるMV撮影が終わり、明日は久々の丸1日オフ。少しだけ肩の力が抜けて、明日はどうやって過ごそうかな、とあれこれ考えながら楽屋の片付けをしていると、
「涼ちゃん、元貴ー、今日どっか夕飯食べいかねー」
若井が着替えながら、いつもより若干テンション高めに声をかけてくれる。久々の休日を前に、心が浮き立ってもいるのだろう。思わず笑みをこぼしながら、いいよーと返すと、椅子に座ってスマホをいじっていた元貴が、
「えー疲れたし、また今度がいい、今度にしよ」
と、スマホから目を離さないまま、どこかうわの空で答えた。珍しい。なんならこういう時は夜1人はさみしいからと先陣切ってごはんなり家でゲームなり提案したがるのに。もしかしたら、新しい曲の構想が脳内で生まれてきているのかもしれなかった。メンバーで会話していて少しうわの空になる時、元貴は音楽のことを考えていることが多い。ちょっと残念そうな若井がかわいそうになりつつも
「確かにスケジュールずっと詰まってたもんねー、来週今回の打ち上げもあるし、また今度にしようか」
と言うと、若井も確かに、と同意してくれる。その時、ポケットにいれていたスマホが通知で震えた。家に帰ってからでもいいけれど、一応確認しておこうとスマホを取り出すと
「今日家きて」
という元貴からのLINE。最近よくある「甘えたい」気分の日なのだろう。元貴の方に特別な感情はないと分かっていつつも、心拍数があがってしまう。若井には知らせないふたりだけの秘密、特別感のようなものが、僕のくだらない優越感を刺激する。口元が緩まないよう気をつけながら、僕は了承の返事をした。
解散後、いったん家に帰り着替えなどを持ってから元貴の家に向かった。こうして呼び出されるのは初めてではなく、「甘えたい」時はだいたい元貴の家に呼び出され、帰るのは朝になるのが常だった。
家に着くと、
「ごはん、ウーバーで適当に頼んだけどまだ来てないから、先シャワー浴びてきちゃって」
とタオルを渡される。これもいつもの流れだった。シャワーを済ませて出てくると、元貴がみてみて、とドライヤーをこちらにみせてきた。
「あー、ほんとに一緒だ」
「3人一緒なのはほんとおもしろいよね」
乾かしたげる、と元貴がソファをぽんぽんと叩いて座るよう促してくる。思わずどぎまぎしながら、彼の横に腰掛けた。ドライヤーからの温かな風が頬を撫でる。自分の髪なのに、漂ってくるシャンプーの香りは元貴のもので、それだけで幸せになってしまう。
「涼ちゃん、髪伸びたよね」
「そう、結構伸びた、だから乾かすのも時間かかるんだよー」
ある程度乾いてきたところで、元貴も飽きたらしく、仕上げは自分でどうぞとドライヤーを渡される。櫛で梳かしながら残りを乾かしていると、元貴が腰の辺りに抱きついてきた。髪を乾かし終えて、なんとなくぽんぽんと頭を撫でると、めずらしく
「しばらくそうしててほしい」
とちょっとバツが悪そうに小さな声で言う。かわいい、と口に出しそうになるのを我慢し
「お疲れ様、今日も疲れたねー」
と、頭を撫でつづける。ウーバーがインターホンを鳴らして到着を知らせるまでその時間は続いた。
あれこれ話しながらだらだらと夕飯を済ませると、また黙ったままで抱きついてくる。これもいつもの流れで、うっかり元貴がソファで寝落ちてしまう前にベッドに連れていく必要がある。ところが今日は、抱きついてから20分ほどの時間が経過したころ、パッと自ら離れた。あれ、と不思議に思っていると、
「今日、大事な話があるんだよね」
「え、なになに」
「これ、最初に涼ちゃんにだけみてもらおうと思って」
渡されたのは歌詞の書かれた一枚の紙。曲名には「BFF」の文字。
「……読んで。感想きかせて」
静かな、真剣さの込められた声色に少し怖気付きながら、渡された歌詞に目を走らせる。途端に身体の内側から冷えていくような、重い鉛を飲み込んだような、そんな感覚に襲われた。誰をイメージして、誰に向けられて書かれたものか、全てを読まずとも分かる。彼にとっての親友、若井に向けてだ。そう認識した途端に醜い嫉妬が、どうしても埋められない距離の寂しさが、彼にとっての一番になれない悲しさが、心を埋めつくした。目頭が熱くなる。まずい、と思うより先にぽろりと涙がこぼれおちた。慌てて取り繕うように笑顔を作る。
「すごく、いいと思う」
笑え!一片たりとも陰を見せるな!元貴に悟らせるな!笑え、笑え自分!
「わー、ごめん、なんか感動して泣けてきちゃった」
頭で考えていることに反して、涙は次から次へと溢れてくる。元貴は今どんな表情をしてるだろう。もし少しでも訝しまれていたら。そう思うと怖くて、彼の顔がみれなかった。
「やばい、おさまらないや、ごめん、帰るね」
もうじっとしているのが何か拷問のように思えてきて、思わず立ち上がり、早口でまくしたてて逃げるように元貴の部屋を後にした。なにか呼びかけられた気もするが、もうなりふり構っていられなかった。あの場にこれ以上いたら余計なことまで口にしそうで、そんなことをしたらもういままでのように元貴と接することができなくなるのは分かっている。
きっと、ただ友人として好きだったのならここまで苦しい思いはしていない。なんで、僕は彼を好きになってしまったんだろう。うぁ、と抑えきれずに込み上げた嗚咽は、何か獣の啼き声のようだと思った。
※※※
早く甘めのお話を書きたいんですが、まだしばらくはすれ違うふたりです。
コメント
6件
めっちゃ素敵です😭もとりょつの純愛✨ 涼ちゃん可愛い過ぎる💕
自分まで泣けて来た…次も楽しみです!だいすこです💕
最っ高ですわ…すれ違い、なんとも悲しい!!!