この作品はいかがでしたか?
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あいつと俺じゃ、まるで素材が違いすぎると思ってた。完璧なあいつと、後ろ向きでネガティブな俺。
…でも実際、全然そんなことはなかった。むしろ、あいつの思考の方がひねくれてた。
─この曲は、そんなあんたに向けて書いた曲だと思って聞いてくれたら、創造者としてはうれしいよ。
ごんと鳴り響いた鈍い音。脳が揺られるような痛みに襲われ、思わず顔を歪めてしまう。
ぎゃあぎゃあ泣き喚くと、また父さんに怒鳴られるから、必死で一方的な暴力に耐えているのだ。
「やめて!この子は!!…響は悪くないの!!!」
「お前ら、俺が憎いんだろう?!なあ!!?」
「憎んでなんか……ッきゃあ!!」
母さんが俺を見つめる。「逃げて、あとは私が何とかする」の合図だった。髪を鷲掴みにされ悲鳴をあげる母さんを置き去りにして、俺は自室へ逃げる。
─静かになった。父さんはきっとどこかに出かけたのだろう。
今日は少し激しかったな。ずきずき痛む側頭部に触れると、先程より強い痛みに襲われる。
涙は出ない。出したって無駄だから。絶望に暮れても、この日常は続く。母さんが父さんを殺すか、父さんが事故に遭うか、父さんが何かしらの中毒で死なない限り。
俺らはあの怪物に目をつけられないために、自らを縛ってここから動けないようにしている。あらゆる”してはいけない”を作って。
逃げてはいけない。きっと父さんは、意地でも探し出して俺を殺すだろう。
リストカットもだめ。あいつのことだから分かるだろ?
わがままを言うのはご法度。機嫌悪くしてぶん殴られる。…その他、諸々。
何の逃げ道もない俺にとって、”音楽”は唯一の現実逃避であり、救いであり、自傷行為だ。本当はこんな歌詞書いたって、感化されて動く人達なんてひと握り…いや、ひとつまみくらいしかいない。でも、誰も見向きをしてくれないこの牢獄の中で、俺は世間に向けて、そして自分に向けての皮肉や自虐を描き続けている。
すやすや寝ている母さんに気付かれないよう、そっと家を出る。向かう先は、路地の廃ビルの屋上だ。俺だけの秘密基地で、俺だけの避難場所。
いつも通り、酒臭い路地裏を通る。誰かのえずく声。絡み酒の人間の笑い声。
今日は比較的静かだ。いつものあの人はいないのだろうか。
階段を上り、ぎいっとドアを開ける。ビルに灯る明かりのせいで星とかいう綺麗すぎるものは見えない暗い空間が空を満たしていた。
床には、小石で傷を付けて描いた楽譜。…我ながら、いいメロディだ。きっと、俺の最高傑作になってくれるであろうそれを、歌詞とともに口ずさむ。
「”弱虫なきみのために歌う 勇敢で小さな あいの歌”…」
なんだか俺が惨めに見えて、自分で自分を嘲笑う。こんな歌、聞いてもらえるやつなんて俺にはいないよ。ほんと作成背景も含めて皮肉な歌だ。ひとりぼっちのやつがこんなの書くなんてさ。バカみたいだ。
弱虫。俺じゃん。大してなんも出来ないくせにネガティブ発言ばっかして、周りまで気分悪くさせる。
俺、ほんとにいなくなった方がいいんじゃないか?俺が死んでもどうせ誰も悲しまないし…いや、母さんぐらいは悲しんでくれるかな。まあ、どっちにしろいなくなりたいのは変わらないけどさ。
(…もう何もかもだるい。いっそ死ねたら幸せだな)
……きっと幸せなんて死んでも生きてても多分感じない、俺とはかけ離れたものってのは分かりきってるけどさ。
目を覚ました。フェンス越しに差し込んだ朝の光。
─ここで寝て、しまった。抜け出したことがバレれば、また怒鳴られて殴られる。つむじからつま先まで嫌な寒気が走り、冷や汗が噴き出た。
あわよくば逃げたい。帰りに事故にあってしまえばいい。階段で足を引っ掛けて転落死してしまえばいい。とにかくなんでもいいから、父さんに会わずにこのまま死ねればいい、のに。
そんなこと考えてても弱虫な俺は死ねない。だから仕方なく、家へ向かって歩き出す。
「どこ行ってたんだ」
煙草とアルコールのせいでしゃがれた声が、帰ったばかりの俺にまとわりつく。無造作に伸びた髪から覗く目は、俺を捉えて逃さない。
「…ごめんなさい」
「全く、謝って済む話じゃねえんだよ…口開けばごめんなさいごめんなさいって……警察に見つかりでもしたらどうすんだ…」
ぼそぼそと言葉を零す父さんは、ひとつ舌打ちをして椅子に腰掛けた。あまり怒鳴られなかったことに内心安堵して目線を上にやると、飾られた1枚の紙が目に留まる。
…いつの写真だろう、これ。3人で顔を寄せて、仲良さそうに笑っている。
(…幸せそうだな)
まるで別人のように笑う紙切れの俺は、幸せそうに玩具のマイクを握りしめる。ずっと大切にしていた、お守りのマイクだった。
信じても無駄だよ、そんな出来合いのおまじないなんて。幸せなんてものは簡単に崩れてしまう。根強く残る絶望を残して。
こんなもの、見ていたって無駄なのに。また泣くってわかってるのに。父さんの目の前なのに。
「─こんな家庭に、生まれて来なければよかった……」
─死にたいんなら、殺してやるよ!!!
やってしまった。
言っちゃいけないことを、言ってしまった。
逆鱗に、触れてしまった。
母さんを身代わりにして。
ぐるぐると回る思考は「戻ろうよ」「母さんは?」とヒーローじみた事を繰り返す。でも今は、そんなこと考えていられない。がくがくと震える脚の痛みに耐えられなくて、いつもの街のどこかの店の前で座り込んだ。
小柄な俺は、周りから好奇の目を浴びる。息が落ち着いて、また動こうとした時だった。急に手首を掴まれ、思わず振り返る。
「…え、ッ」
「かわいい顔してんじゃん。…連れて帰ろうぜ」
「いいねえ」
いかにも遊び人な2人の男が俺を見下ろす。戸惑う俺をぐいぐい引っ張り、どこかへ連れていこうとしているのだろうか。
「なあ、この子未成年っぽくない?」
「ちっちゃいだけっしょ」
「そう?だとしても明らかに処女だろ」
「…あの、俺、男……」
「分かってるよ大丈夫だって。ちゃんと準備するからさ」
(……は?こいつら俺と…正気か?)
こいつらの異常な思考に虫酸が走り、猛烈な吐き気に襲われる。胃からこみ上げるものを抑えつつ、手を振りほどいた。
「…ッ無理です、!!」
「あ、おい」
「ほら、逃げちゃったよ」
ざらざらした壁の感触が手から伝わる。朝ぶりにここに来た。
口が酸っぱくて苦い液体で満たされている。吐瀉物でぐしゃぐしゃになった床を見ていると、やり場のない喪失感に襲われた。少し寂しい。
これからどうしようか。帰ったってどうせ父さんに半殺しにされるだけだし。餓死した方がまし…
「……あの」
「うわぁッ!?」
「ごめん、脅かしちゃったね。…警察の者です。藤鳴 響くんだね?」
「…え、ぁ…はい」
「そうか、よかった。…俺と、来てくれるかい?」
どうやら、通報を聞いて迎えに来てくれたらしい。きっとここにいるだろうと、母さんが通報してくれたと話があった。
まだ母さんの安否は分からないが、とりあえず今警察を向かわせているのだそうだ。
「…母さん、大丈夫なんでしょうか。俺のせいで…」
「まだ分からないなあ。連絡がもうすぐ来るはず……辛かったよなあ、父親からの虐待なんて。君は悪くない…とりあえず、君は保護するよ」
朝方、母さんが刺殺されていたとの連絡があった。父さんは絶望に暮れていた所を逮捕されたらしい。まあ当たり前の結末に終わったので、ショックを受けることは無かった。
その後、俺は一時保護所という虐待などを受けた子どもが来る場所に少しの間滞在した。
ネグレクトを受けた子、虐待による自殺で死にきれなかった子、性虐待を受けた子。様々な理由で、様々な年の子たちが集まっていた。同じような環境下にいたからかとても話しやすく、職員の人も優しくしてくれて、暖かい雰囲気の場所だった。
その間は大体本を読んで過ごしたが、その中でも一冊の児童小説をよく読んでいた。虐待をテーマにした小説で、ひたすらに見えない闇と戦う主人公たちの姿はなんだかかっこいいと思ってしまった。
経験と重ねると、どうしても涙腺に来る。読み終わる頃にはほろほろ涙を零してしまったことは、今の所誰にも知られていない。
その後、俺を引き取ってくれる親戚の夫婦が来てくれた。名を鳴宮さんといい、優しい雰囲気の穏やかな人だった。
俺には似合わないくらいの綺麗な家。ドアを開けてもらうと、花のようないい匂いがふわり、としてきた。
「そんなにカチカチにならなくていいんだよ」
「…いや、でも」
うろたえていると、がちゃん、と玄関が開く。友達と別れたらしいくせっ毛のその人は、俺を見て目を瞬かせた。
「…わ」
つづく
コメント
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だから同じ「鳴宮」って名字なのに響は暁のこと「鳴」って呼んでたんか… 気になってた謎が解消されたわ