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第44話「エルフの老化を研究する場合」
大学病院。
会議室。
机の上。
二枚の検査結果。
三十年前。
現在。
高橋雅人が言う。
「ほとんど変化がありません」
森野リリカ。
百四十三歳。
見た目。
二十代後半。
それは。
誰が見ても分かる。
だが。
数字でも。
そうだった。
「身体的な老化が」
高橋は言う。
「この三十年間」
「ほぼ進んでいない可能性があります」
相沢直人が。
資料を見る。
「ほぼ?」
「完全にゼロとは言えません」
「でも」
「非常に小さい」
森野。
「……」
月島セシルが聞く。
「私も同じでしょうか」
高橋。
「分かりません」
「森野さん一人のデータしかありませんから」
月島。
「そうですよね」
高橋。
「だからこそ」
そこで。
言葉を止める。
森野が見る。
「だから?」
「研究者としては」
高橋は。
正直に言う。
「もっと調べたいです」
森野の耳。
少し下がる。
「採血」
「……」
「遺伝子」
「……」
「細胞」
高橋。
「はい」
「調べたいです」
「でも」
すぐ続ける。
「お願いはしません」
森野。
「どうして?」
「最初の約束だからです」
高橋は資料を閉じる。
「森野さんが」
「自分で決める」
「そういう条件でした」
森野の耳。
静か。
相沢。
「もし調べたら」
「はい」
「何が分かるんですか?」
高橋。
「現段階では」
「分からないことが分かります」
相沢。
「……」
森野。
「便利な言い方ですね」
高橋。
「研究とは」
少し笑う。
「だいたいそういうものです」
森野も。
少し笑う。
「例えば」
高橋が説明する。
「細胞の分裂」
「はい」
「染色体の状態」
「はい」
「老化に関連する指標」
「はい」
「DNAの修復機構」
森野。
「難しくなってきました」
相沢。
「俺も」
月島。
「私は少し分かります」
森野。
「何で?」
「大学で生物学を」
「また大学?」
「二回目です」
「生物学二回やったの?」
「一回目は百年前なので」
相沢。
「学び直し?」
月島。
「そうです」
森野。
「エルフの生涯学習、長い」
高橋が。
資料を指す。
「仮に」
「はい」
「森野さんの身体に」
「人間より老化を遅らせる仕組みがあるなら」
森野。
「はい」
「それを理解することで」
高橋は。
一瞬。
娘のことを思い浮かべる。
「早く老化してしまう病気の」
「治療につながる可能性はあります」
森野。
「可能性」
「はい」
「治るとは言えない?」
「言えません」
森野は。
高橋を見る。
耳。
動かない。
「その言い方」
「はい」
「信用できます」
高橋。
少し笑う。
「ありがとうございます」
帰り道。
森野。
相沢。
月島。
三人。
駅へ。
月島が言う。
「私は」
「はい」
「協力してもいいと思っています」
森野が止まる。
「本当に?」
「はい」
「採血も?」
「条件次第では」
「遺伝子も?」
月島。
少し考える。
「そこは慎重に」
相沢。
「どうして?」
月島。
「血液は」
「はい」
「私のものです」
「うん」
「でも遺伝子は」
森野が続ける。
「家族ともつながっている」
「はい」
月島。
「私一人で全部決めていいのか」
「難しいですね」
森野は。
自分の腕を見る。
「私は」
「はい」
「怖いです」
月島。
「分かります」
「でも」
「はい」
「結衣さんを見たから」
「……」
「何もしないっていうのも」
「はい」
「少し違う気がして」
相沢は。
何も言わない。
森野が見る。
「相沢さんは?」
「何?」
「どう思います?」
「俺?」
「はい」
相沢は。
しばらく考える。
「森野さんが決めればいい」
森野。
「それだけ?」
「うん」
「もっと何か」
「俺が」
相沢は言う。
「受けろって言って」
「うん」
「あとで嫌になったら」
「うん」
「俺のせいになる」
森野。
「……」
「受けるなって言って」
「うん」
「あとで後悔しても」
「うん」
「俺のせいになる」
森野。
「ずるい」
「そう」
「逃げてます」
「今回は逃げる」
森野の耳。
ぴく。
「でも」
相沢が。
森野の手を取る。
「決めたあと」
「うん」
「怖くなったら」
「うん」
「一緒にいる」
森野。
耳。
少し上がる。
月島。
「私」
「はい?」
「先に帰っていいですか」
森野。
「どうして?」
「邪魔なので」
森野。
「月島さん!」
翌日。
会社。
午前九時。
森野。
パソコン。
仕事。
しかし。
十分おき。
研究資料を見る。
相沢。
「仕事してる?」
「してます」
「研究のこと考えてる」
「考えてません」
ぴく。
「耳」
「うるさいです」
午前十時。
藤堂ユウが来る。
「森野さん」
「はい」
「母から」
「また?」
「研究の件」
「アリアが?」
「ニュースにはなってませんけど」
「はい」
「エルフの集まりで聞いたそうです」
森野。
「早い」
藤堂。
「母」
「はい」
「協力するって」
森野。
「え?」
「健康診断のデータ」
「……」
「それから」
「はい」
「採血くらいなら」
森野。
「本当に?」
「父と相談して決めたそうです」
相沢。
「修一さん?」
「はい」
藤堂。
「父が」
スマートフォンを見る。
「『百二十五歳の人間のデータも必要なら出す』って」
森野。
「修一さんまで?」
藤堂。
「『どうせ長く生きたんだから役に立て』だそうです」
森野。
笑う。
「修一さんらしい」
午後。
さらに。
連絡。
神崎レオン。
『私も協力できます』
森野。
電話する。
「レオン」
『はい』
「何で?」
『何でと言われても』
「採血とかですよ」
『血くらいあります』
「そういう意味じゃない」
神崎。
『リリカ一人に』
少し間。
『エルフ全体の問題を背負わせる必要はないでしょう』
森野。
黙る。
神崎。
『月島さんも』
『アリアさんも』
『私も』
『別々に判断すればいい』
「……」
『あなたが最初に表へ出たからといって』
『あなたが全部やる必要はありません』
森野の耳。
少し下がる。
「ありがとうございます」
神崎。
『それから』
「何?」
『水原さんに』
森野。
顔が変わる。
「水原さん?」
『この話をしたら』
「はい」
『私より心配していました』
森野。
笑う。
「順調ですね」
神崎。
『切りますよ』
「デート何回目?」
『切ります』
「耳動いてます?」
通話。
切れる。
森野。
「切られた」
相沢。
「そりゃ切るよ」
一週間後。
エルフ側。
臨時会議。
榊原。
エリアス。
森野。
月島。
神崎。
アリア。
その他。
参加者。
エリアスが言う。
『研究を』
『全面的に拒否する時期は』
『終わったのかもしれません』
森野。
「そう思いますか?」
『我々が存在を公にした以上』
「はい」
『人間が知りたいと思うこと自体は』
『止められません』
月島。
「でも」
『はい』
「何でも渡すわけにはいかない」
『その通り』
エリアス。
『だから』
『研究される側ではなく』
『研究に参加する側になる』
森野。
「参加する側?」
『研究目的を確認する』
『条件を決める』
『データ管理にも関与する』
『結果も知る』
『拒否する権利も持つ』
『我々自身が』
『共同でルールを作るのです』
神崎。
『なるほど』
アリア。
『それなら』
『考えてもいい』
榊原。
『研究協力を希望する者だけで』
『小さな委員会を作ろう』
森野。
嫌な予感。
『森野』
「嫌です」
『まだ何も言っていない』
「委員長でしょう」
『よく分かったな』
「嫌です!」
神崎。
『適任です』
月島。
『適任ですね』
アリア。
『昔から仕切るの好きだったし』
森野。
「アリア!」
結局。
森野。
研究協力検討委員会。
委員長。
就任。
翌朝。
会社。
田中。
「委員長!」
森野。
「呼ばないでください」
「森野委員長!」
「普通に森野さんで!」
部長。
「委員長、企画書」
「部長まで!」
相沢。
「委員長、コーヒー」
「それはください」
相沢。
「委員長、プリン」
「ください」
田中。
「委員長、仕事」
森野。
「します!」
午後。
高橋から。
新しい研究計画案。
参加予定。
森野リリカ。
月島セシル。
神崎レオン。
藤堂アリア。
そして。
比較対象。
藤堂修一。
百二十五歳。
人間。
森野は。
一覧を見る。
五人。
一人ではない。
それだけで。
少し怖さが減った。
だが。
資料の最後。
高橋から。
手書きの一文。
『なお、娘の結衣本人から、森野さんへお願いがあります』
森野。
「結衣さんから?」
翌日。
病院。
森野は。
結衣の病室へ。
一人で入った。
「こんにちは」
結衣。
「こんにちは」
「お願いって?」
結衣は。
少し迷う。
そして。
言った。
「研究」
「はい」
「私のためにやらないでください」
森野。
止まる。
「え?」
結衣。
「父は」
「はい」
「私を助けたいから」
「……」
「どうしても必死になる」
「はい」
「でも」
結衣は。
森野の長い耳を見る。
「森野さんが」
「……」
「嫌なことまでして」
「……」
「私が助かっても」
少し笑う。
「たぶん私は」
「……」
「あんまり嬉しくないです」
森野。
何も言えない。
結衣。
「だから」
「はい」
「研究するなら」
「……」
「私だけじゃなくて」
「はい」
「未来の誰かのためにしてください」
森野の耳が。
ゆっくり。
下がる。
二十二歳。
百四十三歳。
生きてきた時間は。
百二十一年違う。
それでも。
その瞬間。
森野には。
結衣のほうが。
ずっと大人に見えた。
「分かりました」
森野は言った。
「約束します」
「無理はしません」
結衣。
「はい」
「嫌だったら逃げます」
結衣。
笑う。
「森野さん、逃げるの得意なんですよね」
森野。
「誰から聞いたんですか?」
病室の入口。
相沢。
顔を出す。
「俺」
森野。
「相沢さん!」
「事実だから」
「患者さんに私の黒歴史を教えないでください!」
結衣が。
声を出して笑った。
森野は怒った。
耳も動いた。
けれど。
その笑い声を聞きながら。
研究に協力してみようと。
ほんの少しだけ。
前より強く。
思った。
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うわぁ…第44話、めっちゃ沁みたよ😭💕 高橋先生の研究者としての誠実さと「お願いはしない」っていう約束の重み、めちゃくちゃ伝わってきた。森野ちゃんが「怖い」って素直に言えたのも、そこに相沢くんが「決めたあと怖くなったら一緒にいる」って一言…もうね、キュンが止まらんかった!!💘 それにレオンとかアリアとかエルフのみんなが「一人に背負わせない」って集まってくれたシーン、胸熱すぎるし…でも何より、結衣ちゃんの「私のためじゃなくて未来の誰かのために」って言葉にはマジでグッときた。22歳の子に言わせるなって思うほど深くてさ…😢✨ 森野ちゃんが逃げるの得意って黒歴史暴露されてるのウケたけど(笑)、あの笑い声が研究への一歩を押してくれたんだなって思うと、もうこの作品が好きで好きでたまらないよ…!!次回も楽しみにしてるね🌸