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前回のあらすじ
猫が喋っていた
カイルと受付の押し問答に、ビルの中で遊んでいた人々が次々と足を止める。階段から駆け下りる者、酒場の席から顔を出す者、ざわめきは波紋のように広がり、気づけば大勢の視線が一点に集まっていた。
必死に腕を振り解こうと暴れるカイル。しかし受付の手は離れない。汗が額から滴り、息は荒くなる一方だ。
群衆の中に、見覚えのある女性が混じっているのに気づいた。
「エリーやんけ!武器買わなくていいから、金払ってよ!」
振り絞るような叫び。しかしエリーは一歩も動かず、舌を出して小馬鹿にするように彼を見る。その態度にカイルの血管が切れそうになる。
「おい!お前そんな態度とれるのも今のうちだぞ!シルフォードにこのこと言ってるから金請求されるぞ!1000大金貨だぞ!!」
「1000大金貨」という響きに、エリーの頬から血の気が引いていく。眉を寄せ、すぐに駆け足でカイルの方へ近づいた。
「早く払え!俺に喧嘩を売った恐ろしさがわかったか!」
勝ち誇るようなカイルの顔。その挑発的な笑みに、エリーは唇を強く噛み、バッグに手を伸ばした。
だがその瞬間、群衆の囁きが飛び交い始める。
「あの子大丈夫か?あんな男と一緒に居させられて……」
「そうね。すぐに近くの騎士に言ったほうがいいわよ。そうしないと彼女が大変な目に遭うわ。」
「そう言えばあの男、マッサージ店で女性じゃないと嫌だって駄々こねてたな。」
「きも。早く捕まればいいのに。」
冷ややかな視線が矢のように突き刺さり、カイルの背中を冷たい汗が伝う。
「違うって!おい、早く払って!!お前のせいでこうなってるんだぞ!!」
縋るような声。しかし、さっきまで蒼白だったエリーはふと顔を上げ、不気味な笑みを浮かべた。
次の瞬間、両手で顔を覆い隠し、膝から崩れ落ちる。
「もう無理なの!これ以上払ったら、私もう暮らせなくなる!誰か助けて!!」
甲高い叫びが広間に響き、周囲の視線は一気にカイルへと集中する。怒りに任せて声を荒げた。
「お前ふざけんなよ!!一回も俺に金払ってねぇだろ!!お前のせいでこんな状況になってるんだぞ!!」
涙を演じていたエリーは、演技を忘れたように顔を上げ、怒りに染まった目で睨み返す。
「はぁ!!あなたが払わないからこうなってるんでしょ!!本当クズね!!バカ!アホ!」
「そんな小学生みたいな悪口しか言えないのか!?そんなんだから俺との勝負にも負けるんだよ!」
エリーの手がカイルの胸倉を掴もうと伸びかける。だが、ビルの入り口から重い足音と共に鎧の騎士が現れた。
「騎士よ!やっとあのクソクズが捕まるわ!」
「もしかすると最近の不穏な事件は彼が引き起こしてるのかもしれない」
群衆の声は安堵と非難で入り混じる。だがカイルだけは必死に足をばたつかせ、腕を引き剥がそうと悪あがきする。
「嫌や!俺は何も悪く無いぞ!!王様が悪いんだ!あのバークのクソ野郎!!」
騎士は金貨の小袋を回収し、そのままカイルの腕をがっちり掴むと、容赦なく外へと引きずり出した。
「公の場で国の王にそんなこと言うの世界であなたが初めてじゃ無いかしら。まぁこれで別れられるからいいんだけどね。」
冷笑を浮かべるエリーに、カイルは必死で叫び返す。
「お前、覚えとけよ!!ぜってぇ許さねぇからな!!」
「べーだ!」
舌を突き出してあざけるエリー。その幼稚な仕草に、カイルは怒りで顔を真っ赤にした。
「ちくしょー!!俺の主人公ライフはこれからなんだぞ!!嫌やーー!!!!」
騎士に引きずられて遠ざかる声が、街にこだました。
静まり返った広間にため息が落ちる。エリーは外の夜風に当たりながら吐き捨てるように呟いた。
「あんな男が予言の男だなんて世も末だわ。」
――
王都の街並みは灯りに包まれ、酒場の笑い声や家族の団らんが漏れている。だが、その一角にだけ異質な声が響いていた。
「俺はなにも悪く無い!騙されたんや!あのクソバーク!このことリークして絶対王座からおろしてやるんだー!!」
狂気じみた叫びに、近くを歩いていた子供が怯え、親の足にしがみつく。
「早くここから離れましょう。子供達が泣いちゃうわ。」
「そ、そうだな……」
冷ややかな視線を残し、人々は道を逸れて去っていく。
「そんな目で俺を見るんじゃねぇ!俺は無罪や!!」
もがくカイルが引きずられていく先で、角を曲がったところから数人の影が現れる。
「エリーゼとゼリアやんけ!!」
「カ、カイルさん!?」
目を見開くエリーゼ。助けに駆け寄ろうとするが、ゼリアに腕を掴まれて止められる。
「二人とも!いや、騎士団に頼みがある!早く助けてくれ!助けてくれたら1000大金貨あげるからさ!早くしてくれ!!」
「ど、どうしましょう……」
困惑するエリーゼ。しかしゼリアは冷たい瞳で一言。
「あんな奴の言うことは信じなくて大丈夫です。きっと何かまたやらかしたに違いありません。気にせずに早く行きましょう。」
「ゼリア!なんでそんなこと言うんや!仲間やろ!!早く助けろよ!ダンジョンの件でお世話になっただろ!もう忘れたのか!!」
「お前はなにもしてないだろ!このすけべ野郎が!!私が寝込んでいる間に体に触れようとしたことをラシアさんから聞いたぞ!!」
ゼリアが一歩前に出て、騎士の手を借りようとする。
「私も手伝います。早くこいつを牢獄に入れましょう」
「お前なんちゅうこと言うんや!!大体ラシアの言うことを信じるなよ!あの子腹黒だぞ!!やばいんだぞ!!」
「お前より100倍信用できるわ!!」
怒声が飛び交い、騎士は淡々とカイルを引きずり続ける。
「エリーゼ助けてー!!後ろの騎士も早く俺を助けろよ!!助けないと彼女のクレデリスにこのことチクるからな!!お前ら騎士のくせに一人の人間すら助けられないのか!?それでいいのかよ!!」
騎士団員たちは息を揃えたかのように即答した。
「良いと思います。」
「なんでや!!誰か!!誰かー!!!!」
煌びやかな街並みに、惨めな叫びだけが響き渡っていた。
人混みのない裏路地まで引きずられたあと、騎士がようやくカイルの腕を放す。石畳に靴音が反響するだけで、周囲はひどく静かだ。
「痛ってぇな!!お前このことクレデリスちゃんに言うからな!覚悟しとけよ!!」
腕をさすりながら怒鳴るが、騎士は何も答えず、小さな木造の小屋を無言で指差した。
「無視すんなよ!お前俺が誰かわかってんのか!?」
息を荒くして吠えるカイルに、騎士はゆっくり鞘から剣を抜いた。
硬質な音がすると、カイルの勢いがしぼむ。
「調子乗ってました。すんません。」
すぐさま頭を下げると、騎士は剣を納め、再び小屋を示す。
「すぐ行きます……」
小声で言い、肩をすぼめながら中に入った。
小屋の中は薄暗く、窓も小さい。
中央に置かれたテーブルと椅子が二脚、まるで尋問用に整えられているようだった。
騎士が奥の椅子を指差す。
カイルは渋々腰を下ろし、視線を泳がせながら落ち着かない様子でテーブルを指先で叩いた。
騎士も手前に座り、仮面越しに鋭い目を向ける。
重苦しい沈黙。
耐え切れなくなったカイルが口を開いた。
「あの〜お金の件なんですけど、さっき近くにいた女性に払わせるので心配しないでください。彼女の名前はエリーって言います。詐欺師なので彼女を早く捕まえた方がいいと思いますけど……」
返事はない。騎士は懐から小袋を取り出し、音を立ててテーブルに叩きつけた。
硬貨がぶつかる鈍い音にカイルの顔が引きつる。
「1500金貨もするって思わないじゃないですか!!絶対あそこにある店ぼったくりですよ!!俺はなにも悪くない!!」
騎士は眉一つ動かさず、指でコンコンと机を叩き続ける。
「俺のこと知ってますか!?赤狼とフード被った悪い人たちを倒して、ダンジョンでも活躍した俺ですよ!そんな俺にこんな仕打ちしたらどうなるかわかってるんですか!?絶対に民から批判されますよ!」
「あなたが私の言う事を守ってくれるなら、1500金貨の事は無かったことにしてあげるわ。」
低く響く声に、カイルは一瞬呆然とした。
「女の子だったんだ。可愛い声してるね。」
「こいつ……まぁその言葉遣いも今だけは許してあげるわ。で、私の言う事をちゃんとやってくれるの?やらないの?」
「やらないよ!!俺悪くないんだもん!!てか、俺が持ってる剣を売れば済むだけだしな!1000大金貨だぞ!聞いたことあるか1000大金貨って!?やばすぎるだろ!!」
カイルは勢いよくバッグからジェネラルを取り出し、テーブルにドンと置いた。騎士の目が鋭く細まる。
「この剣使いたかったんだけどねぇ。雷神剣と最強剣で二刀流の剣聖になろうと考えてたけど、別にいいか。一本でも俺強いし。」
カイルが軽口を叩くと、騎士が短く吐き捨てる。
「この剣が1000大金貨もするわけないでしょ。これ何の能力もないじゃない。」
「はぁ……分かってないな。これは君如きが分かるほどの代物ではないんだよ。シルフォードって知ってるか?なんか『真実はいつも一つ』みたいな店やってるすごい人。あの人が勧めたんだから間違い無いんだよ!」
「じゃあ試しに振ってみなさいよ。絶対にこの剣にそんな価値ないから。」
「ええんか?この小屋吹き飛ぶかもしれないんだぞ?」
「なに言ってるのよ。私が持ってる剣を斬ってみなさい。」
騎士が席を立ち、距離を取って剣を構える。カイルも立ち上がり、ジェネラルを肩に担ぐ。
「いつでもいいわよ。」
「ファイアーー!!」
カイルの叫びと共に剣が振り下ろされる。
火花が散る衝撃音。しかし相手の剣は無傷だった。
「だから言ったでしょ」
カイルは目を見開き、呆然とジェネラルを見つめる。口がわなわなと震えた。
「これで分かった?いいから早く私のいう事を聞きなさい」
赤くなった顔に血管が浮かび、歯を食いしばる。
「あいつら……あいつらめ!!」
「ムカつくのは分かるけど、私が何とかしてあげるわ。だから言う事を聞いて。」
だがカイルはもう耳を貸さない。舌打ちを連発し、声を張り上げた。
「うわぁぁ!!全員ぶっ倒してやるんだー!!!」
ジェネラルを乱暴に振り回す。その刃先から突如、鋭い光が溢れ、無数の光刃となって飛び散った。
「なにこれ…..!?」
騎士は即座に詠唱し、結界を張る。しかし光の刃は止まらず、小屋の壁を貫き遠方へ飛翔していく。
「このままじゃ街が……カイル!いい加減剣を振るのをやめて!!」
「嫌やー!!全員ぶっ倒してやるんだー!!!」
「チ……!時間がないわね。」
焦る声と同時に、複雑な魔術式を重ね合わせる。
「歪なる螺旋」
結界が再構築され、多くの刃が生み出されると同時に、いくつものシャボン玉のようなものが刃を一つずつ吸い込む。しかし、光の刃の力に耐えられない結界にひびが走った。
「即興とはいえ、私の結界にひびが入るなんて……どうすれば……」
思案する目が一瞬揺れ、決意の光に変わる。
彼女は鎧を脱ぎ捨て、軽やかな身のこなしでカイルに近づく。
「早く振るのをやめなさい!!」
「嫌やー!!俺は…….え?」
カイルの動きが止まった。視線の先に、白い髪と透き通る肌。水色の瞳が宝石のように煌めいていた。
「最高です。好きです。」
「お前またその言葉を……もういいから早く剣を離しなさい!」
カイルはあっさりとジェネラルを床に置く。
「最近、美人と話してばっかだな。ようやく俺の魅力に気づいた女子も増えたのか。」
「お前この状況でよくそんなことが言えるな!」
結界が弾け、留まっていた刃が四方八方に飛び散った。
「なんかあったらどうしよ!俺マジでやばいじゃん!!」
「だから剣を離せと言ったのに……もし私の言う事を聞くなら、この事は無かったことにしてあげるわ」
「まじで!なにすればいいの?」
彼女は服の内側から一枚の紙を取り出し、机に置いた。
カイルは顔を近づけ、深く息を吸い込む。
「いい匂いするね。好きです。」
「それ以上変な事を言うな!黙って私の話を聞きなさい!!」
「なんでそんな機嫌悪いのよ。俺もう機嫌いいから剣振らないのに。」