来賓達が気合を入れ、少々ギクシャクしながら服選びを再開したのを見て、ネフテリアが動き出す。
「んーじゃあ、この後の料理の追加を、クリムと話し合ってこなきゃ。ニオちゃんついてきてくれる?」
子供が食べたいものを聞きたいので、ニオに手招きすると、頭の花も葉を動かして手招きする。
「んふふふっ、あ……」
ネフテリアが喋った事で反応し、うっかりそちらを見てしまったユオーラ国の第2王女が、外に連れていかれてしまった。すぐに涙目で戻ってきて、服選びを再開する。
「……何かの教育中かしら?」
「気にしなくていいわよ」
(あ、ボウシがないのか……そりゃショウタイされたミで、タコクのオウジョをわらうワケにはいかんよなぁ……)
何が起こったのか、どうしてこうなったのかを、ピアーニャはちゃんと把握していた。そして一時的にでも助けになればと、さっさとクリムの方へ行くよう促す。
王妃達は直視出来なかったが、心の底からピアーニャに感謝していた。
『ふはぁっ!』
「ふぇ?」
「ど、どうしたんですか?」
緊張が解け、一斉に息を吐く来賓達。ミデア王国の王女はその場でへたり込んでいる。
「あのっ、きっついんですけどっ」
「そーだそーだ!」
「こらっ、貴方達。ここにはフレア様が残ってらっしゃるのよ!」
『あっ、はい……』
流石に耐え難かったのか、王子2人が文句を言うが、王妃が慌てて窘める。
(この方達、何やってるのかしら……)
フレアは疑問に思っていた。普段からツッコミを入れられたり、笑われる事に慣れているので、他国の王族がネフテリアに配慮しようと必死になっているのがあまり理解出来ないのだ。
その隣では、普段から王族をボッコボコにしているピアーニャが、頑張って耐えようとしている事は理解しているが、それを否定していいのか迷っていた。
(わらってもダイジョウブなのだが、タコクのかんがえかたをヒテイしていいものか……)
結局様子を見る事にした。来賓達に救いの手が伸びる事はなかったのだった。
この後も笑わないようにと、それぞれの休憩と精神統一を行っている。今は服を選ぶどころの話ではなくなっていた。
そんな可哀想な王族達をピアーニャ達が見守っていると、ネフテリアとニオが戻ってきた。
「ふぅ」
「テリア、食事はいつから?」
「半刻後からです。それまでごゆっくりお選びください。ノエラ、順番にオーダーメイドも進めちゃって」
「は、はい」
テキパキと進行するネフテリアの頭には、さきほどまで無かったコック帽が乗っている。花が出ている事を知ったナーサの気遣いだった。
これで安心と、来賓達は服選びを再開。オーダーメイドもまずはサンクエット王妃から始める事にした。王女達に手本を見せる為である。
しかし悲劇は突然顔を覗かせる。
ユオーラ王妃が何気なくネフテリアを見ると、帽子が少しだけ持ち上がっていて、頭の花がチラリと見えていた。
「んふーーっ!?」
ユオーラ王妃はその場でしゃがみ込んだ。すぐに兵士に外へと連れていかれ、お尻を押さえながら戻ってきた。
「……? あの、お花を摘みにいくのでしたら廊下に──」
『んぶぉっ』
「ひふはははは……」
「あは……ふふっ……むりぃですぅ~!」
ネフテリアから『花』のワードが出た瞬間、王妃1人、王子2人、王女2人、メイド、宰相が耐えられなかった。
連れていかれた大人達はグッタリしながら、子供達はちょっと涙目で店内に戻ってくる。
「大丈夫ですか?」
「はぃ……っ!」
心配そうに声をかけるネフテリアを、全員がうっかり見てしまった。その頭で、帽子を左右の葉で持ち上げてクネクネ動く花の姿と共に。
『ブーーーーーッ!!』
全員揃って店外に出ていった。
人は笑うのを意識して我慢する程、むしろ逆に笑ってしまうものである。
流石に不審に思ったネフテリアが、フレアに聞いてみた。
「何やってるんですか? 新手の外交の駆け引きですか?」
「……さぁ?」(とりあえず、笑いを耐えようとしているのは分かったわ。花を認識出来ないテリアに説明するのは難しいけど)
(やっぱり、たすけたほうがイイんだろうか?)
フレアとピアーニャは困り果てている。
ここで、見ていてなんとなく心配になったアリエッタが、店内に戻ってくる来賓達に駆け寄った。
「だいじょうぶ?」
「あら、ふふふ、ありがとう」
「かわいい」(かわいい)
出迎えられてほっこりする王妃達。王女達も照れながら頷いているが、ミデア王国の王子は顔を真っ赤にして固まってしまった。
「……応援してあげたいけど、流石にまだ会話がままならない子はちょっとねぇ。本人の了承も得られないし」
ミデア王妃が、申し訳なさそうに諦めていた。本来は教育不足な者を、いきなり王族に迎え入れる訳にはいかないのだ。ましてやアリエッタは、普通の教育すら不可能な段階。ノリで勧誘したり襲い掛かったりしているフレアやネフテリアが、かなり異質なだけなのである。
可哀想に思えてきたネフテリアが、王子に目線を合わせて語り掛ける。その拍子に、帽子がポロリと落ちてしまった。
「ごめんなさいね。アリエッタちゃんはエインデル王国でも事情があって、今後も王族に誘えないの」
「………………」
真面目な顔で話すネフテリアを、王子は黙って見つめている。その視線はチラチラと上に向かう。
なんとネフテリアの頭の花が、帽子を落としたせいか、葉を手のようにして帽子の方向へ伸ばし、少しして諦めたのか、しんなりと落ち込んだ。
まともに見ている王子が震え始め、親であるミデア王妃も内心息子を応援しながら一緒に震えている。
「悔しいでしょうけど、この経験は貴方を大人にするわ。貴方を見守ってくれている人もいる。辛かったらその人に悔しい想いをぶつけるといいかもしれないですよ」
帽子を落とした悲しさを紛らわせているのか、頭の上で花がキレのいい踊りを披露する中、ネフテリアはいまだかつてない真面目さで王子を諭し、チラリと王子の母親を見る。その母親は横を向いて顔を隠し、プルプルと震えていた。
目の前の王子の震えは大きくなり、笑いを耐える為に歯を食いしばり、顔を真っ赤に染めていく。
(震えるほど悔しいのね。王妃様も悲しそう。わたくしに出来る事は、この後美味しい食事を提供するだけ。歯がゆいものね)
笑いを命がけで我慢しているだけである。
事実、他の来賓達は、ネフテリアが真面目に話している最中も、時々外に連行されている。
喋りながら少々悔しい思いをしているネフテリアは、その事に気づいていない。
「頑張れ男の子っ。貴方はきっと大物になれるわ」
ぽん、と肩を叩いて王子を解放すると、王子と王妃の2人は走って店外へと脱出。ネフテリアは『悲しみに暮れる王子』と『息子に同情する王妃』を悲しそうに見送った。
外に出た2人は必死の形相で魔動機へと飛び込んだ。そのまま少しの間、防音用の魔法を展開した筈の魔動機内から、かすかに笑い声が漏れていたという。
この時ばかりは兵士も、ぐったりしながら店に戻る2人を暖かく見送っていた。
店内に戻った2人が最初に見たのは、
『んくくくくく……』
笑いをこらえ切れていない王妃達と、
「こ、これでいいでしょうか?」
「だいじょうぶっ!」
「ああ、靴の中がグチョグチョ……」
アリエッタに逆らえない様子のニオが、花の根に魔法で水をかける光景だった。行動の意味が分からず困っているネフテリアの頭の花が、元気よくブンブンと踊っている。
『ごふっ』
来賓達は、再び全員外に連れ出されるのだった。
『もういやああああああああ!!』
半刻が経った。身も心もボロボロになりながら、買いたい服を決めたところで、食事の時間となった。
王妃3人は笑いながらもなんとかオーダーを完了。そのまますぐに服の作成に取り掛かるフラウリージェ店員達。アイゼレイル人の能力を全力で駆使して食事中に仕上げるつもりのようだ。
手直しと王女達のオーダーは、食後に続ける予定となっている。
「こんなに辛い買い物は初めてです……」
「もう帰りとうございます……」
「しっ。そんな事を言うものではありません」
弱音を吐く王女達を叱咤する王妃も、疲れが顔に出てしまっている。
ここまで花の奇妙な動きとアリエッタ達の突飛な行動とツッコミに幾度となく笑ってしまい、既に疲労困憊になっているのだった。
「大変ですね」
「ええまぁ……これも外交の一環。今回の事はいい経験になるでしょう」(貴女の娘さんのせいですけど? あの花むしり取ってくださいよ!)
ユオーラ王妃はこめかみをひくつかせながら、なんとか本音を隠してフレアと会話をしている。
その事を敏感に察したフレアは、少し楽しくなってしまったのか、わざと言葉通りに受け取った。
「これも明るい未来の為。今だけは遠慮なくわたくし達を利用して、どんな外交でも負けない強い子に育てていただければ幸いです」
「えっ……」
教育に協力すると言外で伝えるフレア。今の状況でのその意味は、忍耐を鍛える為に笑わせる事。来賓達にとっては実に有難迷惑である。
察して断ろうとした王妃が言葉を選んでいる間に、フレアはその場を離れ、食事への案内を始めてしまった。
ピアーニャが咎めるような視線をフレアに送っているが、自分に被害は及ばないので止めようとはしない。実はアリエッタが隣にいるので、他人に構っている余裕があまり無いのだ。
本当の地獄はここから始まるのかもしれない。
「さぁ皆様。お待たせいたしました。食事の用意が出来ましたので、こちらの部屋にどうぞお入りください。ラスィーテ人に作っていただいた最高の料理を召し上がっていただきます」
美味しいから零さないように頑張ってね♪という意味を含ませ、フレアはにこやかにドアを開けた。
『ふふふっ』
それを直視してしまった来賓達が、全員叫びながら外へと連れ出されていった。
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