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クリニックの診療が終わって、こたつに座る。ノートPCを立ち上げ、スマホを準備した。雪が静かに降り積もる中、白山がぼんやり浮かんでいて、心が落ち着く。
今日のネットセラピーの予約は3件。初回無料の人が多くて、最近は口コミで少しずつ増えてきた。
1件目:30代女性「転職を考えてるけど勇気が出ない」(メッセージカウンセリング)メッセージが届く。
「里奈さん、こんばんは。ずっと今の会社にいるのが辛くて、転職したいと思ってるんですけど……上司に『お前みたいなのが辞めても誰も困らない』って言われてから、自信がなくなって。履歴書を書く手が止まります」
私は深呼吸して、ゆっくり返信する。
「はじめまして、里奈です。まずは、その言葉を言われた時の気持ちを教えてください。どんな風に胸が痛かったですか?」
彼女の返事がすぐに来る。
「悔しくて、悔しくて……でも、同時に『本当にそうかも』って思っちゃって。自分を否定されたみたいで、鏡を見るのも嫌になりました」
私はあの頃の自分を思い出す。課長の「お前はコピーとお茶汲みしかできない」って言葉が、重なる。
「その言葉は、相手の言葉であって、あなたの価値じゃないんです。私も同じ言葉を言われて、ずっと信じてしまってました。でも、辞めてみたら……新しい場所で『里奈ちゃんのおかげで助かる』って言ってもらえるようになりました。あなたも、きっと同じです。まずは小さな一歩から。今日、求人サイトを1つだけ開いてみる……それだけでいいですよ」
彼女の返信が少し遅れて届く。
「……ありがとうございます。今、求人サイト開きました。少し、胸が軽くなった気がします」
私は微笑んで、追加で送る。
「よかったです。無理せず、少しずつで大丈夫。いつでもここにいますよ」
2件目:20代男性「孤独を感じて夜眠れない」(電話カウンセリング)電話がつながる。
声が低くて、少し震えてる。
「こんばんは……里奈さん、ですよね。夜になると、誰もいない部屋が怖くて……眠れなくて」
私は静かに聞く。
「今、どんな気持ちですか?部屋に一人でいると、何が一番怖いですか?」
長い沈黙の後、彼がぽつりと言う。
「……誰も、自分のことを必要としてくれない気がするんです。会社でも、友達でも、家族でも……自分が消えても、誰も気づかないんじゃないかって」
社畜時代の自分が重なる。終電で帰って、エナジードリンク飲んで、誰も待ってない部屋に帰る夜。
「それは、とてもつらいですね。私も、同じ気持ちになったことがあります。でも、今は……クリニックで『里奈ちゃんのおかげ』って言ってもらえる人がいて、YouTubeのコメントで『里奈さんの声に救われた』って書いてくれる人がいて……少しずつ、『必要とされてる』って実感できるようになりました。あなたも、きっと同じです。今は見えなくても、誰かがあなたを待ってる人がいるはずですよ」
彼の息が少しずつ落ち着いてくる。
「……そう、でしょうか」
「はい。まずは、小さなこと。明日、誰かに『おはよう』って言ってみる。それだけでも、繋がりが生まれるかも」
電話の最後、彼が小さく言う。
「ありがとう……里奈さん。ちょっと、眠れそうな気がします」
私は優しく返す。
「おやすみなさい。またいつでも、話してくださいね」
雫石しま
3件目:40代女性「家族との関係がうまくいかなくて……」(電話+重めなので拓也さんにも来てもらった)
声が疲れきってる。
「夫と喧嘩ばかりで……子供にも当たってしまって。自分を責めてばかりで、どうしたらいいかわからなくて……」
話を聞くうちに、DVの気配を感じる。私は静かに言う。
「今、とてもつらいですね。私は専門医ではないので、もし危険を感じたら、すぐに警察や相談窓口に連絡してください。でも、今日は私がしっかり聞きます一緒に、少しずつ考えましょう」
重い内容なので、電話の途中で拓也さんに連携を相談。拓也さんが隣の部屋から来て、スピーカー越しにアドバイス。
「里奈さんの言う通り、まずは安全を確保してください。必要なら、専門のDV相談窓口や精神科を紹介できます」
女性の声が少し落ち着いて、「ありがとう……里奈さん、先生。少し、勇気が出ました」電話を切った後、拓也さんが私の肩を抱く。「里奈、よくやったよ。無理しなくてよかった」私は拓也さんの胸に顔を埋めて、小さく頷く。
「拓也さんがいてくれて、心強いです」
雪の降る夜、こたつで向かい合わせに座る。拓也さんが私の手を握って、静かに言う。
「里奈は、ほんとに優しいな。俺も、里奈に救われてるよ」
私は拓也さんの手をしっかり握って微笑む。
「私も……です」
どうぞ、今夜巡り会った人たちが、少しでも心の重荷を下ろせますように。
雪は静かに降り積もり、窓の外を白く染めていく。こたつの中はぬくぬくと温かく、拓也さんの手が私の手を包み込んでくれる。
「今日の相談……重かったですね」
「うん。でも、里奈がいてくれたから、ちゃんと受け止められた。DVの気配を感じ取って、すぐに安全確保を促したのも正しかったよ」
拓也さんが私の髪を優しく撫でる。
「俺は医者として、身体の傷は診れるけど、心の傷は……里奈の方が上手く寄り添える。連携できて、本当に助かった」
私は少し顔を上げて、彼の目を見る。いつも患者さんに向ける穏やかな目が、今は私だけに向けられていて、胸がぎゅっと締まる。
「拓也さんが隣にいてくれたから、私も怖くなかったです。スピーカー越しに『安全を確保してください』って言ってくれた声、すごく心強かった」
「これからも、いつでも呼んでくれ。里奈一人で抱え込まなくていい」
「……ありがとう」
私は拓也さんの手をぎゅっと握り返す。指が絡まって、温かさが伝わってくる。雪の音が、遠くでシャンシャンシャンと除雪車の鈴みたいに聞こえる夜。
今日、電話の向こうで泣いていた女性の声が、まだ耳に残ってる。
「夫と喧嘩ばかりで……子供にも当たってしまって……」
あの疲れきった声が、少しだけ「ありがとう……少し、勇気が出ました」って変わった瞬間。それは、私の言葉だけじゃなくて、拓也さんの言葉も、村の温かさも、全部が重なって生まれた小さな光だった。
「私、ネットセラピストになってよかった」
「俺も、そう思う」
隣に座り直した拓也さんが、私の肩を抱き寄せて、静かに続ける。
「里奈がここに来てくれて、クリニックも、村も、俺も……変わったよ。明るくなった」
「私もです。社畜だった頃は、こんな風に誰かを癒すなんて想像もできなかった」
「今は、里奈自身が癒されてる顔してるよ」
私は頰を赤くして、拓也さんの胸に顔を埋める。
「……バレてる」
「バレバレだ」
二人で小さく笑い合う。
雪は降り続けて、明日の朝にはまた新しい白い世界が広がってるだろう。でも、今はこのこたつの温かさだけで十分。巡り会った人たち――電話の向こうの女性、クリニックの患者さんたち、佐藤じいちゃん、山下のおばちゃん、村のみんな、そして拓也さん。みんなが、少しずつ、心の雪を溶かしていけるように。私は拓也さんの手を離さずに、目を閉じる。
シャンシャンシャン。
鈴の音みたいな雪の夜。どうぞ、今夜巡り会った人たちが、穏やかな眠りにつけますように。そして、私も、拓也さんの隣で、ずっとこんな幸せを感じていたい。
◇◇◇
今日は朝から雪が止んで、陽が差し込んで縁側が明るい。こたつに潜り込んで、温かいお茶を飲みながら、メッセージを開く。
新着が1件。
「里奈さん、昨日はありがとうございました。先生の言葉も、すごく心に響きました。夫と少し話してみました……まだ怖いけど、子供のために、変わりたいって思いました」
胸がじんわり熱くなる。すぐに返信を打つ。
「連絡ありがとうございます。勇気を出して話してくださって、本当に嬉しいです。無理はしないでくださいね。いつでもここにいますから、一人で抱え込まないで」
送信した後、拓也さんにスクショを送る。
「昨日の相談者から連絡来ました。少し前向きになってるみたいです」
すぐに既読がついて、拓也さんから返信。
「よかったな。里奈の言葉が届いたんだ。昼にクリニック来たら、一緒にフォローアップの相談しようか」
私は頷いて、返信する。
「はい! お願いします」
午後、クリニックに着くと、待合室はいつも通り穏やか。患者さんが少なめの日で、拓也さんが診察室から出てきて、私を呼ぶ。
「里奈、ちょっと来て」
二人で小さな会議室みたいな部屋に入る。拓也さんがノートPCを開いて、DV相談窓口のリストを表示する。
「昨日の女性、もしまた連絡来たら、まずはこれを紹介しよう。全国共通のDV相談ナビとか、女性相談センターの電話番号。里奈のカウンセリングは心のケアだけど、身体的な危険がある時は専門機関に繋ぐのが一番だ」
私は頷いて、リストをメモする。
「わかりました。拓也さんがいてくれるから、安心して対応できます」
拓也さんが私の手を握って、静かに言う。
「里奈は優しすぎるから、全部受け止めようとしがちだ。でも、俺がいる。重いケースは一緒に分担しよう」
「……ありがとう」
私は拓也さんの手に自分の手を重ねる。その時、スマホがピコンと鳴る。相談者からまたメッセージ。
「里奈さん、相談窓口の番号、教えてくれますか? 夫がまた怒鳴ってきたけど、今日は子供を連れて実家に帰ろうと思います」
私はすぐに返信。
「もちろんです。まずは安全第一ですよ。全国共通のDV相談ナビは#8891です。24時間対応で、匿名で話せます。もし近くのセンターが必要なら、場所も教えますね」
拓也さんが隣で一緒に画面を見て、頷く。
「いい対応だ。里奈、よくやってる」
私は深呼吸して、相談者に追加で送る。
「実家に帰る決断、すごく勇気が必要だったと思います。子供さんを守るお母さんの強さ、里奈は尊敬します。いつでも味方ですよ」
送信した後、拓也さんが私の肩を抱く。
「里奈は、ほんとにいいセラピストだ」
私は拓也さんの胸に寄りかかって、小さく微笑む。雪の外では、シャンシャンシャンと除雪車の音が続く。でも、今はこの部屋の温かさが、世界のすべてみたい。
昨夜の重い相談が、少しずつ、光に変わっていく。
どうぞ、巡り会った人たちが、安全な場所で穏やかに眠れますように。そして、私も、拓也さんの隣で、この優しさをずっと守っていけますように。もうこの繋がりが、誰かの救いになるなら、それだけで十分。