テラーノベル
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「才花、どうした?」
翌日の朝から、才花が珍しくスマホをずっと触っている。
「ちょっと…劇場の予約…しようと思って…」
画面から目を離さずに、面倒にも聞こえる声で一応の返事があった。
「劇場?」
「……」
「才花、何か観に行くのか?」
「…バレエ…平日の…これで行くか…」
俺が床からソファーに引き上げ、膝に座らせても才花は操作を続け…
「あ、カード…」
ポイッと降りて自分のカードを取りに行こうとする。
俺が彼女の腹に腕を回してそれを止めてから抱き上げると
「羅依?」
やっと才花が俺を見た。
「俺のカードでいい。リハビリ頑張ったご褒美だ」
「ありがとう、羅依」
チケット購入を終えたあとで
「どこの?」
「フランスのバレエ団が来日してるの」
「ロシアじゃないのか…ロシアのイメージがある」
「バレエはイタリアで生まれて、フランスで発展して、ロシアで完成されたんだよ。イギリスにもいいバレエ団があるよ?」
「才花とは畑違いだが見るんだな」
「見る、見る。絶対に目を見張る技術に感動して帰って来るの。一流の身体能力と一流の技で…ダンサーの美しい身体があるべきところにピタッとハマる瞬間の気持ちよさ…バレエは、正しさこそが究極の美っていうような正解とされるポジションが決まっているからね。私がくねくね‘関節あるの?’って言われるような動きをするのとは訳が違う。刺激的だよ、いつ見ても」
俺好みの完璧な形の唇を動かして、そう話す才花はまた半歩進む。
「その日の夜は外で食事にしよう。劇場まで迎えに行く」
「お仕事終わる?」
「終わらせる。無理ならタクがいる」
「影武者の働き?」
「似てねぇがな」
笑いながら‘ありがとう’とでも言うかのようにぎゅうぎゅうと俺にしがみついた才花のワクワク感が伝わってくる。
半歩でなく一歩進めるかもな…一樹に連絡するか…
俺は一樹に才花とScenic Gemへ出掛ける日を指定した。
‘もうすっかり日常生活には問題なしだと聞いていたので、そろそろ誘うつもりでしたけど指定は何故?’
「この前日に才花がバレエを観に行く。自ら予約したんだ。いつ見ても絶対に感動して刺激を受けるらしい」
‘そうですか。続けて刺激を与えると?’
「ああ、そうだ。体は後退することなくどんどん前進して、気持ちは後退まで行かなくても何度も停滞してる。動き続けていることは確かだから、気持ちの振り幅を広げてやりたい」
‘そうですね。気持ちが後退しないのは、才花がこれまでの経験から精神的にも一流アスリートのように鍛えられているからかと。でもそれは競う力から生まれた物ですからね。自分を競技から解放して、心を開放して好きなことを単純に楽しむことへの足枷になりかねない厳しさがある’
「その通りで…ダンスをすると言わないのに、食事やトレーニングにはストイックなままでアンバランスさもある。だから単純にワイワイ騒いで楽しんでいる奴らの中に身をおけばいい」
‘前日のバレエとScenic Gemのギャップが、才花とクラブ客のギャップを見るような感じでしょうね。もし、才花が客以上に踊ってあのときのようにステージを占拠しても問題ありませんか?’
「一度目にそれはないと思う。まだ踊ってはいないからな。ゆっくりアクロバティックな動きを見せているだけだ」
‘2週間あるので、ないと断言できないのでは?’
「そうだな…自分の状態はよく理解しているから問題ない。接触プレーのあるようなスポーツでなく、自分が作る負荷しかかからないから、いくらダンスはしてもかまわないんだ」
‘分かりました。才花自身が、これは以前のように出来ない…などは感じるでしょうけれど’
「世界レベルの話でな」
コメント
1件
大きな一歩だよー😭それも自らで、自分とは全く違うバレエ🩰まさか観に行ってとはびっくり!でもバレエにはダンスに重要な基礎のようなのがある?才花ちゃんが言う刺激、畑違いだから余計にそう感じるのもあるのかな?音楽でいえばクラシックとパンクくらいの差🤭 その次の日はお兄ちゃんとデートでScenic Gem🪩きっと大丈夫だと思う!そう信じてる。違う世界のダンスを楽しめるって☺️