テラーノベル
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あの女の騒動後、才花が緒方のジムへ行く日、会議のため送迎が出来なかった。
週3回通うことになってからこういう日も増えているが、才花は履き慣れたスニーカーを履き、ウェアとシューズと飲み物の入ったバックパックを背負い、アパートとカフェ、スクールの三角形を描いていた時と同じような格好で軽快に歩く。
その姿は以前と何の変わりもなく…だけど、パンツの内側の膝に手術の傷があるのだ。
その会議も終わろうという頃、資料の隣に置いていたスマホに緒方の名前が表われた。
「あとは任せる」
隣のタクに伝えながら立ち上がり、会議室を出る前に画面をタップすると、ドアを開けながら
「何があった?」
仕事脳を一気に才花へと向けた。
‘今いいか?’
「いい。何があった?」
‘サイサイ、ダンスはしてないけど、音取りって言うのか?やり始めたよ’
才花はジムで緒方のメニューを始める前に、ストレッチとアップを一人で15分から20分かけてやる。
今日はその最後に4分ちょっとの一曲を流して、鏡チェックをしながらアップダウンの音取りをしたらしい。
‘あれって膝だけでなく、胸だけとかいろんなやり方があるみたいだね。で、聞いたんだよ‘バクアゲミュージックに地味な動きだよね?’って。じっと1ヶ所でやってるからさ。そしたら‘これが利き脚、利き腕に影響されると正確に続けられないし、筋力の左右差があっても続けられない。基本中の基本でこれが出来ないとどこかに負担がかかって、膝とか腰の故障に繋がる’だって…あれ、クラブ以上に踊る気満々に聞こえたんだけど?’
「まだ先のことを決めてはいないだろうが、そういう気持ちもどこかに持ってるってことだな」
その夜、俺は才花に‘音取りしたんだな’とは言わなかった。
才花自身の中で手探りのことは手助けしてやりたい気持ちはあるが、彼女の迷いや葛藤は素人が手助け出来ないような領域にある。
だから普段と同じように一緒に食事をして、一緒に眠る。
「お兄ちゃんから連絡があったの」
ひきわり納豆とにらの高タンパク味噌汁の椀を手に、才花が俺を見る。
「そうか」
「Scenic Gemへ行く日、バレエの次の日が都合がいいみたい。重ならなくて良かった」
「2週間後だな」
俺が箸を伸ばすのは、しっとりと焼き上げた鶏胸肉に玉ねぎの甘みがうまいタレを絡ませてある‘オニオンだれチキン’これは才花命名らしい。
「この鶏、俺好み」
「良かった。柔らかく出来たね」
俺好みの唇の端を上げる才花が、その微笑みに痛みや迷い、無念や憂いを隠すのも3ヶ月近くになる。
Scenic Gemで二度踊った日のように、満面の笑顔で躍動して欲しい。
「才花のよく聞いてるChri○Brow○の曲って新しく出たのか?Scenic Gemから入れました、と報告がきてた」
「そうみたいだね。そっか、クラブってそういうことしてるんだ…難しいよね。みんなが知ってるような曲がいいのか、新しいのがいいのか」
「選曲する奴らがこだわっているだけで、客はそうでもないんじゃないか?曲が変わっていても気づくのは何割だか?」
「そういうもの?新曲キターッ、yeah,whoo…ってならない?」
「同じリズムだろ?」
「ぅわっ、オーナー、大丈夫ですかぁ?」
才花が俺をからかって笑う。
「今夜も可愛いな、才花」
「…っ…yeah…?」
「これだけで照れてんの?」
「……突然だもので…」
「対応力」
「こっち方面…乏しい」
「鍛えてやる」
「ムキムキはイヤ」
「艶やかに鍛えてやる」
「…ほお…スバラシイ…ごちそうさまでした…」
コメント
1件
え〜っ😱羅依ーっ!本気で言ってるの? 新曲キターっ!ૡ(・ꈊ・ૡ)˚*ʸᵉᵃʰᵎᵎでノリノリのふうっ⤴︎ふうっ⤴︎だよ〜!!! でも、「この鶏、俺好み」聞けたからいいよん(*´艸`) 才花ちゃん少しでも踊れるいいなぁー✨🪩✨