テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
『写真に映らない夏の転校生』
彼女が転校してきたのは、
蝉の声が教室に入り込む、夏の始まりだった。
担任は黒板に名前を書いた。
けれど、なぜかチョークの跡はすぐに薄れて、
最後まで残らなかった。
「えっと……じゃあ、自己紹介を」
彼女は前に出て、軽く会釈をした。
「よろしくお願いします」
それだけだった。
声は小さく、でも不思議と耳に残った。
席は、僕の斜め後ろ。
昼休み、クラスメイトが声をかけても、
彼女は愛想よく笑うだけで、
あまり話さなかった。
違和感に気づいたのは、
その日の放課後だった。
写真部の友達が、スマホを見て首を傾げる。
「人数、合わなくない?」
集合写真。
教室にいたはずの人数より、一人少ない。
__彼女が、いなかった。
その夜、僕は何度も写真を見返した。
でも、どこにも彼女はいなかった。
翌日、思い切って聞いた。
「昨日の写真……写ってなかったよ」
彼女は、少し困ったように笑った。
「そっか。やっぱり」
驚いていない。
それどころか、どこか諦めたようだった。
「私ね、写真に写らないんだ」
冗談だと思えなかったのは、
その言い方が、あまりにも静かだったから。
それから、僕は彼女と話すようになった。
昼休み、校舎裏。
木陰で、二人並んで座る。
「なんで……写らないの?」
「分かんない。最初から」
彼女は膝を抱えて、空を見上げる。
「でもね、それだけじゃない」
蝉の声が、一瞬、遠くなった気がした。
「夏が終わると、私、いなくなるの」
冗談の続きだと思いたかった。
でも、彼女の目は真剣だった。
「秋になると、誰も私のこと、覚えてない」
僕は、言葉を失った。
「だからさ」
彼女は笑う。
「夏だけの転校生」
それからの日々は、
最初から期限が決まっているみたいだった。
2,206
僕は写真を撮るのをやめた。
代わりに、毎日話した。
アイスを半分こして、
夕方の風に吹かれて、
どうでもいい話をたくさんした。
彼女は、よく笑った。
でも、自分の話はあまりしなかった。
「消えるの、怖くない?」
ある日、聞いた。
彼女は少し考えてから、答えた。
「怖いよ」
正直な声だった。
「でもね……誰にも覚えてもらえないまま消えるより、
一人でも、ちゃんと覚えてくれる人がいたら」
彼女は、僕を見た。
「それで、十分」
夏は、容赦なく過ぎていった。
八月の終わり。 空が少し高くなった頃。
「今日が、最後」
夕焼けの校庭で、彼女は言った。
僕は、何も言えなかった。
「写真、撮らなくてよかった」
彼女は、そう言って微笑んだ。
「写らないからね」
風が吹いた。
蝉の声が、遠ざかる。
「ねえ」
彼女は、最後に言った。
「忘れてもいいよ」
僕は、首を振った。
「忘れない」
それだけは、譲れなかった。
翌日。
教室に、彼女の席はなかった。
「転校生?」
誰に聞いても、首を傾げる。
名簿にも、写真にも、
最初からいなかったみたいに。
__それでも。
放課後、机の中を整理していると、
一枚の写真が落ちた。
夏の校庭。
夕焼け。
そこには、誰も写っていない。
ただ、
一人分の影だけが、確かにあった。
私は、その影に向かって言った。
「おかえり」
写真は、何も答えない。
でも、風が少しだけ、
優しく吹いた気がした。
夏は終わった。
それでも、彼女は消えていない。
僕が、覚えている限り。
コメント
7件
解説 写真=客観的な証拠 記憶=主観的な存在 想い=証拠すら要らないもの 彼女は ···▸写真に写らない ···▸夏が終わると人の記憶から消える = 「世界に残らない存在」 でも物語はそれをそれでも、消えていないと否定していく話。 写真は形、光、証拠を固定するもの。 彼女は「固定されない存在」 だから、写真に写らない。 =今この瞬間にしかいない季節みたいな存在。
ええ加減にせんと泣くで????神やんけ(((