じー、と微かなノイズを立てる蛍光灯の照明と、眼前に居並ぶ「誰か」の群れ。余所見をする者、こちらを興味津々に見る者、隣同士で何やら談笑をする者、瞑目し俯いている者などその行動は様々だ。
そこだけを切り取れば、別になんてことのない光景なんだろう。
もっとも、「群れ」の面々が皆寸分違わぬ姿形さえしていなければ、の話だが。
こういうの、何て言うんやったかな。クローン?
その前に、俺何でこんな所に居るんやろ。さっきまで投げ込みをしてて、それで…そこからどうしてここに来たのか、幾ら頑張っても思い出せない。
「あかん、なんか眠い…」
急な眠気に襲われ、俺はその場に崩れ落ちる。膝から行ったお陰で頭は打たずに済んだが、完全に地面に伏してしまうのはもう時間の問題だろう。
「…さん、」
誰かの声がする。聞き覚えのある声だ。
「にしさん、」
何か言ってる、どうしたんやろう。
「西さん、」
呼んでるの?でも誰を?
「勇輝!戻って来い!勇輝!」
ゆうき?勇輝。それって、おれの…
「俺の、名前…」
「あっ、西さん!西さん、大丈夫すか!?分かりますか?」
「へ?…才木?」
気がつくと俺は自室のベッドに横たわっていて、その傍らの椅子には半べそ状態のチームメイトが腰掛けていた。アイスノンでも乗せておいてくれたのだろうか、額には心地よい冷たさが広がっている。
「やっと起きたぁ!西さぁん!!俺ホントに心配したんすよぉ!」
おい、声がでかい。あとガクガク揺さぶるな、目が回る。
「大丈夫だから、そんな騒がんとって…」
壁に掛かった時計に目をやる。練習はもうとうに終わっている時刻だ。
「…やば、一旦起きんと」
「急に起きたら駄目っす、思いきり体にボール当たってるんですから!」
才木に制され、起こそうとした身をしぶしぶながら再び横たえる。確かに、片方の脇腹がいやに痛い。
聞けば練習中に飛んできた球が俺を直撃したものの特に骨折している様子もなかったのでチームメイト達に担がれて部屋に戻り、ベッドに寝かされるなり糸が切れたかのように眠り込んでしまったんだそうだ。
「それに…西さん、眠ってから魘されて泣いたりしてたから心配で。もし、そのままもう目を覚まさんかったらって…思ったら、怖くなって…」
今にもワッと泣き出してしまいそうな、それでいて今は少し安堵しているような。才木のこんな顔を見るのは、初めてだった。
「それでずっと傍付いてくれてたん?…ごめん、ありがとう」
皆にも、心配掛けて申し訳ないって謝らないとな。そう思ってポケットからスマホを取り出そうとした俺の手を、突然才木が掴む。
「西さん」
「なに?」
「…怖い夢、見たんでしょ」
「へ?」
唐突な問いに、少し面食らってしまった。本日2度目の間抜けな声と共に、自分でも分かるくらいに目がまん丸くなる。
「良かったら、内容話してくれませんか。ほら、嫌な夢は人に話したら正夢にならないって言うし」
…意外と迷信深いんや。
「そうやな…なんか、クローンみたいなやつがいっぱい居ってん。皆同じ姿形のがさ。でも行動は一人一人バラバラで個体差あったから、あいつらクローンじゃなかったんかなあ…」
要領を得ない俺の説明も、才木は真剣な顔で聞いてくれている。
「クローンにもさ、個体差あるんかーって思って。でも、そいつらに個体差あったらそれは、本人の完全なコピーじゃないよな。それって、ほんまにクローンって言えるんかな。あいつらはあいつらで一個人、じゃないんかな。姿形は写せても、中身は別々やもん」
「っていうか、そもそも何であんなにいっぱい増やされてたんやろう。一人が目的の為に使えなくても、他のやつがその代わりになれるからなんかな」
何言ってるんやろう俺、自分でも分からなくなってきた。それでもここで話を切り上げてしまうのは真剣に頷いてくれている才木になんだか申し訳なくて、俺は取り留めもない話を続けることにする。
「なあ、才木」
「仮に、仮にな?目の前に、顔も声も体つきもまるっきり俺と同じ、でも中身はちょっと違う奴が現れたら…お前どう思う?」
「心底うざいっすね」
身も蓋もないな、こいつ。
「…でも」
「その西さんとも、仲良くなれたら嬉しいっす」
思わず笑いが漏れてしまうくらいに、まっすぐな答え。そうだった、こいつはそういう素直な奴。
「あ、今笑った。うわーうざい、西さんうぜぇー!」
笑いはしたけど、まあ、俺も…実際に才木の顔をしたそんな奴と出会ったら、同じようにそいつとも仲良くなりたいと考えるだろう。
「でも、まあ…」
「俺やったら、元のお前が一番いいけど」
「え、なんて?」
「何もない、ちょっと寝る。おやすみ」
「何すかそれ!ちょっと、起きてくださいよ。西さん?西さん!ねえ!もう、何なんすか!超うざい!」
まだ騒いでいる才木を尻目にわざとらしく寝返りを打って彼に背を向け、もう一度笑う。
「元の俺も、お前の一番だったら良い」なんて、ほんのちょっとだけ舞い上がりながら。
「…ありがとう、浩人」
俺の名前、呼んでくれてありがとう。
表情は見てないけど、今才木がどんな反応をしてるかは容易に想像がついた。
それを裏付けるかのように、あいつは手を伸ばして俺の頭を優しく撫でてくれている。
ああ、やっと魘されずに眠れそう。
次は面と向かって、浩人って呼ばせてな。
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