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「嘘つき」

僕は独り言を呟いた。

それは自分に対してなのか、海に対して言っているのかは分からない。

波の音だけが聞こえる静かな夜。

僕は、思い出の場所を去ることにした。





「おはよう。もう大丈夫なの?」

職場に到着するとすぐに穂波が心配そうに声をかけてきた。

「うん。急に休んでごめん」

「いいの。でも無理はしないでね」

昨日は海のせいで体調不良を理由に休みを取っていた。

軽い会話を終え、スタッフルームでマフラーとコートを脱ぎエプロンを着る。

僕はこの港町にある小さなカフェで働いている。

それからは店長に挨拶をした後、穂波と開店の準備を始めた。

このカフェには立地が良いという訳では無いが商店街にあり近くに海もある。観光客もよく訪れるが多くは常連さんだ。それは良いのだが困った客も一定数いる。

今日もまた、いつもの気の強そうな中年女性が穂波の前に立ちはだかった。

「あなた私の綾くんに色目使ってるでしょ」

「使っていません。お客様、綾くんは私のものです」

睨み合う2人を放っておく訳にもいかず仕方なく仲介に入る。

「2人とも落ち着…」

「綾くんは別の対応に当たっててよ」

僕の言葉を遮った穂波は、客に向けて不敵な笑みを浮かべている。

…こうなるのもいつも通りだ。


午後のピークもす過ぎ、客足もほとんどなくなった頃に僕は穂波にココアを差し出した。

受け取った穂波は笑顔でありがとうと言ったがすぐに飲む様子がなかった。

「綾くんてほんとにモテるよね」

「…そう?」

「分かってるくせに」

睨みつけられた僕は微笑みながら首を傾げた。その時 ふとつけっぱなしのテレビから聞き覚えのある曲が流れ、目を向ける。

「綾くんのお兄さん、だったよね」

穂波も気がついたらしくそう言った。

「うん。もう何年も会ってないけど」

僕の兄はアイドルをしている。血の繋がった兄であったとしても、今となれば遠い存在のようだ。

父も母も有名な俳優で、共演したドラマで恋に落ちたらしい。両親共に仕事が忙しく、あまり家にいた記憶がない。家族として傍にいてくれた兄も、アイドルになってからは家にいることがほとんどなくなった。

あの広い家で1人過ごすのは、なんだか息が苦しかった。だから僕は逃げるようにあの家から出ていったのだ。

兄だけは僕が家を出ることを反対していた。

「兄ちゃんだって僕を見捨てたくせに」そう、言い捨てて家を出た。 そんなことは無いのは分かっている。両親は僕を愛してくれているし、休日は僕との時間をつくってくれた。兄だって僕のめんどうを見てくれていた。でも、傍にいないのなら何の意味もない。

それから兄には1度も会っていないが、誕生日には決まってプレゼントとおめでとうの言葉を贈ってくれた。

テレビに映る兄の姿は少し眩しい。

「あ、あの人また来てる…」

穂波の言葉に客席を覗いてみると、帽子にメガネ、マスクを付けた怪しい男の姿があった。

いつも1人で訪れては、コーヒーを1杯だけ頼み、飲み終わるとすぐに帰っていく。女性客の多いこの店では少々異質な存在だ。

「僕が出るよ」

「もしかしたらあの人も綾くん狙いかもしれないから気をつけてね…」

「流石にそれはないよ」

笑って、そのまま客のもとへ向かう。何度か接客した事があるが、話してみれば普通の人だ。

「コーヒーを1つ」

男はそれだけ言って、まじまじと僕の顔を見つめてきた。人から顔を見つめられるのはいい加減慣れてしまっていて、もう気にならなくなっていた。

「…ほら、ただのコーヒー好きな人だよ」

「ほんとに?」

穂波はまだ疑っている様子だった。

僕は軽く笑いながら、コーヒーを淹れる。

「私が持って行く」

「…分かった」

観念し穂波に出来上がったコーヒーを渡した。

カウンターでぼんやりとコーヒーを運ぶ穂波を見ていると、

「綾」

「わっ…て、海!? 」

海が近くに立っていた。

「なんでここにいんの?」

「カフェに客が来ても普通だろ」

「いや、まあそうだけど。まて、何でここが分かった?」

驚きを隠せず問い詰める。

「それより喉が乾いた」

海は答えるどころか、悪びれもせずそう言った。

「…家の掃除やった?」

「もちろん」

得意げな顔をした海の髪に埃が付いている。本当に掃除はしたらしい。 僕は笑って、それを落としてあげた。

「…」

海は何故か黙って目線をずらした。

テーブル席に案内してあげると海はメニューを広げて迷うことなく紅茶だけを頼んだ。


「あの人、友達?」

カウンターの方へ戻ると何故か穂波は珍しく目を輝かせながらそう聞いてきた。

「まあそんなとこ」

「ふーん…あ!あのお客さんが綾くんと話たいって言ってたよ」

「え」

「なんか事情があるみたいだったし話してみたら?」

どう答えるか迷い客の方を見ると、そこに姿はなく店内を見渡すと何故か海と揉めているようだった。

「綾」

海がすぐに駆けつけた僕の名前を呼ぶと、男は僕をじっと見つめた。

帽子とマスクで隠れていて顔は見えない。

「…あやくん」

そう呟いた男の声はどこか聞き覚えがあった。

「…?」

「俺の事、忘れた?」

誰だ、という言葉が出ずに絶句する。男は帽子とマスクを外した。

「えっ…」

穂波ちゃんの驚く声が聞こえた。

いやいやいや。

男を見る。

見覚えがありすぎる顔に、また固まる。

「綾に似てる」

海が男を見て言った。

2度見、3度見をして、僕は海の後ろに隠れた。





君がいる明日は、もう来ないこと。

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コメント

1

ユーザー

そこで〜、〜〜g((殴 ん゙ん゙ン…楽しみに待ってますぞ〜

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