テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
年末に向け、世間は次第に慌ただしくなり、忙しい日の午後、竜馬の頭の中は騒々しかった、考えが次から次に浮かび、つかもうとする端から消えて行く
インターフォンで江藤秘書に、今から2時間は誰にも取り次がないでくれと頼んだ、静かな所で考えをまとめたかったからだ、この社長室から一歩外に出れば、いたる所に社員がいて話しかけられる、外の道頓堀の橋にいる人だかりと良い勝負だ、ついさっきも小柄な自動販売機の補充員を、廊下の角を曲がった所で踏みつぶしそうになった
今竜馬は、社長デスクの上に置かれている分厚い封筒をじっと見つめていた
頭を休め、暫くじっとしているとだんだんわかってきた、このごたごたの中にあって、本当に大事なのは、今置かれている立場の複雑さや懸念や身に降りかかっているものではなくて、今更になってここ数日、自分の心を占めているものを考えた
大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す・・・日本に来てからずっと見て向ぬふりをしていた、そろそろ自分の心の片隅の問題と決着をつけるべきだ
自分は恨んではいない・・・あの時点ではいくら友人でも犯罪を犯した者の息子を、そのまま我が子と一緒に暮らさせる訳には行かなかっただろう・・・もし自分が同じ立場でもそうしていたはすだ
その結果、アメリカに渡ったことで自分は運命の人ジャスティンと出会った・・・そしてあの時、カルロスの家を出る時に日本の全てと縁を切ると自分に言い聞かせたじゃないか・・・
午前中は竜馬は真面目に仕事をこなした、最後に封筒や郵便の一番下の分厚いA4サイズの封筒を掴んだ、全てが変わった・・・今更懐かしんで会おうなんて思っていない
―ただ・・・どうしているか知りたいだけだ・・・―
その封筒にはこう書かれていた「神崎一郎、豊、ジェニ、調査報告書」
竜馬は封筒をやぶって中身を取り出した、分厚いA4の資料に閉じられたファイルが三冊出てきた、竜馬はまず神崎一郎調査報告書を覚悟を決めて開いた
たとえ今現在一郎さんがどうなっていようと、自分には関係のない事だ、会うつもりも無い、そう言い聞かせて読み始めた、しかし読み進めていくうちに、竜馬は電気ショックを浴びたようで先が読めなくなっていた
心臓が止まった・・・呼吸できない・・・体がかっと熱くなったかと思うと、冷たくなり、立ち上がって窓辺に行き片手で顔を擦った、そして涙がこみ上げてきた
一郎さんは三年前に亡くなっていた・・・そんな・・・意識しないと息がうまく吸えなかった、さっきまではただ単に好奇心だった、知るということはなんて残酷なんだ
そして竜馬は興奮して次々に豊とジェニの調査報告書を手に取りページをめくって、目を通して行った
カチッ・・・
.。 .:
―ジェニと竜馬が遭遇するまであと160日―
.。 .:・.。. .。.:・
【半年後】
「座れ!」
宗一郎はいかめしい顔で、明らかに不満の声でソファーの方へ顎をやった
「僕は犬じゃない」
竜馬は、社長室に入るなり待ち構えていた宗一郎を睨んで言った、宗一郎は手に持った資料をくるくる巻いてあちこち叩いている、ついには自分の太ももを、苛立だしげにパンパン叩き出した
「人員削減チームのミーティングで新たな買収予定の会社に、俺のまったく知らない小さな会社があるんだが、削減チームは社長のお前が無理やりねじ込んで来たと言っている、俺は聞いていないぞ!一言もな!」
「そりゃそうだろう・・・誰にも言ってないのだから 」
竜馬がひょうひょうと答えた
「今日は忙しい一日だったんだ、ちょっとコーヒーでも飲ませてくれ」
そう言って、竜馬はソファーに腰掛け、靴を脱いで長い足を延ばし寝そべった、宗一郎は回れ右をして立ち去るか、腰を下ろすか、竜馬の襟首をつかんで引っ張り上げて一発お見舞いするか決めかねていた
「この忙しい時期になにを考えているんだ!削減チームがどれだけ困惑しているのかわかっているか?いったいあのつぶれそうな広告代理店なんてうちの会社に入れて何をするつもりなんだ! 」
44
レンコン 煮付け
61
「マーケティング部を作るっていっただろう、削減チームの彼らはプロフェッショナルだから大丈夫だよ、何のために高い給料を払っている? 」
竜馬はうまいこと神崎広告代理店と自分の関係は話さずに、何を考えてどう結論づけたかを宗一郎に手短に話した
「とにかく、あの会社の株のほとんどは僕のポケットマネーで買い付けた、あとは残りの株主の役員連中との相談次第だな、今はコンサルと投資に強い我が社も、いつ何時危うくなるかもしれない、そのために商社にしてアメーバー的に部署を拡大しておきたいんだ 、こっちが潰れても、あっちが収入を増やしてくる感じでね、広告マーケティング部はこれからのメビウスに可能性を見出せる部署かもしれない、実験的に軌道に乗せてみようと思う 」
竜馬が話し終えるまで、宗一郎は表情を変えることなくじっと耳を傾けていた、それから顔を手で擦り、低い声で言った
「メビウスは捨て猫やつぶれそうな会社を拾ってくる所ではない、ハイそうですか、と部署を増やすわけにはいかない、神崎広告代理店の財務指標を分析するよ、話はそれからだ 」
「もう決めたんだ、来週神崎の役員会議を行う」
「はぁ?」
宗一郎は驚いて苛立ちの声を出した、竜馬がこんなことをするのは初めての事だった・・・いや初めてではない・・・ずいぶん昔 、竜馬に連れられていきなりジャスティンに会わせられた時と同じ空気を醸し出している
宗一郎は思った・・・竜馬との付き合いはとても長いけど、まだ自分が知らないことがどうやらあるみたいだ
神崎広告代理店の何がそんなに竜馬を引き付けているのだろう?
カチッ・・・・
。. .。 .:
―ジェニと竜馬が遭遇するまであと12日―
。. .。 .:・.。
竜馬はソファーにゆったり座りながら、メビウスビルの最上階のペントハウスからの夜景をじっと見つめていた
「ハナ!」
スキップするようにハナが竜馬の膝に寄ってきてぐるぐる回る、座る所を定めているのだ、そして花江の躾ですっかりお利口になったハナが竜馬の膝に顎をのせて、フンッと鼻息を吹いて落ち着いた
パパは考え事をするときは、自分を撫でたがることを知っているのだ
「神崎ジェニ・・・」
とささやいた・・・今では四六時中呪文のように彼女の名前が頭の中をぐるぐる回っている、調査の結果、彼女は独身だった、てっきりウェンディのように27歳の彼女は結婚して子供もいると思っていた
神崎広告代理店を買収してから何度か役員連中と会って来た、今では宗一郎もこの会社の改善案データーを、熱心に分析してくれている
他でもない、竜馬が彼に二度ほど頼んだからだ、それゆえに宗一郎は自分が何だか知らないが、この会社に特別な思い入れがあると理解してくれた
この一週間で遠くからだが、会社を一、二度外観だけ様子を眺めてきた、古ぼけたビルだった、そしてあろうことにそのビルは来月取り壊しの話が出ている物件だった
一郎さんに世話になっていた頃・・・あの頃はまだ自分も幼く、もっぱら自分達は家で留守番で、会社になど行ったことがなかったが、あんな小さな会社で一郎さんは一人頑張ってくれていたのだ
その頃の自分はほんの子供だった、そして豊もジェニも・・・三人で無邪気に一日の大半を家でゲームをして、一郎さんの帰りを待っていたものだ
あそこに彼女がいる・・・
竜馬は今日の昼間、長い間、じっと古ぼけたビルの4階の神崎広告代理店を見つめていたのを思い出した、ハナがテニスボールを加えて竜馬の傍にやってきた
「投げろ」
と言っている、軽く玄関の方へポーンと放ってやる、彼女は飛び跳ねて玄関へ向かった、普通の犬のように普通に歩くことを知らない 、まるでディズニー映画の動物のキャラクターだ
自分のかわいらしさを自覚していて、世界が自分の周りを回っていると思っているようだ、竜馬が築いた世界のプリンセスだ、花江が賢い犬は人間の四歳児ぐらいの知能があると言っていたが、なんとなく竜馬はそれが信じられた
何だかんだいっても、ハナはかわいい・・・・ 目に入れても痛くないぐらいだ
「ハナ!散歩!」
ハナが踊りながら公園の散歩道を歩いていると、ピタっと地面にお尻をついて止まった
「・・・?ハナ?」
この道は通りたくないといっている、そこで思い出した、そういえば昨日の散歩でこの道でゴキブリが出たのだ、ハナは犬のくせにゴキブリが怖い梃子でもこの先は歩きたくないと竜馬に目で訴えている
「いいかい?お嬢さん、毎回要求が通ると思うなよ!」
竜馬はハナを抱っこして、公園のドッグランまで歩いていった、仔犬の時と比べてすっかり重くなっている、これじゃ犬が散歩されているのか、人間が散歩されているのか、わからない
しかしハナにしてみれば、要求が通れば何も言われても気にしない、誰もいない広いドッグランでハナにボールを放ってやりながら 、また考え事に耽る
いよいよ明日・・・神崎広告代理店での最終通告会議だ、社長の豊は元気にしているだろうか?ひと目見たら自分だと気づくだろうか・・・
竜馬は豊の調査報告書の内容を思い出してた、彼が会社を引き継いでから面白いように業績が落ちている・・・途端にハラが立った
一郎さんは豊を甘やかしていたのだろうか?それとも他の役員に原因があるのだろうか?豊はジェニをどう扱っていたのだろうか、仕事もろくにせず一郎さんの財産をただ食い潰すだけだったのか・・・
豊に会ったら、とにかく会社の経営状況をなんとしてでも吐かせてやる、今自分が一郎さんに報いることはこれしかない・・・
ひょっとしたら・・・明日偶然オフィスを通りかかった時に、彼女を見かけるかもしれない、そうしたら自分はどう感じるのだろう
まったく面影が無くなっているかもしれない、結婚はしていなくても、恋人の一人や二人はいるだろうな・・・もしかしたら婚約者とか・・・いてそうだ
子供の頃の彼女はそれはそれは可愛かった・・・美人になっているだろうか・・・もしそうじゃなかったら?会いたい気持ちと 会いたくない気持ちがごちゃまぜになる
もうずっとこんな事ばかり考えている・・・竜馬は曇った星一つない空を仰ぎため息をついた
カチッ・・・
。. .。 .
―ジェニと竜馬が遭遇するまであと8時間―
。. .。 .:・.。.
コメント
1件
第211話、読み終わりました…。竜馬が一郎さんの死を知る場面、心臓が止まるような感覚がこちらにも伝わってきました。「知るということはなんて残酷なんだ」という一文が痛いほど刺さります。カウントダウン形式も効果的で、「あと8時間」で終わった余韻がすごい。ハナとの緩いやり取りで見せるギャップも好きです。次が気になる…!