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「月が俺に話しかけてくるなんて、新手のナンパなのか? それとも月の姿を借りた、神や仏だったりして?」
『神や仏など、人間が勝手に作り上げた偶像。そうだな、創造主と呼んでもらおうか』
「創造主! 随分と大層なご身分で」
せせら笑う高橋に合わせるように、創造主も声を立てて笑った。男女の区別がつかないその声はとても異質で、すぐさま笑うのをやめたら、同じタイミングで笑うのをやめる。
『おまえをここに連れてきたのは、他でもない。ただの暇つぶしだ』
「暇つぶし……」
『生かすも殺すも、私の手の中にあった。握りつぶせばそれで終いだ。おまえたち人間だって、自分より弱いものに手をかけるだろう? あれと同じこと』
「それじゃあ俺は、死んでいないのか」
創造主からもたらされた事実に、高橋は驚きを隠せなかった。
数は数えられなかったが、果物ナイフでかなり刺された記憶がある。それなのに死んでいないということは、偶然あの場にいた医者の処置が良かったのかもしれない。
『医者が施したことで、おまえは助かったわけじゃない。私がおまえを救ったんだ』
高橋の思考を読んだ創造主は、どこか面白くなさそうな感じで語った。
暇つぶしで救ったくせにと考えかけたが、慌てて思考を止める。これ以上創造主の機嫌を損ねたら殺されてしまうと咄嗟に思い、月に向かって微笑みかけた。
「俺を救ってくださり、ありがとうございます」
『嘘くさい笑みを浮かべて感謝されても、全然ありがたみがない。それにおまえは死にたがっていたはず。なぜ礼を言ったんだ?』
(確かにあのときは死にたいと思って、刺されるように自分から仕向けた。それなのに、俺は生きたかったのか?)
創造主に指摘された笑みを消し去り、顎に手を当てて考える。
『これで二度目だな』
考えをめぐらす高橋に、創造主が柔らかい声色で話しかけた。
「二度目とは?」
『おまえが何かを失い、それが自分にとってどれだけ大切なのかを痛感した数だ』
「あっ――」
思い出したくない過去を引きずり出されたせいで、心中の苦悶がありありと表情に現れる。
「チャンスをやろうか?」
苦痛で顔を歪ませる高橋に、創造主はまろやかさを含んだ優しい声で語りかけてきた。
「チャンスだと?」
手を差し伸べるような言葉をそのまま鵜飲みにできないのは、生きていたときの経験で培った勘が、高橋の中にあったからだった。
何気ない親切心からなされるものなのか――あるいは相手を落とし込むための罠なのかを見極めるには、ある程度相手の話を聞かなければ、判断することができない。
「おまえ、江藤という男に逢いたくはないのか?」
青年の名前を出されたせいで、高橋の眉間にさらに深い皺が刻まれた。
「……歪んだ関係を築いた俺に、わざわざそんなことを訊ねるなんて、創造主といえども馬鹿なのかもしれませんね」
殺されることを想定しつつ、卑下した言葉を吐いた。
「歪んだ関係か。確かに生産性を伴わない男同士の恋愛そのものが、歪んだ関係と言えよう」
顔色を窺えない会話は、受話器から相手の声を聞く電話のやり取りと同じだった。声色の感じで心情を読み取り、何を求めているかを探るのは高橋の得意なことなれど、相手が創造主となるとまた別だった。
こちら側の心情を先読みされるため、さっきから思考が追いつかない――。
「それでおまえは、私が提案したチャンスを生かすのか?」
高橋が次の一手を考える間に、創造主がふたたび同じことを訊ねた。
「断れば、蟻を殺すみたいに俺を簡単に殺すのでしょう?」
間髪おかずに答えた言葉に、ふふっと笑い声を立てる。
「考えた内容をそのまま口にして、私の出方を待つその戦略。実に面白いじゃないか」
「ありがとうございます。俺がここに連れて来られた時点で、何もかもが拘束されていることに、やっと気がつきましたから」
躰を何かにがんじがらめにされているだけじゃなく、心の中までも創造主に読まれることで、提案されたことを断れない状況下におかれていた。