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蝶屋敷にて
………。
どうしたものか。
鬼に襲われている娘を助け、自分も危ういところを彼女に救われた。
弓道着を着た、まだあどけなさの残る謎の少女。
一瞬の隙をつかれて日輪刀を弾き飛ばされ、鬼に身体を絞め上げられていた俺を、手に持っていた弓とたった1本の矢で見事脱出させた。
きっと恐ろしい思いをしただろうに、己を奮い立たせて弓を引き、矢を放った。
とんでもない精神力だと思った。
彼女の放った矢は鬼の目玉に命中し、敵の手が緩んだことで自分は脱出できたのだ。
そして今度こそ、鬼の頸を斬ることに成功した。
そんな彼女は、俺が鬼を倒したその直後、糸が切れたように気を失ってしまった。
こんなところに放置しておくわけにもいかないので、娘を背負い、蝶屋敷へと向かった。
甘露寺以外の女に触れるなんぞ嫌だったが、こいつには借りがあるし、仕方ない。
軽いな。
日々の鍛錬でもっと重いものをかかえているので、意識のない人間といえど、そこまで重いとは感じなかった。
「困るんですよねぇ。ここは鬼殺隊員の療養所であって、一般市民を看るところじゃないんですよ」
「……重々承知だ……。しかし俺もこいつに救われたものだから放っておくわけにもいかず……」
穏やかな笑顔を貼り付けているが、迷惑に思っているのがはっきり分かる胡蝶。
「…まあ、この時間でしたら病院も開いていないでしょうし今日は仕方ないですね……。…それで、伊黒さん。この子に救われたというのは?」
俺は先程の出来事を話した。
たった1本の矢で俺を助太刀したことに、胡蝶も驚いているようだった。
「とりあえず、ベッドに寝かせてください。…あ、結構汚れていますね。ところどころ擦り傷に切り傷も。アオイたちに着替えを頼みますから、伊黒さんは傷の手当を受けてください」
「ああ、すまない」
背中の娘をゆっくりとベッドに横たえる。
俺は怪我の治療を受け、任務の報告をする為、蝶屋敷を後にした。
翌日。改めて蝶屋敷を訪ねると、昨日の娘が目を覚ましていた。
服を着替えさせてもらい、傷も手当されている。
「…起きたんだな」
『あっ、しましまさん!昨日はありがとうございました!』
しましまさん???
その場にいた胡蝶と、たまたま遊びに着ていた甘露寺が俺から顔を背けて肩を震わせている。
「……伊黒小芭内と言う。お前の名前は?なぜあんなところにいた?」
『いぐろさん。ありがとうございました。…私は夏目椿彩(なつめ つばさ)と申します。…あの、なんであそこにいたのか、自分にもわからないんです 』
ようやく笑いが止まった胡蝶と甘露寺が不思議そうに顔を見合わせている。
「えっと、つばさちゃん。あの場所にいる前は、どうしてたの?…もしかして、頭を打ったりして記憶が曖昧になっちゃったりしてるのかな?」
甘露寺が優しくたずねる。
今日も可愛い。
『頭を打ったりは……。…あ、そういえば私、弓道の試合中でした』
「「「試合??」」」
『はい。高校の弓道の県大会で。……道場の外は雨がすごく強くて。雷も鳴ってたんです。…えっと、それから……あ、雷が落ちた…のかな。気が付いたらさっきの山道にいて、オバケに追い回されてました』
記憶を手繰り寄せながら話す様子の夏目。
高校?県大会?
嘘を言っているようには見えないが、にわかには信じ難い。
昨日着ていたのは確かに弓道の道着だった。上衣に袴、帯を締め、足袋を履いていた。胸当てもしていたし、手には“かけ”(手袋のようなもの)も着けていた。
「そうだったんだね!なんかよく分かんないけど、怖かったよね!伊黒さんのことも助けてくれてありがとおおぉ!」
甘露寺が夏目を抱き締めた。
なんて羨ましいんだ!
「…椿彩さん。あなたのことは伊黒さんから上げられた報告で聞いています。明後日の柱合会議で、他の柱やお館様の前に出てもらいますから、それまで、私たち鬼殺隊がどのような組織なのか、どんなことをしているか、ゆっくり説明を受けてください 」
『…はい、分かりました』
胡蝶の言葉に、夏目が素直に頷く。
その後、胡蝶、甘露寺、俺の3人で鬼殺隊のことや鬼の存在などを夏目に説明した。
彼女の話に俺たちが戸惑ったのと同じように、とても驚いているようだった。
つづく