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ユーヤが魔王討伐の旅に出て5年の月日が流れ――現在
この地に流されて二十数年……
本当に色々な事がありました。
とても素敵な出会いも数多くありました。
私の帰りを待っていてくれた目の前のシスター・ジェルマも、辺境で出会った素晴らしい女性の1人。
「魔王が出現してからもリアフローデンで平穏に暮らせるのは、シスター・ミレが魔獣討伐や村の結界などの聖女の務めを果たしてくれているお陰よ。この地に住む者みな、あなたに感謝しているのよ」
「それはこの地に住む方々がみな親切で優しいからです」
王都で打ちのめされた私は、この辺境の優しさにどれだけ救われたことか。
「そうね、みな気のいい人たちばかり……でも、その中にはシスター・ミレも含まれるのよ」
シスター・ジェルマの穏やかな微笑み。
私はこの微笑みが大好き。
私はこの方のようになりたいとずっと思っていました。
ですが、私にはこんな素敵な笑顔はできそうにもありません。
「貴女は自分で思っているよりもずっと素晴らしい女性なのよ」
「共に学んだ友人達も、一緒に魔獣と戦った騎士の方々も、弟や両親でさえ……誰も庇ってくれなかった人望のない私がですか?」
「エンゾ様やその周辺の方々はあなたの味方だったでしょう?」
「それは……」
私は返す言葉に詰まってしまいました。
「それに子供達もあなたに良く懐いているわ。あの子達ったら明日の貴女の誕生日を祝うんだって張り切って準備していたのよ。明日は貴女を驚かすのだそうよ」
これは内緒よと片目を瞑っておどけて笑うシスター・ジェルマに釣られて私もくすりと笑いがこぼれました。
「あの子達が私の為に……」
「ええそうよ……あなたはいっぱい愛されているのよ」
シスター・ジェルマの手が私の頬に優しく添えられる。
彼女の手は辺境の地の生活でとても荒れていてガサガサとしていたけれど、その優しさは凍てつく私の心に温もりを与えてくれました。
「だからもう貴女を縛るものは何もないの。それは罪や義務だけではない――恋だって」
「恋なんて……私は明日で40歳になるおばさんですよ」
「あら、恋に年齢なんて関係ないわ」
私の自虐めいた苦笑いに、シスター・ジェルマはくすっと笑って返しました。
「重要なのはあなたの気持ちよ」
「私の?」
「ユーヤを好きなのでしょう?」
シスター・ジェルマに言われてユーヤの面影が脳裏に浮かびました。
それは魔王討伐へ旅立つ前夜の私を見詰める黒い双眸。
思い出すだけで胸にもやっとした、だけど熱い想いが込み上げてきました。
彼への好意は確かにあります。
ですが、この想いは果たして本物の『恋』なのでしょうか?
「彼はただあなたの事を想い剣を振るい、あなたの為だけに、あなたの身を案じて魔王との戦いに赴きました」
シスター・ジェルマの「彼の気持ちは分かるでしょう?」と問う言葉に私は頷きました。
「ですが、私は信じきれないのかもしれません……ユーヤの想いと私の気持ちを」
「仕方のないことだけれど……前の恋の仕打ちに、貴女は自分の気持ちに対してとても臆病になってしまったのね」
彼女は一つ溜め息を吐きました。
「あなたは自分の心と向き合う必要がありますね」
「私には分かりません……」
私は私の気持ちが分からない。
私のこの胸の熱はユーヤが好きだからでしょうか?
彼は本当に私を想い続けてくれているでしょうか?
「この報せは……こうなるとあなたが自分の気持ちと向き合うのに、ちょうど良い時機だったのかもしれませんね」
私の懊悩する姿を見て、シスター・ジェルマは呟きました。
「王都より報せが届いたのよ。彼が還ってくるわ」
「え?」
何を言っているのか、私は直ぐには理解できませんでした。
彼女は続けていつもの柔らかい微笑みを携えて告げました。
「ユーヤが魔王を討伐したそうよ」