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夜遅くに帰ってくるのだろうから、軽めのものを作ろうか。
久しぶりにゆっくりと雅人のことを思い返す。
そういえば昔から牛肉は嫌いだと言っていたし、鶏肉が好きだったような気がする。
なかでもサラダチキンは大好きだったような。
でも、サラダだけ出されても眠かったら食べてくれないかな。
それなら……と。
優奈は買い物かごにレタスやトマト、卵に鶏肉、そして食パン。
とりあえずレタスを挟みまくったサンドウィッチにしようと決めた。
疲れていてもちょっと食べてみようかなって手を伸ばして、さっと食べられるし。という安直な考えだ。
(それにしても、スーパーゆっくり歩くとか久しぶり?)
こんなふうにゆっくりと買い物をすること自体が、実家を出てからは初めてのことだった。
それだけ仕事……いや、あの会社に追い込まれてしまっていたんだろう。
そして何より、無理に優奈の一部と化していた雅人への想いを押し込んで消してしまおうと思っていたことも自分を追い込んだ原因に違いない。
雅人との時間を穏やかに思い返すことも、その雅人の為の手料理を考えることも。
数年前までは当たり前だったものを受け入れるだけで、こんなにも心は穏やかになる。
そんな優奈に戻してくれたのも、また雅人なのだから。
(落ちぶれまくってても、まーくんはバカにしたりしなかったもんね)
これはきっと神様が”もう一度頑張ってもいいよ”と言ってくれたに違いない。
などと都合の良い解釈までできるようになっていた。
叶うこと叶えることだけがゴールであって、そして幸せなのだと優奈はずっと思っていたけれど。
(でも違うのかな)
自分の心に正直でいられることが何よりも幸せなことなのかもしれない。
***
「……はぁ、高かった」
雅人の暮らすマンションの比較的近くにあるスーパーマーケットは、無農薬の野菜なんかを置いていたり、まあ何というのか意識が高いんだなって感じの品揃えで。
それなりの値段でものが売られているし、それを求めてくる客層によって成り立っているようだ。
『出かけたいならタクシーを使うんだ』と過保護な雅人らしいことを言われていたのだけれど、歩ける距離でタクシーを使うのも慣れないなと。
優奈は食材を詰め込んだエコバッグを片手に、行きと同様帰り道もゆっくりと歩いて雅人のマンションへ向かっていた。
ちょっと冷えてきたなぁ。と、よそ見をしてしまった時だ。
目の前の角を「今からパーキング戻るんでちょっと待ってくださいって!」と、何やら大きな声を出しながら曲がってきた男性と。
「きゃ!?」
なんと思い切りぶつかってしまう。
荷物をドサドサと派手に落としてしまい、それを拾い集めながら「す、すみません」と謝罪の言葉を口にしていると相手も「いや!こちらこそすみません、怪我はないですか?」と。
まだ電話の相手の声が聞こえているのにも関わらず、その電話を一方的に切って優奈の目の前にしゃがみ込み一緒になって拾い集めてくれる。
歳は優奈よりも少し上くらいだろうか?
二重のパッチリした目元が羨ましくなる、綺麗な顔をしている男性だ。
髪の毛もくせっ毛なのだろうか。少しふわふわとしていて可愛らしい印象だけれど、細身のグレーっぽいスーツをピタリと着こなしていて、存在感のあるシルバーの腕時計も嫌味無く輝いている。
可愛いだなんて評価は失礼になるだろう、きちんとした身なりの男性だった。