コメント
1件
いつからだろう。
誰かを想ってこの胸が苦しいほどドキドキしなくなったのは。
いつからだっけ。
そんな想いも忘れてしまったのは。
いつからかそんな気持ち封印したはずだったのに。
きっと出会ったあの日から少しずつ動き始めたこの想い
いつからか始まった二人のこの関係。
嘘か本気かわからない恋。
決して本気になってはいけない恋。
「美咲~いつもの~」
これがいつものルーティーン。
いつからか恋愛から遠ざかった私は。
結婚を夢見る年も過ぎ、今の仕事を日々こなすことで精一杯で一日が終わる。
仕事を終えて残業続きになった日は、大抵一人の家に帰ることなく、親友の美咲が夫婦で経営しているCAFE兼BARの店『BLOOM』で夜ご飯にありつく。
望月 透子 。 現在35歳。
人生30も過ぎると職場ではそれなりの年齢になり、当然それなりの経験で、それなりのいいポジションに就いてる今。
そのポジションのおかげで毎日忙しく過ごせている。
だから仕事にもやり甲斐あるし、充実もしてる。
「了解~。何、透子また今日も残業?」
いつものカウンターのいつもの端の場所に座った早々に疲れ切ってる私を見て美咲が声をかけて来る。
「まぁね~。まぁいつものことだけどさ。なんか今会社でバタバタしててさ~」
うちの会社
自分の考えた企画やアイデアが商品になった時の嬉しさは、この仕事をしているからこそ得られる喜び。
自分の思い描く理想のアイデアが実現するその喜びが魅力でこの仕事をやり続けている。
そして自分がいる今の部署では女性をターゲットにしている商品コンセプトなのも大きな魅力。
そんな中で仕事を出来ているからこそ、恋愛から遠ざかっても支障はない。
女性が夢見る商品を作れて行ける今は楽しい。
「透子ちゃん、いつも残業後で疲れた顔は見せるけど、いい顔してるもんね」
「おっ、修ちゃんいいこと言ってくれるね~」
そう声をかけてきたのは美咲の旦那さんで修平こと修ちゃん。
美咲と私は学生時代からの親友。
その旦那さんの修ちゃんともこんな感じでやり取りできる間柄。
美咲と修ちゃんは高校からの同級生で昔からの付き合いだから友達みたいな感じの夫婦。
だからこそ私にも仲良く接してくれて、この夫婦が始めたこの場所も居心地よくてついつい足を運んじゃう。
そんな私がいつ行っても対応出来るように自分の特等席の場所は常に空けてもらって、疲れた時はいつものお酒と食事を作ってもらうようにお願いしてある。
でも修ちゃんが作ってくれるご飯はなんでも美味しいから、長年この店に通ってる私は一通りのメニューは制覇。
なもんで、修ちゃんも食いしん坊の私と対抗して常に新メニューを考えて挑んで来る。
でも今日は疲れた仕事の後なので、いつものメニューで注文。
「やっぱ仕事好きなんだよね~」
今の自分はそう思えることが案外嬉しかったり。
仕事で疲れることはしょっちゅうだけど、今はその疲れも嫌いじゃない。
「透子ちゃんあんな感じはもう羨ましくなくなった感じ?」
そう修ちゃんが指差す方を見てみると、店の奥で華やかな服を着てる男女のグループが主役の二人を囲んでワイワイ騒いでいる。
「ん?何?結婚式?」
「あ~オレの知り合いの結婚式の三次会」
「え!そうなんだ!じゃあ、私お邪魔じゃん!」
「いやいや、内輪だけでやってるパーティーみたいなもんだし、奥の場所貸してるだけだから気にしなくていいよ」
焦って席を立とうとする私に修ちゃんは軽く返答する。
「そ?なら私は助かるけど・・・」
そう言いながら改めて座り直してその方向に目を向ける。
その中には幸せそうに微笑んでる花嫁さんらしき女性と仲間と一緒に楽しく騒いでる旦那さんらしき男性。
「どうだろう。見てる感じは幸せそうでいいな~って思うけど憧れることはもう今はないかも」
今改めてその景色を見つめても、相手もいなきゃ憧れる景色も何も浮かんでこなくて。
「なんかさ、全然浮かばないんだよね、そういう景色。もうあれからそういうなの正直一切考えなくなっちゃったし。ずっとさ一人でいると一人でいるのが楽になって、誰かと過ごす時間が息苦しくなる」
いつからだっけ。
こういう生活が居心地よくなってしまったのは。
いつからだっけ。
結婚どころか誰か特定の相手と過ごすことも苦痛になりだしたのは。
そんなことも自分に問いたださなくなったのは、いつからか仕事が中心になったからか。
それともいつからか恋愛自体が面倒になったからなのか。
たまにときめく気持ちなんかも欲しくなったりする時もあるけれど。
そんな時はドラマを観たりしてキュンキュンを注入すれば、それだけで充分満たされる。
「でもたまにはドキドキしたりキュンキュンしたり。そんなトキメキだけは味わいたくはなるかも。矛盾してるね~」
「ふふっ、なんかそういうとこ透子らしいね~」
私の性格を全部知ってる美咲は笑って答える。
「修ちゃん、そんな都合いい人いない!? 私にトキメキだけくれるような人!」
私は冗談半分本気半分で修ちゃんに尋ねる。
「ハハッ!なんだよ、それ!透子ちゃんのタイプで都合いい男そんな簡単に落っこちてねーし」
「だよねー!」
うん。顔が広い修ちゃんならもしかしたらなんとかなるかなと思ったけど、さすがの修ちゃんでもそこまでではなかったらしい。
大丈夫。
ダメ元で言っただけで、昔から知ってる修ちゃんの知り合いっていうのも今更だし。
まぁそんな都合いいことある訳ないか。
そう。自分がまずそんな出会いもそんな恋愛も出来ないことを一番わかってる。
昔からこの雰囲気からクールに見られがちで。
特に男性に対しても理想が高いらしく、自分から気に入る相手にはなかなか巡り合えない。
でも一度だけ。
結婚まで想い浮かべた人が一人だけいた。
その時はきっとそれが実現するのだと思ってた。
好きな人と結婚。
何も難しくないただそれだけのこと。
付き合ってれば自然に時が来ればいつか出来ると思ってた。
だけど、ただそれだけのことが一番難しいと思い知らされた。
それからはそんな夢も見なくなった。
そこから人を好きになることも、結婚を夢見ることも、自然と遠ざけるようになった。
もう誰かに頼るのも期待するのもやめた。
誰も信じない。
信じられるのは自分だけ。
でも、ほんのたまに。
もう決して面倒なことも傷つくのも経験したくはないけれど、そういうドキドキやキュンキュンする気持ちが懐かしくなる。
だから、そういう面倒なことが一切ないトキメキだけをくれる人。
そんな人がいれば、理想的なのに、なんて。
好きにもならない、それ以上は期待しない、ただトキメキだけ感じられれば。
そんな都合いい楽な人なんているはずないけれど。