テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#エリオット
あおあお
8
#エリオット
あおあお
48
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
魔界の深夜。FORSAKEN本部の暗黒厨房には、危険な静寂と、じわりと焦げる香辛料の匂いが漂っていた。
「……よし。この魔界火山唐辛子を0.3グラム、そこに幻獣ミルクを混ぜて――」
1eggs(ワンエッグス)は調理台に身を乗り出し、金色の目を血走らせながら、新作ソースの試作に没頭していた。
スペクターから先日「悪くない」と評された暗黒パスタ。その“さらに上”を目指し、彼は今夜も狂気的なまでに味覚の深淵を掘り進めている。
その背後。
厨房の換気ダクトの中では、長い尻尾をピタピタと震わせたトリックスター・ホスフォラスが、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべていた。
「くくく……見つけちゃったんだよねぇ、人間界の闇市場で。“媚薬スパイス・ラブファイアEX”。ほんのひとつまみで、愛情表現が限界突破するって噂の」
ホスフォラスは小瓶を取り出し、こっそりと1eggsの香辛料ケースの中へ粉末を混ぜ込む。
淡い桃色の煙が、ふわりと闇に溶けた。
「これ絶対おもしろいやつ…! あの満面笑顔の生地野郎がどうなるかな…ふふ」
そして数十分後。
完成した暗黒パスタは、いつものようにジョンドゥの前へと運ばれていた。
「はい、ジョンドゥ。試食だ。感想を10秒以内に言え。あと変な感想は禁止だからな」
「わぁ! 1eggsの手料理だね!」
ジョンドゥは嬉しそうに頬を桃色に染め、首の赤いスカーフを揺らしながらフォークを手に取った。
そして――。
一口、食べた瞬間。
ブォォォォォォォォォン……!!!!
右腕の業務用大型ミキサーが、突如として異常回転を始めた。
「……あれ?」
ジョンドゥが、ぴたりと動きを止める。
白いパン生地の顔が、みるみるうちに熱を帯びた濃いピンク色へ染まり始めた。
「お、おい? 生地野郎?」
1eggsが眉をひそめる。
ジョンドゥはゆっくり顔を上げた。
いつもの満面の笑顔。
――だが、その瞳だけが、完全にトロけていた。
「……1eggs……」
「な、なんだよ」
「僕……なんだか、すごく体が熱いんだ……」
ジョンドゥはふらり、と立ち上がる。
ミキサーの回転数がさらに上昇する。
ブォォォォォンッ、ブォォォォォンッッ!!
「お、おい待て、その駆動音ヤバいぞ!?」
「1eggsの匂いがする……。甘くて、熱くて……僕、なんだか……」
ジョンドゥは頬を真っ赤に染め、蕩けた笑顔のまま、じりじりと1eggsへ距離を詰めていった。
「1eggsを……全部、捏ねたくなっちゃった」
「は?????」
1eggsの金色の目が限界まで見開かれる。
「いや待て待て待て!! “全部捏ねる”ってなんだ!? 料理用語としても危険だろ!!」
「大丈夫だよ。優しく発酵させるから……」
「発酵させるなァァアアアッ!!!」
ジョンドゥはいつものふわふわした笑顔のまま、しかし完全に理性のタガが外れた動きで1eggsへ迫ってくる。
白いパン生地の腕が、調理台の両脇へドンッ!と置かれた。
完璧な壁ドンである。
「ひっ……!?」
1eggsの背筋を冷たいものが走った。
近い。
近すぎる。
しかも今日は、ジョンドゥの体温が異常に高い。
ふんわり漂う甘い発酵臭すら、いつもの数倍濃密だ。
「1eggs……君の骨、細くて綺麗……。もっと触ったら、壊れちゃうのかな……」
「こわっ!! 今完全に“こねる”じゃなくて“解体”のテンションだったぞ!!?」
1eggsは顔を真っ赤にしながら金色のフライパンを構えた。
しかしジョンドゥは止まらない。
「ねえ1eggs……僕の生地、もう限界まで膨らんじゃってるんだ……」
「表現が危険なんだよ全部!!」
「だから責任取って、朝まで一緒に――」
「取らねえよォォォオオオッッ!!!」
その瞬間。
厨房の扉が、静かに開いた。
カツ、カツ、カツ……。
絶対零度の足音。
現れたのは、ウィザードハットを深くかぶったアズールだった。
その目は、もはや“死んだ魚”を通り越し、“冷凍保存された深海魚”レベルにまで冷え切っている。
手には例によって、300ページの『FORSAKEN・風紀崩壊及び深夜騒音被害報告書』。
「……なるほど」
アズールは厨房を見渡した。
壁ドン状態のジョンドゥ。
真っ赤になって硬直している1eggs。
床に転がる桃色のスパイス瓶。
そして換気ダクトから「やっべ」と顔を引っ込めたホスフォラス。
沈黙。
数秒後。
「ホスフォラス」
「は、はい?」
「危険薬物の持ち込み、および新人二名への精神的加害行為により半年減給です」
「アハハ! やっぱバレた――」
ゴンッッ!!!
300ページ報告書の角が、ホスフォラスの脳天へ直撃した。
「いっっっったァ!?」
続けてアズールは、トロけた笑顔のまま1eggsへ抱きつこうとしていたジョンドゥの頭を、同じく報告書でペシィッ!!と叩いた。
「ジョンドゥ。薬物入りと知らなかったとはいえ、勤務時間中の過剰接触行為です。減給」
「うぅ……でも1eggsが美味しそうで……」
「食材扱いするのをやめなさい」
「はい……」
最後にアズールは、半泣き状態でフライパンを抱えている1eggsへ視線を向けた。
「1eggs」
「な、なんだよ……俺は被害者だろ……!」
「香辛料管理ミスです」
「理不尽すぎるだろォォォオオオッ!!」
「厨房で“媚薬スパイス”が流通している時点で、もう十分理不尽なんですよ私は」
アズールは胃を押さえ、深く深くため息をついた。
その横で、いつの間にか現れていたスペクターが、赤いシルクハットの庇を静かに持ち上げ、完璧な真顔のまま一言だけ告げる。
「……騒がしいね」
そして、テーブルに置かれた媚薬入りパスタを一瞥し。
「廃棄しなさい。ノスフェラトゥが食べると更に面倒なことになる」
遠くの廊下から、
「スペクター様ァァアア!! 私ならどんな媚薬でも耐えてみせ――」
という声が聞こえた直後、
ゴンッッ!!!
どこから飛来したのか分からないアズールの報告書が、見事にノスフェラトゥの脳天へ命中したのだった。