テラーノベル
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人間界――郊外。
昼下がりのファミリーレストランは、平和そのものだった。
学生たちの笑い声。
主婦たちの談笑。
子供の「ポテトおかわりー!」という無邪気な叫び。
……その空間に、FORSAKENの幹部たちが足を踏み入れるまでは。
⸻
「……スペクター様。本当に、ここでよろしかったのですか」
店の奥のボックス席。
ウィザードハットを深く被ったアズールは、限界まで冷え切った死んだ魚の目で店内を見渡していた。
その手には既に、分厚い『人間界大衆飲食施設・衛生及び風紀監査報告書』。
まだ注文すらしていない。
にもかかわらず、彼の胃壁はもう限界だった。
「隣の席では子供がパフェを投げています。向こうではカップルが『あーん』をしています。床はベタつき、空気は甘ったるく、BGMは妙に陽気……。なぜ私は今、こんな場所でドリンクバーの補充頻度を調査しているんですか。帰りたいです」
「騒がしいね」
向かい側。
赤いシルクハットを被ったスペクターは、メニュー表を静かに眺めていた。
完璧な真顔。
1ミリの感情もない声。
「……この『チーズインハンバーグ』、悪くない響きだ」
「スペクター様が妙にファミレス適応してるのが一番怖いんですよ」
⸻
一方その頃。
新人二人は既に別方向で限界突破していた。
「見て見て1eggs!」
ジョンドゥが、満面の笑顔でメニューを広げる。
白いパン生地の頬はほんのり桃色。
首の赤いスカーフが、空調の風にふわりと揺れる。
「この『シェアサイズポテト』って、つまり恋人同士で一本ずつ食べさせ合うための料理だよね!? 人間界、すごい文化だなぁ!」
右腕の大型ミキサーが嬉しそうに、
ブォォォン……♪
と低く鳴った。
「違ぇよ!!」
1eggsが即座に机を叩いた。
「なんでも恋愛変換すんな変態生地野郎!! つーか寄るな! 狭ぇ!!」
漆黒の顔が一気に真っ赤になる。
金色の目がギラギラと血走り、透けた肋骨が呼吸に合わせて激しく上下していた。
しかしジョンドゥは止まらない。
「でもね1eggs、この“ペアセット”って絶対運命だよ。だって二人で同じ料理を食べるんでしょう? つまりこれは――」
ジョンドゥがさらに距離を詰めて、囁く。
「――人間界公認の共同発酵制度だよ」
「制度化すんなァァアアアッ!!!」
⸻
「ギャハハハハハ!!」
向かいの席でホスフォラスが腹を抱えて転げ回っていた。
「骨野郎の顔真っ赤!! 超ウケる!!」
彼はおこさまランチの旗を頭に刺し、ケチャップで「LOVE」と皿に落書きして遊んでいる。
「あとこのドリンクバー最高! 色んな液体混ぜ放題!」
「お前は静かにしろトカゲ」
アズールの死んだ魚の目が据わった。
⸻
その時だった。
ジョンドゥがふと立ち上がる。
「あ、1eggs。僕、飲み物取ってくるね!」
「待て」
「僕たちの愛のブレンド、作ってあげる!」
「待てっつってんだろ!!」
しかし遅かった。
ジョンドゥはドリンクバーへ一直線に突撃。
そして――
ブォォォォォォォォォンッッ!!!!
店内に重機のような爆音が轟いた。
「わぁ!! コーラ! メロンソーダ! カルピス! コーヒー! ココア! 全部混ぜたら、きっと僕たちみたいに甘くて複雑な味になるよね!!」
右腕の大型ミキサーが超高速回転を開始。
ドリンクバーの機械がガタガタ震える。
子供が泣く。
店員が固まる。
女子高生がスマホを向ける。
「営業妨害だろうがァァァアアアッ!!!」
1eggsが絶叫した。
真っ赤な顔のまま、金色のフライパンを振り回しながらジョンドゥへ突撃する。
「止まれ!! その紫色の液体を生成するな!! 人間界に新しい劇物を生み出すな!!」
「あはは! 1eggs、そんなに僕と共同作業したいんだね!」
「してねぇ!!」
「人間界のBL本で見たよ! “人目のある場所での秘密の接触”ってやつ!」
「ファミレスで再現すんなァァアアッ!!!」
⸻
カオスだった。
完全に。
その時。
テーブルの下から、ズズ……と何かが這い出てきた。
「……静粛に」
ノスフェラトゥだった。
長身の古代吸血鬼は、なぜかスペクターの席の真下で完璧な“お座り”をしていた。
真紅の瞳を潤ませ。
蝙蝠の耳をピクピク震わせ。
床にヨダレを垂らしながら。
「スペクター様が今、『日替わりスープ』を見つめておられるのだぞ……!! その神聖な時間を汚す者は、この私が検食して消し炭に――ハァハァ……しかしこの狭い机の下、スペクター様の御足の気配……たまらん……!!」
「幹部が一番出禁になりそうなんですよ!!!!」
アズールのツッコミが炸裂した。
⸻
そしてついに。
店員が恐る恐る近づいてくる。
「お、お客様……店内での大きな機械音は……」
その瞬間。
スペクターが静かに顔を上げた。
赤いシルクハットの影。
完璧な真顔。
「……騒がしいね」
空気が凍る。
ジョンドゥのミキサーがピタッと止まった。
ホスフォラスも固まる。
1eggsですら息を呑んだ。
スペクターは静かに水を一口飲み、感情ゼロの声で続ける。
「ジョンドゥ。その紫色の液体は見た目が終わっている。没収」
「えぇっ!?」
「ホスフォラス。店のケチャップで遊ぶな。不衛生だ」
「はーい」
「ノスフェラトゥ。床にヨダレを垂らすな。人間界の衛生基準に反する。……お預けをさらに六ヶ月延長する」
「ひゃうッッ!!! ありがとうございますスペクター様ァァアアア!!!」
「アズール」
「はい」
「会計は任せる」
「結局全部私なんですね!!!!」
アズールの悲鳴が、ファミレスの天井へと虚しく響き渡った。
その横で。
ジョンドゥは懲りずに、ふんわり桃色に染まった顔を1eggsへ寄せる。
「ねぇ1eggs。今度は二人きりで来ようね?」
「来るかァァアアアッ!!!」
人間界の平和なファミレスに残されたのは、
大量の胃薬の空箱と、
謎の紫色の液体、
そして店員たちの「今日はヤバかった」という一生モノの記憶だけだった。
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