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『……なにそれ』
レイの肩が小さく動き、苦笑したのだと気配でわかった。
『……ほんと、澪はそれを本気で言っているってわかるから、参るよ』
なかば独り言のように言い、レイは笑みを含んだまま続けた。
『俺も同じだよ。ミオを嫌いじゃない』
”嫌いじゃない”
そう言われるのは二度目だった。
一度目は、遊園地で佐藤くんと杏とダブルデートした時。
あの時はただ嫌われていないことにほっとしたけど、彼に気持ちがある今は、受け止め方を変えてしまう。
……レイが好きだ。
あれだけ嫌いだったし、自分でもどうしてかわからないけど、今彼が好きだとはっきりわかる。
私が想いを伝えれば、闇に飲まれたレイの気持ちを軽くできるんだろうか。
月が雲に翳った。
部屋の中が暗くなり、訪れた静寂が濃くなる。
『ねぇレイ。
私はレイがお母さんの指輪をずっと持ってるのが不思議だったけど、それはお母さんが恋しいからじゃないの……?
本当はお母さんのことを愛してるんじゃないのかな』
自分の気持ちを伝える前に、私は思ったことを整理して伝えた。
だけどレイは予想外だとばかりに肩を震わせる。
『……そういうところがミオらしい発想だな。
全然違うよ。
けど……それがあまりにも自分とかけ離れてて、俺が考えていることがバカらしく思えてくる』
『え……』
言い当てたと思っていた私は困惑した。
レイはひとしきり笑った後、回した私の手をほどき、後ろを振り向く。
『ねぇミオ。
ミオの持論では、人はだれでもだれかに愛されてるってことだけど。
もしもこの先、俺がだれにも愛されなかったとしたら……ミオが俺のことを好きになってくれるの?』
レイは私の目を覗くように見つめた。
頷くことに迷いはない。
だけど視線が重なったと同時に、蒼い瞳の深さに微動だにできなくなってしまう。
かすかに口を開いた時、彼の唇が私に触れた。
触れるだけのキスはすぐに離れ、今までこらえていたものが一気にせり上がる。
無性に泣きたくなった私に、レイは困ったように目を細め、今度は少し長いキスをした。
いろんな感情がぐちゃぐちゃに混じり合う。
月明りのない部屋でのキスは、今までされた中で一番胸が詰まるキスだった。
少しして、階段の下でガタガタと音がした。
驚いて身を引けば、あけたままのふすまが目に入る。
2時間ドラマが終わったんだと気付き、慌てて立ち上がった私を、レイは苦笑まじりに見上げた。
『ケイコがくるよ。早く戻って』
現実が押し寄せ、一気に体が熱くなった。
私は急いで部屋を出て、音をたてないようふすまを閉めた。
それから自分の部屋に飛び込んだところで、階段をあがってくる音がする。
1分ほど前までレイとキスをしていた私は、けい子さんが廊下を通り過ぎる足音を聞きながら、心臓が爆発しそうだった。
寝室に入ったのがわかると、ようやく大きく息を吐き出す。
そのまま動悸を逃がしていると、ふとお父さんのことを思い出した。
(そうだ、お父さんのこと……)
それが聞きたくてレイのところに行ったのに、別のことばかりを知ってしまった。
レイの境遇と、自覚した自分の気持ち。
(……どうしよう)
レイが好きだ。
気付いた時には、どうしようもなく好きになってしまっていた。
私は窓に近付き、ガラスをあけた。
頭は整理がつきそうにないし、きっと今夜は眠れないだろう。
見上げた月は雲に隠れていて、ぼんやりとした明かりだけを残している。
私はしばらくの間、そのぼやけた明かりを瞳に映していた。