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8月。夏休みもあと1か月を切った昼下がり。
今から釣りにいくという伯父さんとレイの見送りに、私は玄関でけい子さんと並んで立っていた。
レイへの気持ちを自覚したのはおとといのこと。
あの日は眠れない夜を明かしながら、いろいろなことを考えた。
いつの間にレイを好きになったんだろうとか、たぶらかされるなと言われた拓海くんのこと、来月になるとレイは帰国してしまうことなんかも考えた。
『じゃ、行ってきます』
レイはいつものように穏やかな笑みを浮かべて、伯父さんの車に乗り込んだ。
伯父さんの話だと夜から朝にかけてが釣れるらしく、2日ほど泊まりがかりでやるらしい。
去り際に一瞬だけ彼と目が合ったけれど、すぐに視線が外れ、なんとも言えない気持ちになった。
話がしたいけど、なかなかうまくいかない。
それでなくともこの恋にはたくさんの問題が積み上がっているから、先を考えると心細くなってしまう。
人生二度目の恋は、一度目よりもはるかに前途多難だった。
それから三日後の昼過ぎ。
私はけい子さんと一緒に、駅の反対側の公民館へ向かった。
前にけい子さんにもう少しお手伝いに入ってほしいと言わてから、毎回レッスンについていくことにしたからだ。
といっても、お手伝いになるのは幼児と小学生のみで、中学生以上は「見学」をしている。
夕方の小学生のレッスンを終え、生徒を送り出した後、けい子さんが言った。
「澪、私はこれからサークルの会合があるから、先に帰っててくれる?
遅くなるかもしれないし、適当になにか食べてて」
「はーい」
「はいこれ、今日のお礼ね」
手渡されたのは、私が好きなイチゴ味のチョコクッキー。
「ありがとう」
お礼を言って口に放り込むと、私は鞄を掴んで教室を後にした。
(もうレイたちは帰ってるかな)
時刻は夕方でも、外は夕暮れと言うにはまだ明るすぎる。
予定だとふたりは今日帰ってくるはずだけど、何時になるのかは聞いていない。
踏切を渡ろうと線路沿いを歩いていると、後ろからきた電車が私を追い抜いていった。
その時、だれかが少し先の角を曲がったのがわかった。
(あれ……)
266
#B L
るぅ。
421
榎本くもり
1,311
14
見えたのはほんの一瞬ったけど、たぶんレイだ。
(もう家に帰ってたんだ)
というか、あの先はドラッグストアと居酒屋くらいしかないけれど、買い物だろうか。
曲がり角の奥を覗けば、思ったとおりドラッグストアの前にレイがいた。
けれど私より少し年上の女の人が中から出てきて、彼の傍に近付く。
(え……)
その女の人となにか話をしていたレイは、さらに奥の角をふたりで曲がった。
(だれなの……)
心がざわめく。
レイが滞在して2か月になるし、知り合いが出来ていても不思議じゃないけど、嫌な予感がした。
最近夜が遅いのは、もしかしてあの人と会っているからだろうか。
少しでも悪い方向に頭が向けば、不安と疑念がなだれ込んでくる。
私は躊躇いながらも、ふたりが曲がったほうへ足を速めた。
手前のビルは改装中だった。
その横に大きなトラックが止まっていて、私はその陰に身をひそめる。
レイたちはもう少し先にいるようで、ここからだと声は聞こえない。
様子を窺おうとした時、すぐ後ろで運転席のドアが閉まった。
(えっ)
エンジンがかかり、トラックがゆっくり発車する。
心づもりも身を隠す場所もないまま、私の視界は一気に開けた。
3本先の電柱の下に、ふたりはいた。
女の人はレイの腕を持ち、背伸びをしていて、レイに動きはない。
まさにキスをしようとしているふたりは、私の脳を麻痺させるには十分だった。
脳はしびれていても、唇が触れる寸前、私は反射的に踵を返す。
体は正直だ。
見たくないものからは目を逸らす。
『……ミオ!』
少しして後ろで声がした。
だけど私は振り返らず、線路沿いの路地をひたすら走った。
息があがる。
踏切を渡り切ったところで、遮断機が音をたてた。
なに。
なに、今の。
駅舎とバスロータリー。その傍にあるコンビニ。
見慣れている景色がぐにゃりと歪んでいた。
今のはだれ?
なんで―――。
商店街を駆け抜ける頃には、足は限界だった。
歩みを止め、肩で息をしながら、背中では無意識にレイの気配を探す。
だけど足音も声も聞こえず、いつの間にか汗とも涙ともわからないものが頬を伝っていた。
「なに、今の……」
どうしてあんな場所で、知らない女の人といるの。
どうして平然とキスを受け入れるの。
苦しさと辛さ、腹立たしさと悲しさでいっぱいだった。
私は頬を手の甲で拭い、後ろを振り返る。
だけど家路につく会社員のほかに、歩いてくる人はだれもいなかった。
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