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体を起こす。いつもの病室、いつものベッドの上にいた。俺今、何してたっけ?
そうだ。移植してもらったんだ。心臓を。
『涼、俺…』
隣のベッドを見て、絶句した。
涼は、いない。
代わりに手紙だけが置かれている。
恐る恐る、2つ折りの紙を開いた。
『あっ、莉玖起きた?手術成功したんだね。よかった。莉玖はびっくりしてるかな?僕は無事に帰ったよ。天に、ね。
3週間前かな。高校入学はできないって前田先生に言われて。
もうもたないんだって。ついでに、莉玖の分も聞いたんだ。莉玖はどうですか、って。
心臓移植するしかないって、返ってきてさ。びっくりしたし、悲しかったよ。
僕の心臓は莉玖に移植できますかって、検査してもらった。
莉玖、運が良かったね。ちょうど移植できる心臓だったって。
だからね、莉玖の心臓は、…これ以上は言わないでおこうかな。
さっきはごめんね。僕、あの時に2つ嘘ついたの。どこだと思う?
⋯本当なら、ずっと知らないでいてほしかったんだけど。脳移植って、難しい以前に出来ないんだよ。今の医学じゃ。脳って色んな機能があるから、神経と繋いだり、記憶がどっちのものになるのかっていう問題がでてくるみたい。
2つめは、最後の言葉。本当は、嫌いなんかじゃないよ。あんなこと言ってごめんね。
別にいいんだよ。散々な人生だったし。どうせ生きられないなら、莉玖に生きてほしかった。すぐ自殺なんてしないでね。僕の分まで楽しんで、生きて。
莉玖が僕の親友でよかったよ。今まで色々ありがとう。 涼』
涼が、死んだ?
この書き方、どこか諦めたような口ぶり。
早鐘を打つ心臓。
息が荒くなる。
手術のことを伝えても、決して表情を崩さなかった涼。
俺が手術する直前、俺に『嫌い』と言い放った涼。
それが全部、意図的な行動だったとしたら。
全部最初から、涼は知っていたとしたら。
最初からずっと俺は、涼の手のひらの上だった。
俺の話に一切顔色を変えなかったのは、少しでも悟られたくなかったから。
最期に嫌いだと言ったのは、お互い少しでも未練を残さないように。
ひどい。ひどい。何もそんなことしなくても良かったのに。俺に生きていてほしいから、死んでほしくないからって、自分の命を差し出すなんて自分勝手だ。
涼は『どうせ生きられないなら莉玖に』なんて言ったけど、俺もそうだったよ。もし涼が脳のことをもう少し話してくれたら、俺はきっと同じことしたよ。
何で話してくれなかったんだろう。
⋯そっか。脳がもうもたなくて、移植も無理なら、涼は何もしなくても今と同じ結果になってたんだ。
話してくれればよかったのに。確かに親友がもう助からないって聞くのは苦しいけど、それならそれでもっと思い出作ったし、もっと大好きって伝えたし、もっと一緒にいたのに。
でもそこが違ったんだろうな。
『自分から聞きに行く』のと『相手が話してくれるのを待つ』のは違うもんね。
その行動に踏み切れるかが、涼と俺の差だった。
悔しいなぁ。もう一歩踏み出してたら、今頃涼はきっと隣にいたのに。
何で聞かなかったんだろう。定期検査があるんだから、涼も結果もらってたはずなのに。
涼が病気の話を嫌がるからって、その設定ももう全部涼の思い通りじゃないか。
そう言っておいたら大抵の人は病気の話を避ける。だから自分の結果は聞かれず、すべてを隠し通せる⋯
なんて、ふざけんなよ。
涼はやっぱりバカだ。
俺の気持ちなんてわかってない。
俺はもっと話してほしかったのに。
涼のバカ。
「涼のバカ⋯」
涙に濡れた手紙が、制御できないくらいの悲しみでぐしゃぐしゃになった。
急に意識を失ってしまったリクを部屋に運んだしのさんに、僕───ゆうは食い気味に質問した。
「しのさん。リクは…」
「大分うなされてる。体調は問題ないと思うよ」
「リクはなんであんな、」
ハルの質問に、少し考え込んだしのさんは、ややあってから口を開いた。
「⋯リクは昔、心臓病にかかっていた」
その一言で、空気が張り詰めた気がした。
「入院生活が続いて、ついに移植が必要になって。そのドナーが、すぐに見つかったらしい。手術は成功したけど、ドナーは親友の涼くんだった。涼くんも、脳の病気で助からないと言われていてね。どうせ死ぬならとリクに心臓を提供し、亡くなったそうだ」
一息に話し終えたしのさん。
「どうしよう、僕、…リクに、僕らみたいな悩みもないくせにって、」
「ゆう、落ちついて」
「僕が、リクを追いつめてたのかも」
「ゆう…」
「リクのところ、行ってくるね」
廊下を歩く途中、頭の中に声が響く。
『大丈夫だよ。ゆうは何も悪くないよ』
『リク、もういいよ。そういうのやめて』
『どういうこと?』
『いい子ぶらないでよ。リクには分かんないよね、僕の、僕らの苦しさ!リクには僕らみたいな悩みもないのに。なのに、大丈夫とか言わないでよ!』
リクの部屋の前に立った。
ドアノブにのばした手の上に、一粒の雫が落ちた。
「入るよ」
リクは、ベッドで静かに寝息を立てていた。
その顔が少し歪む。
「、ん…」
「リク!」
「ごめんゆう、俺…」
「リク、…」
「俺、行かなくちゃ」
僕の制止も聞かずにふらふらと立ち上がったリクは、棚の前で立ち止まった。
準備しようと思ったのか引き出しを開けたリクは、はっとしたように中身を手に取った。
「涼…」
力ない声とともに、リクが手にしていたものがはらはらと床に落ちる。
散らばったのは、リクと涼くんの写真だった。
まだ病気にかかっていなかったのか、公園で走り回るリク。
小学校で入院前のお別れ会をして、泣いているリクとクラスメイト。
病室で、寂しそうに窓の外を眺めるリク。
ある程度の距離を保って、ぎこちなくピースするリクと涼くん。
2人でゲームに熱中している姿。
背中合わせに立つ2人が、お互い負けないように背伸びする光景。
遊園地でキャラクターのカチューシャをつけて、アイスを頬張る2人。
屋上で1人、涙をこぼす涼くん。
赤いネイルの手と青いネイルの手が、小指を絡めあっている写真。
満面の笑みのリクと、泣きそうな笑みを浮かべる涼くんがピースしている写真。
そして、涙に濡れ、強く握りしめたのか端にしわが寄った手紙。
それは全部、リクにとって切なくても大切であろう思い出だった。
リクが泣き崩れて、床がだんだん濡れていく。
ごめん、ごめんね、とただ繰り返すリクは、どこか儚げだった。