テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『弱さを見せて』~m×k~
Side康二
夕方のスタジオは、いつも通り熱気に包まれていた。
鏡張りの壁に映る俺らの姿。音響から流れるリズムに合わせて、床を踏み鳴らす靴音が重なり合う。息が白くならへんかと思うほどの熱気やのに、それでも誰も動きを止めへん。練習の空気ってのは、時々本番以上に張り詰める。俺は汗をタオルで拭いながら、次の振りに備えて体を戻す。
――けど、その日の空気は、ほんの少しだけ違ってた。
いつもなら誰よりも早くリズムを刻み、周りを引っ張るように動くめめが、今日はどこか様子がおかしい。ストレッチの動作ひとつにしても、なんや慎重で、キレが足りん。時折喉に手を当てて、小さく咳き込んでいるのが鏡越しにも分かる。
「……おかしいな」
胸の奥にちくりとした違和感が走った。めめはどんな時でも真面目で、手を抜くなんて考えもしない奴や。そんなめめが振りを遅らせるなんて、滅多にない。
次の曲がかかる。俺はダンスの流れに乗りながらも、鏡の中でめめを追ってた。最初のターンで少しバランスを崩し、笑ってごまかすように姿勢を戻したのを見逃さん。動きの合間に息を整えようと深呼吸してる。あかん、これは普通ちゃう。
俺は心の中で「大丈夫なんか……?」と何度も呟きながら、振りを続ける。けど、その違和感ばっかりが膨らんで、集中が散っていく。
リハーサルが一旦切れた瞬間、俺はめめの方へ歩み寄った。
「めめ、大丈夫なん? 顔色めっちゃ悪いで」
汗に濡れた髪が額に張り付いて、普段は血色のええ頬も青白く見える。
めめは、少し驚いたように俺を見てから、ふっと微笑んだ。
「平気だよ。……ちょっと寝不足なだけ」
その声は優しくて、いつも通りやのに、ほんのり掠れてる。喉が痛いんやろか。
俺は眉を寄せる。
「ほんまに? 無理してへん?」
「大丈夫。康二、心配しすぎだよ」
めめは笑いながらそう言う。けど、その笑顔が逆に不自然で、俺の胸にざらりとした感情を残した。
本当に大丈夫な奴は、そんな風に無理して笑わんやろ。
俺はタオルで首筋を拭きながら、何も言えずに立ち尽くした。言葉が喉まで出てきて、でも飲み込んでまう。俺が心配しすぎなんかもしれん。けど、この違和感を無視するのはあかん気がして仕方ない。
その時や。次の曲のイントロが流れて、再開の合図が響いた。
―――再び音に合わせて動き出す。めめは最初のステップから明らかに重い。足さばきは正確でも、力が入ってへん。動きの途中で小さく咳を噛み殺すのが、音楽の合間に混ざって聞こえる。
俺は必死に踊りながら、ずっと視線の端でめめを気にしてた。汗が滴る。呼吸が乱れる。けど、それ以上に胸がざわざわして、集中できへん。
最後のサビに差しかかったときやった。
めめの動きが一瞬止まった。足がもつれたみたいに、バランスを崩して、そのまま膝をつく。スタジオの空気が凍りついた。
「めめ!」
俺は思わず声を張り上げて駆け寄る。鏡の中に映る他のメンバーの驚いた顔なんて目に入らん。俺の視線はただ一人、めめの肩に落ちてる。
めめは苦しそうに息をつきながら、俺を見上げてきた。
「……ごめん。大丈夫だから」
その言葉に、心が痛んだ。何が大丈夫や。大丈夫やったら、倒れたりせえへんやろ。
俺は思わずその肩を支えた。熱い。汗のせいだけやない、体温が異様に高い。
「めめ……熱あるやろ。無理してるんやな」
めめは小さく首を振った。
「平気……ちょっと休めば……」
その声が震えて、掠れて、俺の胸を締めつける。
スタッフが慌てて駆け寄ってきた。「大丈夫ですか!」という声が響く。
俺は思わず言った。
「俺、めめのそばについときます!」
めめの肩を支えながらそう叫んだ俺の声は、熱で震える彼を抱きとめるみたいに必死やった。
続きは note にて公開中です。
作者名「木結」(雪だるまアイコン)でご検索ください。