テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
日下部は、放課後の人気のない昇降口で囲まれていた。相手は三人。言葉もなく、ただ最初から“やる”つもりの空気だった。
「──おまえさ、なんでアイツ庇ってんの?」
一人がそう言ったときには、すでに拳が頬を捉えていた。
反射的に避けようとした身体を、背後から蹴りが封じる。
「お似合いだよな、ああいう陰気なやつと」
「ていうか、おまえもそうなんだろ?」
「“そういうこと”してんじゃねーの?」
笑い声。
だがその軽薄さとは裏腹に、蹴りは容赦なかった。
腹、脇腹、背中──靴のつま先が、確実に骨の隙間を狙っていた。
ひとつ息を吸うだけで、肋が軋んだ。
口の中に血の味が広がる。だが叫びは、出なかった。
日下部は何も言わなかった。
反撃もしなかった。
殴られても、蹴られても、ただ視線を上げなかった。
(これで済むなら──)
そんな思いが、本当にあった。
──遥を、これ以上巻き込みたくなかった。
──あいつの噂が、俺のせいで広がるくらいなら、俺が壊れたほうがいい。
鼻が曲がる音がした。
眼窩の奥が鈍く腫れて、片目がほとんど開かなくなる。
「痛がんねーとつまんねえんだよ。もっと、さあ……泣けよ」
足が、頭を踏みつけた。
額がコンクリにぶつかる音が、無機質に響いた。
それでも日下部は泣かなかった。
声も上げなかった。
ただ、血に濡れた手で、壁を探るように立ち上がった。
笑い声が、次第に歪みを帯びる。
そこに、恐れが混じり始める。
(なぜ、こいつは折れない?)
──壊そうとしても、壊れない。
それが、彼らにとっていちばん気味の悪いことだった。
やがて、誰もが飽きたようにその場を離れていった。
残された日下部は、息を吐きながら、ゆっくりと拳を握る。
血に濡れた掌を、制服の裾で拭いながら、足を前に出した。
歩き出す先は、ただひとつ。
──教室。
遥のいる場所。
(あいつの前で、俺はまだ立ってる)
ただ、それだけが、痛みの意味だった。