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「幸輝は恋人できたん?」
「……ん、おるおる。めっちゃ可愛ええ子がな」
居酒屋の脂っこい空気の中、俺──桐谷幸輝は、ビールジョッキを握りしめたまま言い放った。
視線の先にいるのは、数年ぶりに会った幼馴染の神城旭だ。
昔から整っていた顔立ちは、大人になってさらに磨きがかかっている。
高校時代、女子たちが黄色い声を上げていたあの頃よりもずっと、今の旭は毒々しいほどに男前だった。
「……そっか。よかったやん、幸輝全然モテへんかったもんな?」
旭はふっと目を伏せて、力なく笑った。
「…うっせ」
その顔を見た瞬間、心臓の奥がチリりと焼けるような感覚がした。
嘘だ。
本当は、同窓会の数日前にマチアプで付き合った彼女に浮気されて、コテンパンに振られたばかり。
でも、こいつにだけは「惨めな俺」を見せたくなかった。
昔から、俺の特等席やったはずの旭の隣が、高校に入ってからどんどん遠くなっていったあの絶望
こいつが女に囲まれているのを見て、自分から逃げるように距離を置いたあの日の敗北感を
俺は痛いほど知っとるから
今さら「彼女に浮気されてん」なんて、どんな面下げて言えるっていうんや。
それからしばらくして
「わり、用事出来たから先に帰るわ」
旭はろくに酒も進んでいないグラスを置いて、フラリと立ち上がった。
あいつが店を出ていく背中は、驚くほど細くて、今にも消えてしまいそうに見えた。
なんとなく、様子が変だった。
「……っ」
不吉な予感が背筋を走る。
残りのビールを一気に煽り、俺は会費を叩きつけて店を飛び出した。
外はあいにくの土砂降りだった。
ワイシャツが肌に張り付くのも構わず、俺は旭の後ろ姿を探して走り回る。
あんなに暗い顔をした旭を見るのは初めてだった。
冷たい雨の中、視界の先に、街灯に照らされた橋の欄干が見える。
そこに、人影があった。
「旭……!?」
旭は、濁流が渦巻く川を見下ろしたまま、ゆっくりと身を乗り出そうとしていた。
重心が、あきらかに境界線を越える。
「あかん!旭!!」
思考より先に体が動いた。
濡れたアスファルトを蹴って、俺は旭の腰を力任せに抱きしめる。
そのまま勢いよく後ろへ引き倒すと、二人して水溜まりの中に転げ落ちた。
「はぁ……はぁ……っ!お前、何考えとんねん! 死ぬ気か!?」
叫ぶ俺の腕の中で、旭はぐったりと横たわっていた。
滴る前髪の隙間から、旭が俺を見上げる。
その瞳には、感謝の色なんて欠片もなかった。
「……なんで」
旭の声は、雨音に消されそうなほど低く、冷え切っていた。
「なんで邪魔すんのや、幸輝」
「当たり前やろ!幼馴染が目の前で飛び降りようとしとって、止めへん奴がおるか!」
「……そうか。幸輝は、そうやってまた俺をかき乱すんやね」