次に映し出された光景は、
「この人……教科書で見たことあるぞ……! 初代のキルロンド王じゃねぇか!!」
魔族 三王家と紹介された一人は、ヒノトが歴史の教科書で見た、初代キルロンド王だった。
「そう。彼の名はロギア=キルロンド。後に、初代キルロンド王になる人物よ」
「ど、どう言うことだ!? な、なんで魔族 三王家が、先住民の王になることになるんだよ!?」
ヒノトの困惑した姿を見越したように、困ったような笑みを浮かべると、再び場面が切り替わる。
「ここ……少しだけどキルロンドの街並みだ!」
「そう。この頃にはかなり発展してきたのね。そして、さっきのロギア=キルロンドの思想は、『真の平等』。魔王はそれぞれが静かに暮らす道を選んだけど、ロギアはそんな迫害を認められなかった。でも、魔王の気持ちも分からないでもない。そこで、ロギアが行ったのが、自分たちの魔族としての姿を脱ぎ去った『潜入』だったの」
「潜入……? でも……それで王になれるとは……」
「確かに、今聞いただけの話では、何がどうやって……となってしまうでしょうけど、当時の多様性溢れる社会に溶け込むのは容易だった。むしろ、魔族 三王家に選ばれたロギアを中心に、その意志に賛同する魔族たちが一緒に潜伏し、先住民の為に尽くすことで、世界はどうなると思う?」
「そ、そうか……! 最初の創世記と同じ……! 姿も変わってるわけだから迫害もされないで、力があるから敬われる存在になったんだ……!」
「そう。そうして、ロギアの願い通りに物事は進み、そこから魔族との友好を築こうと願っていた。しかし……」
「ま、まだ何かあんのかよ……」
「ヒノト、こうして、小規模な魔族たちの中でさえ、思想と言うものは分かれる。と言うことは当然、数の多い先住民たちの間では、更に複雑に思想は分かれるのよ」
次の場面では、どうやら地下室と思われる暗い空間に、先程、フリナたちの現れた魔法陣が現れる。
「そうか……! ここで、世界をまとめようとして、母さんたちの出番なんだ……!」
「違うわよ。召喚者を見てみなさい」
そこに映るのは、黒髪の魔族ではなかった。
そして、召喚された者も、フリナたちではなかった。
「この武器……倭国民……!!」
「そう。今度こそ、いずれ危険になるだろう魔族を排除しようと、今では禁忌魔法に分類される、異世界からの召喚魔法で、自分たちにはない技術を持った異世界人を召喚する召喚魔法を、一部の先住民の人たちは行ったの」
「そこで……倭国の人たちが召喚されるのか……。って、待ってくれよ……! この人……!」
「ふふ、そうよ。最初の転移者。それは、貴方も既に会ったことのある人……坂本辰巳さんよ」
「ま、待ってくれよ……それじゃ、この時代から俺が生まれるまで、そんなに時代が経ってないじゃんか……!」
「そうよ。これは既に、数十年前の話。まあ、黎明期の時代が長かったから、早く感じられるでしょうけど、転移者が現れてからは、そんなに時は経っていないの」
次の映像では、学校が映し出される。
「父さん……!!」
「魔王を討つべしと鍛えられていた当時の兵士たち。貴方の父、ラスに、シア・ラインハルト……。貴方が “勇者” として憧れている人よ」
「雷魔法で魔王を討ち、この世界を救ったと言われている勇者……ラインハルト……」
「真の平等を目指すロギアは、この兵士育成が危惧すべき事態だと焦ることになり、次第に、同じ思想を持った者同士でも考え方が変わって行った。そして、魔族 三王家に返り咲き、魔王を討つべしと動きを見せていることを魔族に密告したのが……セノくんのお父さんよ」
「だからアイツは……あんなに責任を感じて動いていたのか……。先に言ってくれれば……!!」
「先に言っていれば……貴方に何か出来たの?」
そんな火の玉ストレートに、ヒノトは口を塞ぐ。
「それから、貴方のよく知る魔族戦争、とは名ばかりの、魔族領への進軍が始まるの。指揮を取っていたのが、勇者ラインハルトや、ラス・グレイマン。そして、倭国民を代表した坂本辰巳さん、徳川勝利さん。バーン・ブラッドさんや、シルフ・レイスさんも加担していたわね」
「生きた英雄と呼ばれる人たちか……」
「彼らは、魔族は世界の悪だとして育てられた。魔族たちを寒さから守る為の結界を簡単に破壊して、立ち塞がる者たちと戦い、シアたちは魔王の下に辿り着く」
「そこで……勇者は真実を知ったのか……」
「真実を知ったのはシアだけではない。貴方の父、ラスだってそうだし、心を酷く痛めてしまった坂本さんだってその内の一人なのよ」
その言葉を聞いた途端、坂本さんから、『魔族だろうと誰一人殺すな』と言われたことを思い出した。
だとしたら、どうして。
「だとしたら……どうして俺は生まれたんだ……?」
その言葉に、フリナは一瞬、口を紡ぐ。
「ここから先は……私も見聞きしていた景色……。それをそのまま映し出す。貴方自身が、感じ取りなさい」
そう言うと、世界は映像ではなく、まるで、自分もその場にいるような空間に変わった。
――
「俺は……魔族をもう……殺せない……。いや、それだけじゃない……。俺は、救いたいって……思ったんだ……」
「シア……」
その場にゆっくりラスは、シアの前に出る。
「お前だけが責任を感じる必要はない。この惨状を見た全員が、少なからず似た想いを感じている。俺も、もう魔族戦争なんてやめるべきだと感じている」
「しかし……この惨状を見たのは、前線に来ている俺たちだけで……。こんなことを報告しても、更に魔族との亀裂は広がるだけだ……。俺が残るしか……」
シアの言葉を遮り、ラスはフリナに振り向く。
「次代に、任せると言うのはどうだ?」
「次の……世代に……? どうやって……?」
「魔族は、闇魔法や、新たなモノに縋るしかない状況だった。それでも、光魔法は習得できず、攻防する中で俺たちはこの最深部まで来た。ならば、魔族が魔族を救う為ではなく、世界平和の為に光魔法を習得すればいい」
ラスの言葉に苦言を刺すよう、フリナは俯く。
「しかし……どれだけ臨んでも、魔力の高い魔族の方々ですら光魔法の習得は至りませんでした……」
「フリナさん……俺は」
ラスは表情を変えずに、一息つく。
「今までの人生、魔法や剣術を磨いていたが、こんな気持ちになったのは初めてだった。フリナさん、俺は貴女に一目惚れしたみたいなんだ」
全員が静寂に包まれ、呆然とラスを見遣る。
そして、声の届かぬヒノトも一緒に同じ言葉が飛び出る。
「「 今!? 」」
「いや……今だからこそ言わねばと思ったんだ……。もしフリナさんが交際を考えてくれるのなら……その……遺伝として、魔法を次代に引き継げないだろうか……?」
「政略結婚に近いな……。しかし……そんなフリナさんの気持ちも考えないような方法は……」
「試して……みたいです」
フリナは、真っ直ぐな瞳で答えた。
「でも、私は未だ、この世界に来て浅く……人に恋心を抱く余裕なんてありません。ですから、貴女と結婚したいと思えるよう、側に居させてください」
「どう……する……?」
また、全員は静かに俯く。
そして、シアが立ち上がった。
「魔王は俺が殺したことにしよう。そう伝えて、時間を稼ぐんだ。もし……フリナさんの気持ちが動かなければ、俺たちで少しずつ世を正そう。しかしもし、ラスの言う通り光魔法の子供が生まれたなら……もっと早期解決に臨めるかも知れない……!」
そんな、勇者シア・ラインハルトの言葉を最後に、映像はプツリと途切れ、また、真っ白な空間に、ヒノトはフリナと二人きりになった。
「俺が生まれたってことは……母さんは……」
「ラスと色々なところに旅をしたわ。そして同時に、魔法の属性をいかに子供に継がせやすくできるか、二人で沢山学んだ。そうして生まれてきたのが……魔法の使えない貴方。ヒノト・グレイマンよ」
「じゃあ俺は結局……母さんの人生を棒に振ってまで、嘘の結婚をして生まれた……」
「貴方の名前を考えたのは、私よ。ヒノト」
ヒノトは、静かに顔を上げる。
「私の元いた世界には、漢字と呼ばれる、この世界にはない文字があるんだけどね。『陽の人』。太陽のようにみんなを照らしてくれる存在になりますように……って」
「母さんは……この世界の為に……自分を犠牲にして……俺を産んだんじゃ……」
「私は、ラスと貴方も、ちゃんと愛してる」
その言葉に、灰色に変わってしまっていたヒノトの世界は、彩りを取り戻すようにパッと明るく輝いた。
「ラスは、確かに勇者教育をした。魔法の使えない貴方でも、勇者に憧れを持たせる為。でも、ラスは私によく伝えてくれていた……。この戦いが終わったら、家族みんなで旅をしよう。魔族の集落でも、エルフ族の村でも、倭国でも、みんなが笑える世界になったら……ってね」
ヒノトは、静かに涙を浮かべさせる。
そんなヒノトに、フリナは頭を撫でる。
「貴方にばかり使命を背負わせて、親として申し訳ない気持ちもある。でも、誇らしいわよ、ヒノト。私たちの子供は、優しい心を持った、立派な勇者だと……」
ヒノトは、涙をボロボロと落としながらも、一番最初の約束……笑顔をフリナに向けた。
「そうよ、勇者になるなら……笑ってみなさい!」
「はい…………!!」
――
ゴォン!!!
レオの驚く顔が、ヒノトの前に現れる。
「待たせたな……レオ……!」
ヒノトは、ニタリと笑った。
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