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勝てない。

16 - 無意識の勝利

♥

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2025年09月06日

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阿部亮平の「対・佐久間」三連敗から、数週間が経った。

もう阿部が何かを仕掛けてくることはなくなり、楽屋には以前と変わらない、平和で賑やかな日常が戻っていた。

むしろ、あの一件以来、二人の距離は前よりも少しだけ近くなったような気さえする。


その日は、一日中テレビ局に缶詰めで、いくつもの収録をこなすハードなスケジュールだった。

最後の収録が終わり、楽屋に戻ってきたメンバーは、皆ぐったりとソファや床に沈み込んでいる。


「は〜…疲れた…。もう俺、一歩も動けん…」


佐久間も、ソファの隅で完全にエネルギーが切れたように、ぐったりと凭れかかっていた。


そんな中、一人だけまだシャキッとしていた阿部は、メンバーたち一人ひとりに「お疲れ様。これどうぞ」と、自販機で買ってきたスポーツドリンクを配って回っていた。


「はい、佐久間もお疲れ」


最後に佐久間の隣に座り、ペットボトルを手渡す。

佐久間は「ん…ありがと…」と、それを受け取る手もどこか億劫そうだ。


「阿部ちゃん元気だねぇ…」

「まあね。今日は、クイズで正解しまくって、脳が活性化してるからかな」


なんてことない、いつもの会話。

阿部は、隣でぐったりしている佐久間を見ながら、ふと、今日の収録のことを思い出していた。


今日の佐久間は、すごかった。

ダンスの収録では、誰よりもキレのある動きで現場を圧倒し、トーク番組では、その天真爛漫さでスタジオを何度も爆笑の渦に巻き込んでいた。疲れているはずなのに、カメラが回った瞬間に放つエネルギーは、まさにプロフェッショナルそのものだった。


(…すごいよな、佐久間は。

いつも全力で、周りを照らして。

僕には、到底真似できない…)



尊敬と、愛しさが、自然と胸に込み上げてくる。

阿部は、そんなことをぼんやりと考えながら、ほとんど無意識に、口を開いていた。


「…あーあ」


「ん?」


「早く、佐久間と結婚したいなぁ…」


それは、今まで彼が計画してきたどんな言葉よりも、シンプルで、飾り気のない、心の底からポロリとこぼれ落ちた、ただの「本音」だった。


しん。


その瞬間、あれだけ賑やかだった楽屋の全ての音が、消えた。

近くで話していた渡辺と深澤が固まり、ストレッチをしていた岩本と宮舘の動きが止まり、スマホを見ていたラウールと目黒と向井が、一斉に顔を上げた。


阿部自身も、「え?」と自分の言った言葉の意味を数秒遅れて理解し、さっと血の気が引いていく。


(…い、今、僕、なんて…!?)


しかし、一番の変化は、阿部の隣で起きていた。


「……………え」


今までぐったりしていた佐久間が、まるで雷に打たれたかのように、ぴしりと固まっている。

そして、次の瞬間。


じわ……っ。


その白い頬が、耳が、首筋が、今まで阿部が見たどんな時よりも、ありえないくらい、真っ赤に、真っ赤に、染まっていったのだ。


いつもは饒舌なその口は、金魚のようにぱくぱくと動くだけで、一つの音も発することができない。大きく見開かれた瞳は、信じられない、という色に揺れている。


「あ、あ、あ、あべ、ちゃん…いま、な、なんて…」


ようやく絞り出した声は、完全に裏返っていた。


今まで、どんな言葉も「俺の勝ち!」と笑顔で返してきた男が、初めて見せた、完璧なまでの「思考停止」。

それは、阿部が三度にわたって夢見た、「完敗」の姿、そのものだった。


「…あ、いや、違う、今の、は…!」


阿部も、自分の失言に気づき、慌てて取り繕おうとする。

しかし、時すでに遅し。


「…ひゅーひゅーだよ、阿部ちゃん!」

「公開プロポーズ、いただきましたー!」

「録音しとけばよかったー!」


我に返ったメンバーたちからの、盛大な囃し立てが、楽屋に響き渡る。


阿部は、羞恥心で顔を真っ赤にしながら、頭を抱えた。

あんなに緻密な作戦を練っても敵わなかった相手に、勝利をもたらしたのは、計算も、計画も、何もない、ただの無意識の一言だったなんて。


隣では、佐久間が未だにショートしたまま、「け、けっこん…」と呟きながら、顔から湯気が出そうなほど赤くなっている。


(…もう、どっちの勝ちとか、どうでもいいか)


阿部は、そんな佐久間の姿をこっそり盗み見て、結局、幸せそうに笑ってしまうのだった。

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