コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
目隠しをも貫く魔法の光に興奮するユビスを宥めつつ、ユカリは呟く。「いったい何が起きてるの? それに、どうして一つしか光ってないんだろう?」
「完成した元型文字と魔導書の衣がとても近くで光ったのかもしれない」とベルニージュは光った方角を睨みつけて言う。
「そっか。とりあえず距離が縮まってるのは間違いないよね」とユカリは確信を持って言った。「それに、じゃあレモニカが完成させたんだね」
そう言うユカリは少し照れ臭そうにはにかむ。
「どうかしたの?」ベルニージュに不審な目で見られる。
「いや、ちょっと自惚れてたかなってね。私たちが助ける前に自力で逃げてくるかもよ? 少なくともそうしようとしてるに違いない」
「それならいいけど」とベルニージュは淡々と呟く。「可能性の一つだよ」
「他にどんな可能性があるの?」
ベルニージュは重々しい声で考えを述べる。「たとえば、クオルが文字を完成させてワタシたちを誘き寄せているとか」
「クオルに詩の文字は読めないよ」
この世界の文字ではないのだから簡単ではないはずだ。
「読めなくても、内容をレモニカから聞き出したのかもしれない」
「私たちを誘き寄せる理由は魔導書?」ユカリは他に心当たりがあるが、口にはしない。「だとして、不意打ち以外でクオルに勝ち目があるの?」
「ないけど」とベルニージュは自信たっぷりに言ってみせた。「だから、罠とかを仕掛けているのかもしれない」
罠に引っかかるとしたら自分なのだろうと思い、ユカリは少し憮然とする。
「だとしても助けに行かないわけにはいかないし」
「そりゃそうだけど。ワタシが言いたいのは、何か策を講じるべきだってこと。クオルの罠なら、まだあちらの出方は分かりやすい。もし、ユカリの言うようにレモニカが文字を完成させたのだとしたら、クオルはどう動く?」
ユカリは考えを一つ一つ言葉にする。「ええっと、まず、レモニカを問い詰めるでしょ? 詩とか文字の作り方とかを聞き出そうとする。で、私たちを警戒して……。ああ、そっか、こうなると私たちがどこから来るのかクオルには分からないのか」
ベルニージュもユカリと同時に気づいたようだが、初めから気づいていたかのように神妙に頷く。
「うん。だから、少なくとも前に文字を光らせた時の位置関係からして南西には逃げて来ない。それと、前に光らせてからクオルはほぼ真北に進んでる。そちらに目的地があるのか、地形的な選択なのかは分からないけど」
ユカリは首をひねる。「じゃあ、目的地へ行くことがとても重要ならさらに北へ逃げる? そうでもないなら北東に逃げる可能性が高い? でも私たちがこういう風に考えていることを考慮して裏をかかれるかも。どう動くだろう。ここで新たに文字を完成させるわけにもいかないしなあ」
「うん」と言ってベルニージュはしっかりと頷く。「せっかくこちらの位置がばれてないのに、レモニカの頑張りが無駄になる」
そのベルニージュの言葉にユカリはにやつく。「その可能性の方が高いもんね?」
ベルニージュはきまり悪そうに言う。「何か、こちらの位置がばれずにあちらの位置を補足する方法があればいいんだけど」
そんな方法があるなら文字を光らせたりしないだろう、という言葉をユカリは飲み込む。
ユカリは何か良い方法でも降っては来ないかと濡れた空を見上げるが、降ってくるのは冷たい雨粒ばかりだ。
「グリュエーはまだ届かない距離なの?」とユカリは空中に向かって尋ねる。「ずいぶん遠くまで吹けるようになったじゃない?」
グリュエーはユカリの髪を乾かすように吹きつけて言う。「全然。もしグリュエーが届く距離ならユカリに聞かれる前に行って戻って来てるよ」
「風ってそういうものだもんね」
「そういうこと」
ユカリの独り言にももう慣れた様子のベルニージュを横目に、ユカリは再び木のそばに座る。
「ともかく、雨が止むまではどうにもならないよ」
「うん」と言ってベルニージュもユカリの隣に座り、焚火に小さなおまじないを放り込む。「何か考えよう。雨が止むまでに」
「ユビスも早く乾いてね」とユカリは言った。
「無理を言ってくれるな小娘め」とユビスは嘶いた。
雨が止んだら起こして、とグリュエーに頼んだばかりに、ユカリは朝から泥の中を転がることになった。
「ねえ、これ以上に最悪な目覚めってある?」
木の下で笑っているベルニージュを睨みつけてユカリは言った。
「そうするように頼んだのはユカリだよ」とベルニージュ。
「そうそう」とグリュエー。
「いつかどうにかして仕返ししてやる」と言って、ユカリははっとする。
背の高い樅林の向こうに断崖があった。山としては小さいが、岩の塊としては巨大で、切り立った崖は垂直に聳え、地を這う者たちを永遠に拒んでいる。
「ベル! 断崖!」と言ってユカリが指をさすとベルニージュもやって来て振り返る。
昨日はずっと地面を、轍を見ていたので断崖に気づかなかったらしい。
「【開示】、断崖の亀裂と鶏、最果て、絶えることなき贖い、無限、良き教え、秘されぬ知識」ユカリは得意げに合切袋の底にある教本を暗誦した。「私、閃いちゃったよ、ベル。クオルを誘導する方法」
ベルニージュは首を傾げて答える。「クオルを誘導する方法なんて考えてないけど」
「でも逃げる方向が分かれば、俄然揺りだよ。こちらの方が速いんだから捕まえられるでしょ?」
「まあ、そうだね」とベルニージュは頷く。「言ってみて」
ユカリはもったいぶって咳払いし、ベルニージュの冷たい眼差しに臆せず立ち向かう。
「二か所で同時に光らせるんだよ。私とベルで。そうしたらクオルはもう訳が分からなくなるはず。少なくとも光った方向には向かえない。向かって来てくれても良いけど」
「いいね」ベルニージュは間を置かず、爽やかな微笑みを浮かべて言った。「こちらの位置は悟られるけど、クオルが逃げる方向を絞れるってわけか。誘導するなら北東だね。ユカリ、トンド王国のことは覚えてる?」
「そりゃ覚えてるけど」とユカリは言うが、ベルニージュに懐疑と揶揄の眼差しを向けられる。「王座でしょ!? サンヴィアで唯一の王国。王座がなければ完成しない元型文字もあるから、私たちもそこに行く必要がある。あと、サイスたちもそこに向かってるんだったっけ?」
詳しい理由は二人にも分からないが、それがメヴュラツィエ関連であることは間違いない。
「うん。そのトンド王国がサンヴィアの最も北東に位置してる」
「何もかも丁度いいね」ユカリは再び断崖へと目を向ける。「じゃあ私がこの断崖で、ベルニージュはユビスに乗ってクオルの西に回り込んで、同時に元型文字を光らせよう」
ユビスはまだしっとりとしているが、走るには十分だ。ベルニージュはすぐにユビスにまたがり、断崖に目を向けて、感慨深そうに言った。
「”嘴と共に断崖を刻む”か。断崖に行き当たったら、そこら辺で鳥を見つけて、魔法少女の魔法で憑依して、嘴を打ち付けて断崖に文字を刻む、って前にユカリが言い出した時は驚いたけど、本当にやれるの?」
「鳥には悪いけどレモニカのためなら何のそのだよ。ベルだってそうでしょ?」
「ワタシたち、レモニカと知り合ってまだ二か月弱だよ?」とベルニージュは馬上からユカリを見下ろして、心にもないことを言う。
「私とベルが知り合って二か月弱の時に何してたか覚えてる?」とユカリは馬上のベルニージュを見上げて尋ねる。
ベルニージュは雨雲の立ち去った青空を見上げて唸る。「何してたっけ?」
「喧嘩して、仲直りして、私はベルニージュに対して丁寧な言葉をやめた」
「え? あ! 本当だ!」ベルニージュは心の底から驚いてる様子だ。「初めはこっちがやめろって言ってたのに。いつの間にやめたの!?」
今まで気づいていなかったらしい。
「だから出会ってから二か月弱だって。何だか調子の良いことを言う女の子と出会ってから二か月弱」
「ユカリの方こそ、良い子ちゃんの化けの皮が剥がれたね」
「綺麗に畳んでしまってるだけだよ」
ベルニージュはからからと笑うと、少し表情を引き締める。
「そろそろ行くよ、さようなら、十四歳の女の子。おっと、十五になったのか」
ユカリはにやりと笑みを浮かべて手を振る。「頑張ってください、同い年くらいのベルニージュさん」
ベルニージュの笑い声が風のように走り去る。ユカリは振り返り、断崖へと足を向ける。