テラーノベル
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#オリジナル
めんだこ
光が、ゆっくりと戻ってくる。
重たかった身体が、少しずつ軽くなる。
「……ん……」
フィリアの指が、かすかに動く。
意識が、水の底から浮かび上がるみたいに戻ってくる。
「……フィリア?」
声。
すぐ近くで。
目を開ける。
ぼやけた視界の中に、アルトの顔があった。
「……アルト……」
小さく名前を呼ぶ。
その瞬間、アルトの表情がほどける。
「……よかった」
低く、息を吐くように言う。
「……どれくらい……」
「一日くらいだ」
アルトは答える。
「無理しすぎたな」
フィリアは、ゆっくりと上体を起こす。
身体のあちこちが軋む。
でも、動けないほどじゃない。
「……みんなは?」
「いる」
少し離れた場所で、リュシアとノクスがこちらを見ていた。
「目、覚めたの?」
リュシアが笑う。
「ほんと、無茶するよね」
「……ごめん」
フィリアが小さく言うと、ノクスが肩をすくめた。
「謝るくらいなら、次は倒れるな」
その言葉は、不器用な安心だった。
少しして。
他のみんなが離れたあと。
フィリアとアルトだけが残る。
静かな時間。
風の音だけが、ゆるやかに流れる。
「……ねえ」
フィリアが、ぽつりと口を開く。
「アルト」
「なんだ」
「わたし、どうしたらいいのかな」
怒りのあとに残る、不安。
それを吐き出すように言葉をこぼす。
アルトは、少しだけ目を細める。
「……わからない」
フィリアは、空を見る。
「壊した……」
静かに言う。
「守るために、彼らを壊した」
その言葉は、自分自身を責めていた。
「……それでも」
アルトが言う。
フィリアが視線を戻す。
「止めなきゃいけないものは、ある」
はっきりとした声。
迷いは、もうなかった。
「シオンは、やりすぎてる」
その名前を、今度は逃げずに言う。
「……うん」
フィリアは、ゆっくり頷く。
「止めたい」
小さく、でも確かに言う。
アルトは、その言葉を受け取る。
「……止める」
そして、続ける。
「俺も、迷わない」
フィリアの目が、少しだけ揺れる。
「……ほんとに?」
「ああ」
短く、でも強く。
「もう、迷わない。シオンが何をしようとしてるのかまだはっきりわかった訳じゃないけれど。確実によくない事が起きる。」
その声は、決意だった。
「なら俺はフィリアたちのためにもシオンのためにも自分自身のためにももう迷わない」
過去に引きずられるだけのものじゃない。
ちゃんと、今を選ぶための。
少しの沈黙。
風が、草を揺らす。
その中で。
フィリアが、小さく口ずさむ。
あの旋律。
まだ、言葉のない歌。
「……それ」
アルトが、呟く。
フィリアが、少しだけ笑う。
「好きなんだ」
「……覚えてたのか」
「うん」
軽く頷く。
「ずっと、歌ってた」
アルトは、目を閉じる。
その旋律は、確かにあの日々のものだった。
「……それな」
ゆっくり、口を開く。
「ちゃんと、言葉があるんだ」
フィリアの目が、少しだけ見開かれる。
「ほんと?」
「ああ」
アルトは、少しだけ空を見上げる。
そして。
静かに、歌い始める。
ーーーー
風に揺れる 光の粒
手を伸ばしても 掴めない
それでも君は 笑ってたね
「ここにいるよ」って 何度でも
消えそうな声 重ねながら
同じ空を 見上げてた
離れても 途切れても
この旋律は 消えない
君の名前を 呼ぶたびに
胸の奥が ほどけていく
壊れそうな この世界で
ただ一つ 信じたもの
あの日交わした 言葉はまだ
ここで息をしている
ねえ もしも
君が遠くへ行っても
この歌だけは 残るから
迷わないで 進めるように
触れられない ぬくもりでも
確かにここにあるから
これはきっと
終わりじゃなくて 続きなんだ
だから僕らは 歩いていく
明日も
それでもいいと 言えるように
この歌を 抱いて
ーーーー
やさしい声だった。
少し掠れていて、でも確かで。
旋律に、言葉が乗る。
フィリアは、じっと聞いていた。
初めて知る、その歌の“意味”。
ただ綺麗だと思っていたものが、
誰かを繋ぎ止めるものだったと知る。
「……そんな歌だったんだ」
小さく呟く。
アルトは、最後まで歌い終えてから。
「ああ」
と答えた。
「大事なやつと、よく歌ってた」
その言葉に、フィリアは少しだけ目を伏せる。
「……シオン?」
アルトは、少しだけ間を置いて。
「……ああ」
と頷いた。
でも、その顔にはもう迷いはない。
「でも」
続ける。
「今は、お前と歌ってる」
フィリアの目が、少しだけ揺れる。
「……いいの?」
「いい」
即答。
「これは、繋ぐためのものだから」
その言葉は、どこか救いだった。
フィリアは、ゆっくりと頷く。
「……じゃあ」
小さく息を吸う。
「もう一回、教えて」
アルトが、少しだけ笑う。
「ああ」
そして。
もう一度、歌う。
今度は、ふたりで。
少しぎこちなく。
でも確かに重なる声。
旋律は、同じ。
でも、意味は少し変わっていく。
過去を繋ぐものから、
未来へ進むためのものへ。
歌い終わったあと。
フィリアは、まっすぐ前を見る。
「……行こう」
その一言は、静かだった。
でも、強かった。
アルトも、頷く。
「ああ」
もう、迷いはない。
止めるために。
終わらせるために。
そして――
守るために。
ふたりは、同じ方向を見ていた。
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