テラーノベル
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別室でダフネの診察を終えた老医師マティアスが、静かにランディリックら三人が待つ部屋の扉をノックした。
いまだ静寂のヴェールの加護を受けた室内で、マティアスが静かに瞳を伏せる。
「申し訳ありませんが、ペイン男爵様とライオール侯爵様にのみ、先にご報告させていただきたい」
明らかに当事者であるセレン――セレノ皇太子のみを外して話したいと告げてきたマティアス医師に、セレンがぐっとこぶしを握り締める。
だが、すぐさま吐息を落すと、
「僕は……ここでおとなしく待っています……」
さしたる抵抗もなく引き下がった。
実際セレンにはダフネへ手を出した覚えなどないのだろう。マティアス医師の対応についても、おそらくは形式的なものだと思っていそうだ。
セレンがマーロケリー国のセレノ・アルヴェイン・ノルディール皇太子殿下だと知っているランディリックとしても、彼の身が潔白だという発言には信憑性を持っている。
マーロケリー国と縁遠い王都エスパハレにずっといるウィリアムには気付けないことかも知れないが、かの国との国境地域であるニンルシーラを警備しているランディリックは、マーロケリー国の人間の性への倫理観をここにいる誰よりも知っているつもりだ。
(十中八九ダフネは嘘をついている)
だが、ずる賢い娘のこと。きっとこうなることを見越してあらかじめ手を打っている。
(でないとあの自信はでてこないだろうからな)
実に憎々しい女だ。
そう思いながら、ウィリアムとともにダフネが待機している――軟禁させられている――部屋の前を通り、別の一室へと入った。
マティアスは部屋の入口に鍵をかけるなり、ランディリックとウィリアムへ向き直った。
マティアスは一度深く息を整えると、二人を見比べ、声を低く落とす。
「……大変申し上げにくいことなのですが……」
前置きの不穏さに、ウィリアムの肩がわずかに強張った。
「ダフネ・エレノア・ウールウォード嬢ですが、診察の結果、内部に真新しい擦過傷が確認されました。傷の状態から見て……昨夜から今朝にかけてのものと判断されます」
一瞬、空気が凍りついた。
「……そんな……」
ウィリアムの喉から、かすれた声が零れ落ちる。
信じたくない、とその顔にはありありと書かれていた。
だが、医師の口から告げられた〝真実〟は、事実のみを淡々と告げられているだけに容赦がない。
「では……やはりセレ、ン卿が……」
かろうじてセレノ殿下……と彼の素性をバラす発言をすることだけは回避できたものの、それ以上先の言葉を、ウィリアムは続けられなかった。
一方で、ランディリックは微動だにしなかった。
ただ、視線を伏せたまま、短く息を吐く。
(やはりな)
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