テラーノベル
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消えたペン。
ウィリアムが連れに行った際、トイレへ寄りたがったという説明。
検査を恐れぬ、あの自信。
すべて、想定の範囲内だ。
恐らくダフネは、ウィリアムが自分を呼びに来た時点で、こうなることを見越していたんだろう。
どうすべきか思いを巡らせていた時に、たまたまウィリアムが貸与した外套へ差してあったペンが目についた。あの狡猾な女は、きっとそれを使って、自身の身体を傷付けたに違いない。
「ドクター・マティアス」
ランディリックが静かに口を開く。
「侍女とはいえ、若い娘だ。彼女の名誉にも関わる。この件は、ここにいる者以外の耳には入らないよう、徹底して欲しい」
マティアスは即座に頷いた。
「もちろん、最初からそのつもりでございます。記録も、必要最小限に留めます」
医師が一礼して部屋を辞すと、ウィリアムは机に手をつき、俯いた。
「……どうするつもりだ、ランディ」
「庇う」
「庇う……? 誰を?」
顔を上げたウィリアムに、ランディリックは淡々と告げる。
「無論、セレン卿を、だ。僕はこの件を、完全に封じるつもりだ」
「だが、今の話を聞いて……!」
「聞いたからこそだよ、ウィル」
ランディリックの声には、感情がなかった。
「これは〝セレン卿一人の問題〟ではない」
その言葉で、ウィリアムはランディリックが〝国〟を巻き込みかねない事態として捉えるべきだと言っているのだと察した。
現にセレン――こと敵国の皇太子、セレノ殿下を秘密裏にイスグラン帝国へ呼び寄せたのは、ほかならぬ自国の皇太子アレクト殿下だ。ウィリアムとランディリックがしっかり護衛しているはずのセレノが、滞在先のペイン家で問題を起こしたとなればただでは済まないだろう。
グッとこぶしを握ってうなずいたウィリアムにランディリックが続けた。
「高貴な血筋の人間であろうと、保護対象は心身ともに健康な、若い成人男性だ。警護の不備、管理体制の甘さ……などなど……。我々の責任であるところも大きいと思われる」
ウィリアムは唇を噛みしめる。
「我々もそれ相応の対価を支払うべきだ」
「……具体的に、俺たちは何をすればいい?」
ウィリアムの言葉に、ランディリックは小さく吐息を落した。
そうしてスッと迷いなき紫水晶の瞳でひたとウィリアムを見つめると、
「僕は……ダフネ・エレノア・ウールウォードを、我が侯爵家の養女として迎える」
はっきりとした言葉に、ウィリアムが目を見開いた。
「正気か!? あの娘を……お前が?」
コメント
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嘘でしょ、ランディ!