テラーノベル
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――演奏を終える。
沙織はまた客席に向かってお辞儀し、ステージを下りた。
この世界には、拍手という習慣が無いので……シーンと静まりかえっている。客席に座ったまま、瞳をキラキラと輝かせて、こちらを見ているカリーヌのもとへ行く。
「サオリ様……! とても素晴らしい演奏で……私、感動いたしました」
カリーヌの膝の上から、リュカも沙織を見上げている。
「カリーヌ様、ありがとう存じます。喜んでいただけて、とっても嬉しいです!」
照れ隠しに、令嬢らしく微笑んでおく。
「あの歌は……?」とカリーヌ。
「私の国の曲です。歌詞が、カリーヌ様のお好きな本の一節と同じだったので。たまたまですが、私の好きな歌なのです」
(二人に……ちゃんと伝わっただろうか?)
「そうだったのですね」
嬉しそうに頬をピンクに染めたカリーヌは、リュカを愛おしそうに優しく撫でた。もちろん、リュカがステファンだと知らずに。
「では! 寮へ戻りましょう。デーヴィド先生、ありがとうございました。ミシェルも付き合ってくれて、ありがとう」
そう言って、二人を見ると……。
ミシェルとデーヴィドは、ピアノの余韻に浸っているのか、ボーッと沙織とカリーヌとのやり取りを眺めていた。
声をかけられハッと我に返り、立ち上がってやって来る。
リュカを抱えて歩くカリーヌと、その隣りを歩く沙織の後ろを、ミシェルとデーヴィドは黙って歩く。
(えっと、二人はどこまでついてくるのだろう?)
なぜかミシェルとデーヴィドは――。
沙織とカリーヌが、女子寮の中に入るまで見送ってくれるつもりの様だ。
(まだ、明るい時間だし……ミシェルも先生も、わざわざ女子寮まで来なくて大丈夫なのに。二人とも、紳士だわ……)
そう感心しつつ、リュカをカリーヌから預かると、二人へ挨拶して寮へと入った。
沙織達を見送ったミシェルは、デーヴィドに言った。
「デーヴィド先生、僕が居るのですから。わざわざここまで、送っていただかなくてもよかったのですが」
勘の良いミシェルは、デーヴィドの沙織に対する想いに気が付いていた。
デーヴィドもまた、ミシェルが沙織をただの義姉だと思っていないとも。
「僕が彼女を送りたかったので、良いのですよ」
それは、明らかに沙織を指していた。
「……先生、サオリ姉様は渡しませんから」
それだけ言い残したミシェルは、踵を返して男子寮へ向かった。
「ミシェル君、僕も負けませんよ」ミシェルの後ろ姿に、デーヴィドも呟いた。
どうやら、ラブソングは二人の男の胸にも届いてしまっていた。当の本人、沙織には全く自覚なく……。
◇◇◇
部屋へ戻ると、ステラにお茶の用意を頼んだ。リュカと二人にだけになると、ようやく話しかけられる。
「ステファン様、いかがでしたか? ふふ……ちょっとだけ、カリーヌ様とデートみたいではなかったですか?」
『デート……。確かにこの姿でなかったら、そうですね』
「まあ、カリーヌ様の膝枕だったのですから! それはそれで、良かったのでは?」
『……うっ』
クスクスと、反論出来ないステファンに思わず笑ってしまう。
『そ、それにしても! 貴女にあんな素晴らしい特技があったとは。正直とても驚きました』
「喜んでいただけました?」
『……はい、とても。もっと、カリーヌ様と……一緒に居たくなってしまったではないですか』
モフモフのリュカでは、ステファンの表情は読み取れないが、ちゃんと届いていた様だ。
『では。研究室に戻り、シュヴァリエと交代します。……いつか、シュヴァリエにも聴かせてやってください』
「ええ、もちろんです!」
そして、ステファンは宮廷へ帰っていった。
(ステファン様も、シュヴァリエの事を大切に思っているのね……)
孤独なシュヴァリエに、よき理解者がいる事がとても嬉しかった。
◇◇◇
――その頃。
隣の部屋のカリーヌは、馬車での移動の疲れを取る為に、エミリーに湯浴みをさせてもらっていた。
「ねえ、エミリー。今日、サオリ様のピアノとお歌を聴かせてもらったの。本当に……とっても、素敵だったわ」
「まあ! サオリ様がピアノを? それは、ようございましたね、お嬢様」
「ふふっ。いつか、エミリーも聴かせてもらえるように、屋敷のピアノを弾いてもらいましょうね」
「それは、楽しみでございます!」
そして、アロマオイルを垂らしてある良い香りの湯に浸り、カリーヌはゆったりと疲れを取っていく。目を閉じると、浮かんでくるステファンの優しい笑み。カリーヌを呼ぶ、懐かしい声を思い出していた。
(――この気持ちは何かしら?私、今とても……ステファン様にお会いしたいです)
心の中でカリーヌは呟いた。
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