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アリスとレオは手を繋ぎ、林の中を楽しそうに尻尾を振りながら歩いていた。
レオは、途中で花や虫を見つけては立ち止まり、アリスに呼ばれて走って追いかけて行く。それを何度も繰り返す。
(……これでは目的地に着くまで、だいふ時間がかかりそうだ)
アレクサンドルは二人に気づかれないよう、気配を消して跡をつける。
幸い、怪我した所はもう大して痛くはなかった。
――林を抜けると、そこには畑があった。
畑には、同じ葉が一面に生え揃っていた。風に吹かれて揺れる葉から、あの香りが漂ってくる。
畑の中では、アリスとレオと同じくらいの子供の獣人が何人もいた。皆、何かしらの仕事をしている。
その一角には、納屋と並んでボロ家が建っていた。家の周りには、やはり畑があったが、そこに植わっているのは普通の野菜のようだ。
アレクサンドルは、本物の畑や、収穫前の野菜などは見たことなかったが、獣人の家で見た野菜と同じだった。
(あの野菜を、アリスとレオは報酬として貰っていたのか……)
働いている獣人に見つからないように、林からぐるりと回り込む。家の死角に隠れると、息を殺して中の様子を窺う。
耳を澄ますとカタカタ物音が聞こえ、人が居る気配があった。
(一人……いや、二人居る)
アリス達の話通りなら、男と女が居る筈だ。窓がある位置まで移動して、そっと端から中を覗き込んだ。
(な……あれはっ!!)
室内には、見知らぬ中年男と……スフィアが居た。
学園で制服を着ていた時とは違い、品の無い薄汚れたワンピースを着ている。
最初は……追放されたが為に、ボロの服しか無いのかと思った。よくよく見ると、同じ年のはずのスフィアが少し歳をとって見える。
(いくら何でも、この短期間であんなに老けるだろうか? スフィアに似ているが、姉……いや、母親か?)
窓の隙間に近づいて、二人の話し声に耳を傾ける。
「……まったく! あのクソ公爵令嬢のせいで、今までの苦労がパァじゃない! ガルニエ男爵も役立たずだし! もうっ」
女は近くにあった花瓶を男に投げつけた。
男はそれを避けると、花瓶は壁に当たって割れた。破片が飛んだのか、男の頬から血が流れている。カッとなり、男は声を荒げた。
「おい! スフィア、俺や物に当たるな! 痛いだろうがっ」
「ふんっ!」と女は外方を向く。
(やはり……あれは、スフィアなのか?)
「さっさと、傷を治してくれ!」
「分かったわよ! そこに座って」
スフィアは男の膝に乗って頬を触り、癒しの魔法をかけて傷を治した。
「ねえ、あなた。あの薬はまだ手に入らないの? 最近、効果が切れてきて肌の調子が良くないのよ」
今度は甘い声で、媚びるように男の首に腕を回す。
「例の媚薬が完成すれば、引き換えにあの若返り薬が手に入る。もう少し待っていろ」
「わかったわよっ。あの国じゃ、媚薬が出来るのが遅くてしくじったけど。もっと強い媚薬が出来れば……こっちの国の王太子は逃さないわ!」
「ああ、来年から王太子は学園に入るんだったな……。それまでに、薬は手に入れるよ。いいカモになる、男爵辺りをさがしておけ」
「ええ、わかってるわ。この光属性の魔力と癒しの力さえあば、直ぐに飛びついてくるわよ。また、学園に入ったら……今度の王太子は、さっさと食べて骨抜きにしてやるわ。そうすれば、私は王妃になれる。ふ……ふふふっ」
スフィアは、品のない笑みを浮かべ舌舐めずりした。
震える手でアレクサンドルは口元を押さえる。
(……何て事だっ! あれが、スフィアの本性だったとは――。俺は馬鹿だっ! 何も分かっていなかった。あのまま、カリーヌ嬢を断罪していたら……取り返しのつかない過ちを犯すところだった。そして……国が滅びるところだった)
アレクサンドルは全身が粟立ち、スフィアへの嫌悪で吐きそうだ。
「もうすぐ、あの葉は収穫できるのよね?」
「ああ、全て刈り取ったら足がつかないように、ここは引き上げる」
「ねえ、あの獣人達は奴隷商に売ってしまいましょうよ。子供好きな変態が買ってくれるわ」
スフィアの一言に愕然とした。本当に最低な女だった。
(くそっ! 時間がない、直ぐに国に戻らなければっ!)
――アレクサンドルは、踵を返した。
◇◇◇
急いでアリスとレオの家に戻り、帰る為の支度をする。変装して街へ行き、宝石を売って現金も手に入れた。
王宮から持ち出しておいた特殊な紙に、アレクサンドルの名前と印を入れる。何かあれば、アリスとレオが、アレクサンドルと繋がりのある者だという証明を作っておく。
「「アレクー! ただいま〜!」」
ちょうど二人が帰って来て、アレクサンドルの格好を見て驚く。
アレクサンドルは、二人の肩を掴み真剣に話をした。アリスとレオはいまいち理解が追いつかないようだが、アレクサンドルの真剣な眼差しに頷く。
そして、用意した証明書に二人の血判を押させて、契約の証拠とした。
「いいか、俺は行かねばならない。あの雇い主には気をつけろ。必ずお前達を助けに戻ってくる……。もしも、その前に収穫時期が来てしまったら。とにかく逃げて、ベネディクト国の国境門へ行って、門番の兵士にこれを見せろ。畑へには絶対に持って行くなよ!」
換金せず残しておいた宝石と、証明書を袋に入れてアリスに渡した。
アレクサンドルの正体は言えない。
何かあって、スフィア達に自白の魔法をかけられたら二人が危険だ。知らなければ、そのままやり過ごせる。
(せめて……この二人を連れて行けたらっ。だが、俺は逃亡者だ……。城に戻るまでは、どんな追手が来ているか分からない。幼い獣人の二人には危険過ぎる……)
「これは、今までのお礼だ。好きに使うと良い。ただし、金がある事は誰にも悟られないように気をつけるんだ」
大金を渡された、アリスとレオはビックリして目を見開いた。
「俺と関わった事は、誰にも言うな。わかったな」
「「うん! 約束する」」
――そして、アレクサンドルは急いで国境門へ向かった。