テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
※蓮司が遥を構いだしてから少しいじめが緩くなっていたが、 蓮司が“触れていい感情”として提示したことで、クラスがいじめを再開。あー……また、間延びしそう……。
──教室の空気が、きしんでいた。
笑い声はある。
冗談も飛び交う。
だがそのすべての裏側に、
ひとつの視線が──いや、いくつもの視線が、
遥の皮膚をかすめて通っていった。
昼休み。
机の上に置いた教科書を開くと、黒ペンで何かが書き込まれている。
「日下部の前で媚びるな」
「ヒトのものに触るな」
誰の筆跡でもない。
けれど──意味だけは、はっきりしていた。
掃除当番の時間。
教室にはもう数人しか残っていなかった。
遥は静かに机を拭いていた。
明らかに「わざと」散らかされた菓子の食べかす。
ポケットティッシュを使い切るほどの汚れに、誰の仕業かなんて考える気も起きなかった。
そのとき──
「まだ残ってたんだ。働き者だね」
背後から声がした。
振り返ると、蓮司がいた。
壁にもたれて、ポケットに手を突っ込んだまま。
口元には、いつものように何かをおもしろがるような薄い笑み。
「ちょっと訊いていい?」
遥は返事をしなかった。
ただ一瞬だけ、目を見て、また俯く。
「怒ってる? まあ、そりゃそうか」
「日下部のこと、好きなんでしょ」
その言葉に、手が止まった。
蓮司の声色に悪意はなかった。
冗談のようでもなく、真面目でもない。
ただ、何の重みもなく──言葉だけが投げられる。
遥は小さく首を振った。
「……ちがう」
「そっか」
蓮司は机の縁に腰をかける。
遥との距離は、30センチもなかった。
「でも、周りはそう見てないみたいだよ」
「ていうか──見せすぎなんじゃない? あの目」
「……」
「ま、忠告ってほどじゃないけど」
「昔も似たようなことあったよね? 懲りてないのかなって、ちょっと思って」
遥の背筋が、冷たくなった。
蓮司はそれを確認するように、ゆっくり立ち上がった。
「俺は止めたんだけどね」
「”さすがに、やりすぎだろ”って。言ったよ、一応」
「でも、止まるかどうかは──まあ、知らないけど」
そう言って、彼は無表情のまま笑った。
「じゃ、がんばって」
それだけ言い残して、出ていった。
──その翌日。
遥の椅子が消えていた。
教室の隅に、逆さにされた状態で転がっていた。
机の中には、小さく丸められた下着の切れ端。
誰のものかは、遥にはわからない。
だがそれより先に目を奪われたのは──
机の天板に彫られた文字だった。
「メスいぬ」
鉛筆ではなかった。
彫刻刀か、何か硬いもので削られていた。
授業が始まっても、教師は何も言わなかった。
教室中に漂う「これは面白い」という空気。
誰もがどこかで、期待していた。
遥がどう反応するのかを。
何も言えなかった。
何も──できなかった。
遥は、席に座らず立ったまま、
前を向いた。
ただ、喉の奥から鉄のような味が上がってきて、
口を開けば、吐きそうだった。
そのまま授業は進んだ。
静かだった。
なにもかも、静かすぎた。
──「始まってしまった」
そう思ったときには、もう遅かった。