テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……ちょっと、若井。やりすぎだって」
元貴の自室。
一時退院を許されたものの、自宅療養を命じられた元貴のベッドの周りは、今や若井の手によって「過保護な要塞」と化していた。
加湿器が二台フル稼働し、サイドテーブルには涼ちゃんから預かったハーブティーのセットと、若井が買ってきたゼリーやスポーツ飲料が整然と並んでいる。
「いいから。お前は座ってろ。……ほら、林檎剥いたぞ」
「……それ、林檎? 芋の煮っ転がしに見えるんだけど」
若井が差し出した皿の上には、お世辞にも綺麗とは言えない、ゴツゴツと角張った林檎の成れの果てがあった。
若井は顔を赤くして「味は一緒だよ!」と、一切れを強引に元貴の口に押し込む。
「……ん。……あま」
「だろ? 俺、スーパーで一番高くて赤いやつ選んだんだから」
元貴が小さく笑う。
その笑顔を見て、若井の胸の奥がギュッと締め付けられた。
病院であんなに絶望していたはずの元貴が、今は自分の隣で笑っている。
その奇跡がいつ零れ落ちるか分からなくて、若井は怖かった。
「……若井、こっち来て」
元貴がベッドの端をポンポンと叩く。
若井が素直に腰を下ろすと、元貴はそっと若井の膝に頭を乗せた。
「……学校、休んでいいの? サッカー部、もうすぐ大会でしょ」
「今は元貴の方が大事。練習なんて、夜に一人で公園で走ればいいし」
若井の指が、元貴の柔らかい髪を梳く。
その心地よいリズムに、元貴は薄く目を閉じた。
「……ねぇ、若井。さっきから、すごく温かいオレンジ色が見えるよ」
「オレンジ?」
「うん。若井が僕を心配してるときとか、笑ってるときに見える色。……すごく綺麗」
元貴の言葉は、以前の「どす黒い塊に見える」という嘘が解けたことを意味していた。
若井は愛おしさが爆発しそうになり、思わず元貴を後ろから包み込むように抱き上げた。
「……じゃあ、もっと綺麗にしてやる。一生、俺の色だけ見てろ」
若井の唇が、元貴の首筋の、脈打つ場所に触れる。元貴の体がビクッと跳ね、小さな吐息が漏れた。
「……若井、ここ、僕の家……親、いつ帰ってくるか……っ」
「あと2時間は帰ってこないって、お母さんに確認済み」
「……用意周到すぎ」
若井の瞳は、もう「看病する側」のそれではない。
一人の男として、愛する者を独占したいという剥き出しの欲望に変わっていた。
元貴のパジャマのボタンを、若井の指が一つずつ外していく。
白い肌が露わになるたび、元貴の視界には琥珀色の光が花火のように弾けた。
「元貴……。俺が誰だか分からなくなっても、この体温(熱)だけは覚えとけ。……いいな?」
「……っ、……わか、い、……ひろと、……っ」
元貴が若井の本名を呼んだ瞬間、重なる吐息は熱を帯び、密室の温度を急上昇させた。
外は雨。
遮光カーテンに閉ざされた部屋の中で、二人はお互いを確認するように、何度も、何度も肌を重ねた。
その頃、藤澤涼架は一人、放課後の音楽室にいた。
誰もいない部屋で、涼ちゃんは元貴が残した譜面の続きを、静かにピアノで弾いていた。
「……あんなに鮮やかなオレンジ色の曲、僕には書けないよ。元貴」
涼ちゃんの指が、ある一音で止まる。
譜面の端に、元貴の筆跡で殴り書きされたメモを見つけたからだ。
**『——2月、音が聞こえなくなったら、この曲を滉斗に。』**
涼ちゃんはその文字を指でなぞり、寂しげに微笑んだ。
「……バカだね、二人とも。愛しすぎて、壊れかけてる」