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#地雷さんは回れ右
うあ
290
𝐋𝐢𝐜𝐡𝐭
1,296
りつ
――翌朝。
教室のドアを開ける僕の足取りは、いつにも増して重かった。
昨日の放課後、あの薄暗い物置部屋で、泣きながら僕を乞うた煉の体温がまだ皮膚に張り付いている。「わからない」と言った僕を、あいつは壊れ物を扱うように、だけど狂おしいほどの情熱で抱き潰した。
いつもの、一番後ろの窓際の席。
恐る恐る視線を向けると、そこにはすでに黒崎煉が座っていた。いつも通り、完璧な優等生を演じている彼の姿。
「……おはよう、黒崎くん」
心臓が破裂しそうなほど脈打つ中、僕は周囲に怪しまれないよう、努めて他人のフリをして声をかけた。
「……おはよう、白石くん」
煉は、僕の顔を一切見ないまま、冷淡にそれだけを返した。いつもなら僕の首元をねっとりと走るはずの視線は、冷たく黒板へと向けられたままだ。
頭の芯が、スーッと冷えていくのが分かった。
授業が始まっても、昼休みになっても、煉は僕に一度も視線を合わせず、一言も話しかけてこなかった。あれほど重苦しい独占欲をぶつけてきた男が、完璧に他人のフリをしている。
『律が怖いと思うことは、したくない』
あいつのあの言葉が、頭の中でリフレインする。僕が「わからない」と本音を零し、「怖い」と怯えたから、あいつは僕をこれ以上傷つけないために、自ら僕を遠ざけたのだ。
本当に好きか分からないと言ったのは僕のほうなのに。いざこうして完璧に突き放され、視線すら貰えなくなると、胸の奥が引き裂かれそうに痛む。
他人に期待なんてしてこなかったはずなのに、あいつのあの重すぎる愛の重圧が消えたデスクの隙間が、恐ろしいほどに寒くて、孤独で、たまらない。
(あぁ、僕は本当に……心が汚い)
あのドロドロとした狂気のような執着が、僕の手首をガシッと言わせたあの痛みが、もう恋しくて堪えなくなっている。煉の狙い通り、僕はもう、あいつのいない世界では息もできないほど、その重い愛の沼に足を取られていた。
その日の放課後、煉は僕を一度も見ないまま、足早に教室を出て行ってしまった。ぽつんと取り残された席で、僕は心に大きな穴が空いたような、ひどい虚脱感に襲われていた。
「あれ、白石じゃん。今日ずっと元気ないな、どうした?」
声をかけてきたのは、別のクラスの男子、佐々木だった。中学時代の知り合いで、僕が編入してきたと聞いて様子を見にきてくれたのだ。
「あ、えっと……なんでもないよ」
「嘘つけ。顔、真っ青だぞ? ほら、ちょっと中庭でも行って自販機でジュース奢るからさ、話聞くよ」
佐々木はそう言って、人懐っこく僕の肩にポンと手を回し、距離を縮めてきた。普段なら拒絶するはずの僕だけど、煉に突き放された寂しさのせいで、その温もりに一瞬だけ動きを止めてしまう。
――その瞬間だった。
「……その汚い手を、律から離して」
低く、地を這うような、本物の「男」の声が放課後の教室に響いた。
驚いて振り返ると、そこには帰ったはずの黒崎煉が立っていた。男子制服のままで、その綺麗な顔は、今までで一番恐ろしいほど無表情で、瞳の奥にはドロリとした狂気の炎が揺らめいている。
「え、あ、黒崎……?」
佐々木がその尋常じゃない気迫に圧されて声を震わせる。だが、煉は大股で僕たちの元へと歩み寄ってきた。
ガシッ、と昨日よりもさらに強い力で、煉は僕の腕を掴んで佐々木から引き離す。
「ひ、律……っ! ごめん、もう無理だ。僕、やっぱり我慢できない……!」
煉の声が激しく震えていた。僕を怖い目に遭わせたくなくて、必死に無視して距離を置いていたあいつ。だけど、他の男が僕の身体に触れた瞬間、その過保護な優しさのタガは一瞬で吹き飛んだのだ。
「律が僕を好きじゃなくてもいい、ただの依存でもいい……! 他の誰かに触られるくらいなら、僕が嫌われて、お前に一生恨まれたって構わない……っ」
煉の切れ上がった瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちる。泣きながら、狂うほどの独占欲を剥き出しにして、僕の手首を壊れそうなほど強く強く握り締めてくる。
その痛みに、僕の胸は、恐るえんほどの歓喜で満たされていった。
(あぁ……やっぱり、これだ)
あいつを本当に好きなのかは、やっぱりまだ分からない。だけど、この痛いほどの執着、僕を誰にも渡さないと泣き叫ぶ煉の重すぎる愛の重圧の中でしか、僕はもう生きていけない。
「煉……」
横やりを入れられる前の世界へと戻るように、僕はもう逃げなかった。煉の胸元を自ら強く掴み、クラスメイトの視線も、すべて置き去りにして、狂ったように僕を乞うあいつの唇へと、自分から激しく溺れていった――。
コメント
1件
うわ……これ、すごい展開ですね。煉の「我慢できない」ってあの泣きながらの告白、完全にタガが外れた瞬間の迫力がやばかったです。律のほうも「心が汚い」と自覚しながら、あの重い執着に抗えない自分を受け入れていく流れ、読んでてこっちの心臓までドキドキしました。佐々木を引きはがすシーンの煉の豹変っぷりと、律が自ら煉の胸元を掴むラストの対比が美しすぎる……! 続きが気になります。