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仕事が終わり、僕は店長と穂波に挨拶をして店を出た。

「…さむ」

そういえばまだ12月の半ばで冬真っ盛りだ。白い息を吐いていると隣の雑貨屋が目についた。

様子を確認してみようかと思ったが、もう閉店しているようで店の扉にはcloseの看板がかけてあり、カーテンも全て閉じているため中の様子が分からない。

海はまだあの店にいるのだろうか、なんて事を考えながら歩いた。

日は完全に沈んでいて、辺りは薄暗い。

いつも通りの帰り道。 何も、変わった事はない。

前に、海と手を繋いで帰ったことがあったっけ。いや、一緒に帰った事はないのだ、そんな事あるはずがない。

存在しないはずの記憶が脳裏に浮かんでは消えていく。記憶の中の僕は少々情けないというか、浮かれているというか、もっと気を引き締めろと口出ししたくなる。

「…う」

ぴり、と頭に針で刺されたかのような痛みが走った。

第三者として見えていた記憶が重なり、僕は海に何かを伝えようとして…

ザァ…ザザと海が満ち干く音が聞こえ、 何故かそのまま海へと足を運んでいた。

夜の海は真っ黒で、ブラックホールのように光を吸い込み暗闇に沈めている。

唐突に思った。

何か、大切な事を忘れている。

それが何か分からないのに、思い出さなきゃいけないという焦燥感に駆られた。

するとどこからか、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

何度も、何度も繰り返すその声は、どこか悲しそうで必死で、それなのに暗闇以外何も無かった。


あれ、僕はどこにいるんだろう。


気がつけば水中にいて、僕はだだ終わり見えない底へと沈んでいく。

ぼんやりとした頭で消えていく光を眺めていた。

目を閉じる。まるで記憶も僕自身も全て消えていくようだった。



冷たい風が吹き、何度か瞬きをした。

「あれ…」

ここはどこだろうと一瞬思ったが、帰宅途中に何故か海に来てしまった事を思い出した。

辺りは真っ暗でほとんど何も見えない。

スマホの明かりで照らそうと思いポケットに手を入れたが、そこにあるはずのスマホはなかった。

「…やば。忘れたかも」

店に置き忘れてしまったようだ。

まあ、明日取りに行けばいいか。そう結論付け、少し離れた街灯へと向かい歩く事にした。




翌日、

「………だる」

体が重い。壁に手をついて歩きながら独り言を呟く。

熱を測るのも面倒でとりあえずリビングのソファに腰を下ろした。

昨日、寒い中歩き回っていたせいだろうか。

それだけで風邪を引くなんて僕もひ弱になったな…。

これからどうするか考え、少し迷ったがとりあえず仕事に行くことにした。

それから、いつものように支度をする。

マフラーを巻き、玄関を出ようとした瞬間チャイムが鳴った。

「こんな朝っぱらから誰…」

ドアを開けると目の前に兄が立っている。幻覚かと思い目を擦ったが消えたりはしなかった。

「おはよう、あやくん。……大丈夫?」

「…うん」

兄は僕の顔まじまじと見つめ、ついには額に手を伸ばした。

「あっつ!絶対熱あるぞ。もしかして今仕事行こうとしてた…?」

頷くと兄は深くため息をついた。


気がつけば僕はベッドに寝かされていた。

「ふふ、こうしてると昔の事思い出すなぁ」

「…」

兄は何故だか嬉しそうな顔をし、語り出した。

「小さい頃に綾くんが熱を出して、俺はどうすればいいか分からなくて泣きながら母さんに電話したんだ。綾くんが死んじゃうって」

「この話、前もしてなかった?」

「え?初めてだと思うけど……」

不思議そうな顔でそう言われ、僕も分からなくなってきた。聞いた事があるような気がするのに、いつどこで聞いたのかも覚えていない。

話を変えよう。

「…そういえば、なんで今日来たの?連絡もなかったし」

しかもこんな朝から、だ。

「綾くん、俺の連絡先全部ブロックしてるでしょ。電話も着信拒否」

5年前喧嘩したときに勢いで全部そうしたような記憶を思い出した。

「…ごめん」

あの頃はだいぶ気が荒れていた。親友は行方不明になるし、友達に殺されかけるし、兄との関係も悪くなってく一方で。

ふと海の姿が脳裏に浮かんだ。海は今頃どこで何してるんだろう。

「俺の話、聞いてないでしょ 」

兄のムッとした表情が目に入り、はっとする。

「何か言った?」

「はぁ…」

兄は両手で僕の頬を掴み、ぐっと顔を近づけた。

「あのね、ごめんの一言で許すとでも思ってんの?あの時、 俺がどれだけ傷ついたか…考えたこともないだろうけど、俺はずっと苦しかった」

「…… 」

何も、言えなかった。

「俺も、多少は悪かったと思ってるよ。でもよく考えたらあやくんも十分悪かった。俺が何度叱っても言うことを聞かなかったし、いっつも遊んでばっかで何の努力もしようとしない。あやくんがイタズラして関係ない俺が先生に謝ったり、勝手にどっか行って家族に心配かけて」

兄はとても怒っているようで、目を逸らす事すら許してくれないようだ。

「…でも、あやくんが何も、努力をしなかったのは俺のせい、なんだろ。知ってるよ、俺は努力で全部補ってるただの凡人で、そんな俺とは違って綾くんは天才だから、わざと馬鹿なふりして、なんでもできるくせに出来ないなんて嘘ついて。今も、何も知らない馬鹿を演じてるんだろ! 」

「……」

なんで、そんな事言うんだろう。

なんで、そう思うんだろう。

「だったら、何?」

「…っ」

兄の怒りの籠っていた瞳が、酷く悲しそうに震えた。

兄の手を振りほどき、天井へ視線を移す。

熱で全身が熱いのに、妙に頭は冴えていた。

「…あはは。自分で言ってきたくせに傷ついた顔してさ、ほんと馬鹿みたい」

僕は兄の顔を見ることができなかった。

「…だから、兄ちゃんを自由にしてあげたかった。だって僕がいるから、兄ちゃんはそんな顔するんだ。わかってたよ、僕に嫉妬してたことも、避けてたことも。だから、縁を切ったんだ。なんでまた僕に関わろうとすんの」

額に手を置き、兄の姿が目に入らないようにした。

もう二度と、仲が良かったあの頃に戻れないという覚悟をしていた。

もう、会う気はなかった。それなのに。


兄を見ていると、泣きたくなった。


最悪だ。会いたくなかった。考えたくもない。

もういっそ寝よう。

起きたら全部覚えてないとしらを切り通してやる。

兄は何か言っているが、聞かないことにする。

口を開けば、きっとさらに傷つけてしまうだけだから。


目を閉じる。僕はそっと意識を手放した。


「…人の言うことを聞かないところ、ほんと変わらないな…」




夢を見た。ただ海と他愛もない会話をしているだけの、なんでもない夢。

でも少しだけ救われたかのような気がした。

海は僕の前だとよく笑う。一緒にいてとても楽しいと思った。

これからもずっとこうして2人でいたいなんて、いつの間にか思うようになって。

それでも僕と海はずっと一定の距離を保っていた。お互い、好きだなんて一言も言った事ないし、何の仕事をしているのかさえ昨日初めて教えたくらいだ。

出会って5年にもなるというのに、詳しいことは何も知らない。僕だって知ろうとしなかった訳じゃない。

海は、僕より1枚上手だった。

会話をはぐらかすのが得意なようで、酒は僕より強いし、ベッドの上だって喘ぎ声すらな…これは今はいらないか。

…そう、絶対に情報を吐かないのだ。

なんて恐ろしいやつなんだろう。手先はものすごく器用だし、それなりに鍛えてるみたいで、痛みや寒さに強い。海と名乗ってるくせに、整った顔つきは日本人には見えない。

どっかの諜報員なんじゃないかと何度か真剣に考えた事があるほどだ。もしそうだとしても、僕に関わる理由なんかないだろうし、僕から得られるものなんて何もないはずだ。

しかし、それでは無いことは分かっていた。

僕は人から向けれる好意や感情がよく分かる。

海が僕に好意があることは明確で、ほぼ確信している。

なんで近づいてきたのかは知らないけど。きっと海は、一生教えてくれないだろう。


…違う。いつまでも2人で笑ってられる未来なんてものはない。

僕は必ず、海を手放さないといけない日が来る。

海だって、このままじゃだめなことくらいわかっているはずだ。

なのに僕は海がいない日々を考えるのが怖くなっていた。

どうして、こんなに好きになってしまったんだろう。

僕はもう、引き返せないほどの場所まで来てしまっていた。

引き返せなくなったのはいつから…ああそうだ、好きだと自覚したあの日だ。


3年前の夏。それは、大好きな祖母が亡くなった日の事だった。




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