亮平 side
♪招待状♪
愛し君へ〜誕生日おめでとう
19:00よりめめ家で誕生パーティーをしまーす
早く会いたい♡ 翔太より
浮かれ踊り狂う翔太の可愛らしい文字にウキウキと胸が高鳴らないのは今日が正しく世紀末のような、運命の日だからだろう。散々翔太に振り回された俺の心は何処へ向かっているのだろうか。
あれから涼太とお昼のランチから日付が変わる俺の誕生日まで一緒に過ごした。バッティングセンターに行ったりカラオケに行ったり…寄り添ってくれる人がいるだけでスッと心が軽くなり少しだけ明るい気持ちになれた。
涼太❤️『32歳を迎えるこのタイミングに俺何かでいいの?』
藪から棒に聞いてきたエレガントな舘様には似つかわしくないカラオケルームの、冴えないミラーボールの下でhappy birthdayと書かれたミニケーキの乗ったワンプレートデザートを前に、男2人で小さな手持ち花火がプレートの上でパチパチと打ち上がる様子を見ていた。〝これしかなくてごめんね?〟なんて言って、薔薇の花束なんか出されたら逆に気まずいだろうなんて思いながらクスクス笑ってありがとうを伝えた。ほら翔太とじゃなくても心が温かく、ほっこりなれる。ドキドキとはならない…ただそれだけの違いだ。
狂ったように2人でカラオケで歌い明かすと店から出た時には既に薄っすらと東の空が明るくなっていて朝の訪れを告げている。今日は日中暖かくなる予報だ。朝霧の中をほろ酔い気分のいい大人がふらつきながらそれぞれ家路に着く。
亮平💚『独りにしないでくれてありがとう』
涼太❤️『こんな事で元気になってくれるならお安い御用だよ。翔太の事よろしくね』
〝最後の最後で現実突き付けるなよ〟ふふっと笑った涼太は〝逃げるな亮平〟そう言って手を掲げると霧の中に颯爽と消えて行った。
亮平💚『霧をスモークみたいに使うなよ…』
放射冷却の影響で濃い霧が発生中の都内は幻想的な雰囲気に包まれている。この濃い霧の中に我が身を隠してしまいたい。不気味に静まり返ったビル街を抜けると小鳥の囀りが聞こえてマンション近くの公園が近いのだと分かった。現実に引き戻されていく感覚がある…あぁ誰か何処かへ連れ攫ってくれないだろうか…また俺の悪い癖〝逃げるな亮平〟ピンポイントで痛いところを突いてくる涼太は俺じゃなくて翔太の幸せを願っている…〝涼太が幸せにしろよ〟 流石に自分が哀れすぎてその言葉だけは言えなかった。
翔太のお気に入りの青い椅子に座って開いた誕生日会の招待状は、いつだったか俺がムキになって探した白アザラシのぬいぐるみとそっくりのカードに認められていた。あの日も今日と同じように沈んだ気持ちだった事を思い出した。
久しぶりにノートが俺の元へ返ってきた。翔太が最後に書いたページを開くと、クリスマスを心待ちにしている様子が手に取るように分かった。
亮平💚『そっか…もうすぐクリスマスか…』
無意識に浮かれたものを見ないようにしていたのかもしれない。いつもなら、とっくに出しているクリスマスツリーも今はまだクローゼットの中だ。
子供の頃ワクワクしながら母や弟とツリーの飾り付けをしていた事を思い出す。数少ない天使のオーナメントを弟と取り合って母に怒られたっけ…〝お兄ちゃんなんだから譲りなさい〟って。
聞き分けの良い俺はいつも母の言う通り弟に天使のオーナメントを渡すと、最後は2人仲良くツリーのテッペンにベツレヘムの星を飾った。希望の星を意味するその星を弟はうんと腕を伸ばし、目一杯踵を上げて飾る姿が可愛らしくて天使のオーナメントで小競り合いをした事なんか払拭された…と思っていたのに20年以上経った今もその時のことが思い出されるなんて、きっと納得いっていなかったのだろう。〝兄だから〟我慢しただけの事だ。
大人になった今、その天使ガブリエルを飾るのは俺1人の作業で、誰かと飾るなんて子供の頃以来だ。
仕舞い込んでいたクリスマスツリーの箱をクローゼットから出すと〝帰ってきたら…〟その言葉に今は縋る他なく、僅かな期待と祈りを込めてリビングの片隅に置いた。
亮平💚『戻って来たら翔太と2人で飾ってあげるからね……クリスマスツリーの〝つりちゃん〟』
翔太ならきっとそう呼ぶかな……少しだけまた心がほっこりと温かくなった気がする。心が落ち着くと徹夜で寝てない身体は一気に睡魔に襲われてベットに体を沈めた。左手にスマホを持ち沢山のお祝いの言葉を浴びながら静かに目を閉じた。
蓮 side
蓮 🖤『阿部ちゃん遅いね…』
7時を過ぎても訪れない事に煮えを切らした翔太は外を見てくると言って部屋から出て行った。スマホを鳴らしてみても応答は無く、もしかしたらメッセージカードを見ていないのかもと不安になったようだ。
朝から誕生日仕様の俺の家は翔太手作りの子供じみた飾り付けで彩られ〝お誕生日おめでとう〟と一応真面目に書いたらしい愛くるしい文字が壁に貼られていて阿部ちゃんへの愛が伝わってくる。
俺以外の誰かを愛す翔太を、俯瞰して見たこの3週間はそれなりに楽しく、と同時に改めて翔太が素敵な人だと実感した。この状況を受け入れてくれた阿部ちゃんも翔太に負けず劣らず素敵な人だ。
とっくの昔に分かってた癖に気付かないフリして随分と2人を傷付けてしまった…
蓮 🖤『拗らせが酷いな…』
亮平💚『何が酷いって?遅くなってごめんね…寝坊しちゃった////』
寝坊?昼寝でもしてたのだろうか…些か不思議に思いつつも、珍しく阿部ちゃんが襟足を撥ねさせて、その寝癖を愛おしそうに見つめる、目尻を目一杯下げた翔太の姿を見たら胸がじんわりと温かくなってどうでも良いことのように思えた。
蓮 🖤『じゃあ始めようか?主役は座っていてね』
約10日ぶりの阿部ちゃんに嬉しさを隠しきれない翔太はテーブルの向かいに座って頬杖を付くとうっとりと見つめている。〝翔太、配膳手伝って〟と俺が声をかけると〝もうちょっとだけ♡〟と言ってどうしよもないなこの人…阿部ちゃんは目のやり場に困って翔太が施した手作りの飾り付けを眺めている。何だか阿部ちゃんの反応がいつもより他人行儀な感じがして違和感を覚えた。 体調が優れないのか時折胸の辺りを撫でている。
蓮 🖤『阿部ちゃんお酒飲む?』
〝いや…朝まで飲んでて胃靠れしてる〟珍しいなお酒の弱い阿部ちゃんが朝まで飲むなんて。翔太は誰と一緒だったのか気になる様子で顔を覗き込んで〝誰と?ねぇ誰と一緒だったの?〟としつこく聞いている。阿部ちゃんも阿部ちゃんで何故か〝教えな〜い〟と言って意地悪だった。
結局1人で食事の準備を済ませるとお誕生日席の阿部ちゃんを挟んで翔太と向かい合わせに座った。
亮平💚『別にパーティーなんてしてくれなくて良かったのに…』
翔太💙『何でそんな事言うの?ごめんね怒ってる?』
蓮 🖤『やめよう…謝らなきゃならないのは俺だから。とにかく今日はやめよう//ねっほらグラス持って?』
2人きりが良かった…それはそうだろう。
居た堪れない気持ちに苛まれる俺と、全ての元凶であると自分を責める翔太に、何故か心ここに在らずといった風の阿部ちゃん。3人の心情を表すかのように重ねられた3つのグラスはタイミングが合わずに不揃いな音を立てると崩壊へのゴングが静かに鳴った。
蓮 🖤『誕生日おめでとう阿部ちゃん』
翔太💙『お‥.おめでとう亮平』
亮平💚『ありがと…美味しそうだね//本当に嬉しいよ。大変だったでしょ蓮ありがとう』
感謝の言葉は俺にだけ伝えられ、不穏な空気が漂った。翔太は終始不安そうな顔を浮かべ今にも泣きそうな顔をしているものの奥歯をグッと噛み締めてきっと俺と同じ…この違和感は何かの勘違いだと己に言いかせているのだろう….
その後は和やかムードで食事を終え、俺から阿部ちゃんに誕プレを渡すと翔太はケーキの準備に取り掛かった。ゆっくりと冷蔵庫からケーキの箱を取り出すと慎重に歩きながらテーブルに置いた。俺からのプレゼントの包み紙を開ける阿部ちゃんの横に座って、その様子をじっと見つめていた。
翔太💙『何貰ったの?見せて?』
亮平💚『蓮…』
何故か口籠る阿部ちゃんに覗き込む翔太は〝亮平?大丈夫?〟ぱっと顔を上げた阿部ちゃんは包み紙から取り出したマフラーを翔太の首に巻いた。
翔太💙『亮平?』
亮平💚『蓮ありがとう…翔太もありがとう』
蓮 🖤『阿部ちゃん?』
2人に色違いで買ったマフラーをプレゼントした。阿部ちゃんになら俺の気持ち伝わっただろうか…これから訪れる冬に俺の居場所は無い事を。翔太の頰に触れようとそっと腕を伸ばし〝阿部ちゃん今までごめ……〟突然遮るように伸びて来た阿部ちゃんの手が翔太の頰を撫でた。優しく慈しむようにスリスリと親指を左右に動かし撫でると翔太はうっとりと阿部ちゃんを見つめた。
亮平💚『やだどうしよう…タイムリミットまでに翔太触っちゃった//俺の負けだね』
翔太💙『えっ?』
亮平💚『残念お別れしなきゃだ…ごめんなさい翔太…可愛くってついつい触りたくなっちゃった』
蓮 🖤『阿部ちゃん辞めなよそういうの良くない』
翔太💙『どういうの?何?何が起きてる?』
わざとらしく撫でられた手が震えている。グッと握り拳に変わると膝の上に収まったと同時に肩がぷるぷると震え一筋の涙を流して立ち上がった。
亮平💚『翔太ごめんね…俺って自分が思っている以上に辛抱強くないみたい。さようなら』
走り去る阿部ちゃんは、キッチンカウンターの隅に置かれた、今日の日の為に翔太が用意した真っ白なレース柄のプレートにぶつかり、それが音を立てて床に落ちると、割れたプレートを見て立ち止まると腰を上げた俺を見て再び我に返ると慌てた様子で逃げた。
蓮 🖤『阿部ちゃん!…翔太早く立って!』
翔太は茫然自失の状態で何が起こっているのか理解が追いついていない様子だった。腕を引くものの座ったままだった。俺の目を見た途端に涙が溢れ出て震えるような声で訴えた。
翔太💙『追いかけて…お願い//びっくりして腰が上がんない』
置き去りのマフラーを掴んで部屋を飛び出すと急いで阿部ちゃんを追いかけた。下がっていくエレベーターを確認すると、非常階段を駆け降りて行く。エントランスを抜けてマンションを後にする阿部ちゃんを見つけると駆け寄って捕らえた。
蓮 🖤『無理あるよ?わざとだろっ!』
亮平💚『蓮もわざと触ろうとした。俺と蓮考えてる事同じだったろ?翔太の為にしようとした…二人共ね。それで決心がついたよ。蓮は翔太を幸せにできる人だ。俺には無理だから頼んだよ翔太の事……離せよ 』
蓮 🖤『先輩の言う事でもそれは聞けないよ。俺だって今日漸く決心が付いたんだ。すいませんでした今まで二人に散々…』
掴んだ手を引き剥がした阿部ちゃんは片手を俺の前に翳して言葉を遮ると、とびきりの笑顔で笑った。
亮平💚『俺ってお兄ちゃんだから…逃げるの得意だしね//翔太が幸せならそれでいい//パーティーぶち壊しちゃってごめんね…あっ外寒そうだからマフラー頂いていいかな?』
マフラーを渡したら終わってしまいそうで差し出さないでいると〝俺の誕プレだろっ〟そう言って俺から無理やり取り上げると首に巻いて〝うん凄く温かい…ありがとう〟そう言って俺から離れて行った。
どんな顔して戻ればいい?翔太の悲しむような事するなよ阿部ちゃん…
再び阿部ちゃんを追いかけたものの、タイミング悪く通ったタクシーに乗り込んで逃げられた。一滴の涙も流さずに終始にこやかに笑いながら、タクシーの車内から手を振る爽やかな阿部ちゃんを見送ると、部屋に戻った。
翔太💙『今準備するから…3人で食べよう//一生懸命手作りしたんだよ!頑張ったんだから……味は保証するよ!ぶっ格好だけどきっと美味しい!ほら早く座ってよ……早く座って』
蓮 🖤『翔太…』
翔太💙『早く座ってよ……3人で食べる』
3枚のお皿とスプーンをテーブルの上に並べた翔太は話しかけようとする俺の方は見ずに〝ほら座って〟と言って聞かなかった。言葉を遮るように話す翔太は不自然で、恰もそこに阿部ちゃんが居るかのごとく振る舞う姿は痛ましかった。
一生懸命に書いた〝happy birthday〟のプレート付きのケーキを阿部ちゃんが居た場所に置くと大きな声で〝頂きます〟と言った翔太は泣きながら1ヶ月以上費やして完成まで漕ぎ着けた手作りのケーキを頬張った。
翔太💙『美味しいでしょ亮平!一生懸命作ったんだよ……』
〝行こう翔太?阿部ちゃん追いかけよう?〟翔太は必要ないと言ってきかなかった。
翔太💙『サプライズのつもり?びっくりさせようとしてるでしょ?二人して趣味悪いよ?』
玄関ホールで膝を抱えて阿部ちゃんの帰りを待つ翔太は滑稽だった。毛布を上からかけると肩を震わせ泣いている。お皿で切ったと思われる手から滴る血をタオルで止血すると、隣に座って肩を寄せ合って戻るはずのない阿部ちゃんの帰りを一緒に待った。
コメント
18件
何回読んでも泣ける。 何でこうなったのかわからないくらい悲しい。

だめ。朝から大号泣。