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「事故」
自分で言ったくせに、意味がうまく掴めない。
彼は何も言わず、ただ俺を見ている。
「……いや、今のナシ。忘れて」
こめかみを押さえる。頭の奥がじわっと熱い。
「いるまってさ」
彼がふっと笑う。
「ほんと、都合悪いとすぐごまかすよね」
「ごまかしてねーし」
「うん、そういうとこ」
なんなんだよ、その“知ってる感”。
初対面だろ、俺ら。
「名前、教えてくんないわけ?」
軽く聞いたつもりだった。
なのに、彼は一瞬だけ黙る。
「……知ってるよ」
「いや知らねーから聞いてんだけど」
「思い出したら、ちゃんと呼んで」
はぐらかすなっての。
でも、不思議と強く言えない。
◇
その日から、俺はなんとなく校舎裏に行く回数が増えた。
別に会いたいとかじゃない。
……たぶん。
「また来た」
声がして振り向く。
「待ってたとか言うなよ?」
「言わねーよ」
でも、ちょっとだけ安心した。
「なあ」
フェンス越しに紫苑を見る。
「ここで事故あったって、知ってる?」
彼の表情が、わずかに止まる。
「誰に聞いたの」
「聞いてねーけど。なんか、そんな感じする」
自分でも説明できない。
ここに立つと、胸がぎゅっとする。
懐かしいくせに、怖い。
「いるまは」
彼が静かに言う。
「忘れたい?」
「は?」
「思い出すの、怖い?」
まっすぐ見られる。
視線を逸らしたくなる。
「……別に。なんもねーなら怖くもないだろ」
「あるよ」
即答だった。
風が止む。
紫苑がぴたりと揺れをやめる。
「ここで、いるまは泣いた」
胸の奥が、ひくっと縮む。
泣いた?
俺が?
「誰のせいで?」
問いかけられる。
答えが出ない。
なのに。
喉が、妙に詰まる。
◇
その夜、俺は部屋のクローゼットを漁っていた。
なんでか分かんないけど、探さなきゃいけない気がした。
段ボールの奥。
古いアルバムが出てくる。
「……まじか」
ページをめくる。
小学生の頃の写真。
運動会。遠足。夏祭り。
その中に――
見覚えのある茶髪。
目立つヘアピン。
隣で笑ってる。
俺の、すぐ隣で。
「……誰だよ」
知ってる顔だ。
絶対に。
なのに、名前が出てこない。
写真の端に、小さく手書きで書いてある。
“紫苑、きれいだったね”
日付は――三年前の秋。
指先が震える。
スマホを取り出して、写真を撮る。
送る相手を一瞬迷って――やめた。
代わりに、明日の放課後。
もう一回、聞く。
ちゃんと。
逃げないで。
ページを閉じる直前、違和感に気づく。
写真の中の俺は笑っている。
でも。
隣の彼の輪郭が、少しだけ薄い。
まるで、消えかけみたいに。