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「……は、初めまして。三峯芳乃です」
尾行して遠くから見ていたし、暁人から話は聞いていたけれど、彼女と実際に話すのは初めてだ。
多少の決まり悪さもあるから、声が少し上ずってしまった。
「初めまして。私はグレース・パーカー。暁人の幼馴染みよ」
三十歳のグレースは、パッと見てエネルギッシュな人だと分かるし、美しい。
彼女に握手を求められて手を握ると、グレースは少し肩をすくめて言った。
「芳乃さんには迷惑を掛けてしまったわね。『それほど頻繁に暁人と会っている訳じゃないから、大丈夫かしら?』って思ったけど、恋する女性は敏感なものよね」
「い、いえ……」
ズバリと言い当てられ、私は赤面する。
グレースさんはウィルにストーキングされていたと言うし、私が下手な尾行をしていたのがバレバレだったかもしれない。
けど、銀座で見かけた時にすぐ暁人に言わなかったのは、私の体面を守ってくれての事なのだろう。
隣に座った暁人は、私に微笑みかける。
「すべて終わったよ。ウィリアム・ターナーは破滅した。スカーレット・ジャクソンとの婚約は破棄され、ジャクソンホールディングスからの融資は恐らく白紙に戻る。彼は今後、グレースをストーカーし、ネットでも誹謗中傷していた事、その他諸々で訴えられる」
「うん……」
暁人に言われ、私は曖昧に頷く。
酷いフリ方をしたウィル、私を笑い物にしたレティに、やり返したいと思っていなかったと言えば嘘になる。
でも本当に二人が破局し、あれだけ輝いていたウィルの人生が詰んだのだと思うと、なんだか罪悪感を抱いてしまう。
暁人は表情から私の考えている事を読み取り、溜め息をつく。
「君はお人好しだな。別に彼は無一文になった訳じゃないし、多少の名誉は失うかもしれないけど、ターナー家には関係ないし、勘当されなければ今後もやっていけるだろう。万が一、勘当されたとしても彼なら貯蓄や資産はあるはずだ」
「そうだね」
芳乃は頷き、水を飲む。
その時、グレースがニコッと笑って言った。
「ストーカー問題も片付いた事だし、暁人との〝なんちゃって結婚指輪〟はもう嵌めないわ。嫌な想いをさせてごめんなさい。ちなみにあれ、ネットで買った二千円ぐらいの物なの」
グレースに言われ、私は「はい」と小さく笑う。
それから彼女は提案してきた。
「もし良かったら友達にならない? 彼から少し聞いたけど、お店の経営が上手くいってなかったんですって? 良かったら初心者でもやりやすい、投資のやり方とか教えるけど」
いきなり投資の話をされて目を瞬かせたけれど、彼女がグレース・パーカーと書かれた名刺を渡してくれ、「えっ?」と声を上げた。
「グレースさんって、投資家のグレース・パーカー……!?」
〝市場の女神〟と言われている有名人の名前なら、アメリカにいた時に嫌というほど聞いた。
ただ、グレース・パーカーはテレビに出る時は音声のみだし、SNSで自分の顔写真を出さなかったので、どんな外見をしているのかまったく分からなかったのだ。
本人いわく防犯対策だけれど、日本と違ってアメリカではSNSも本名でやり、自撮り写真なども抵抗なく載せる事が多いので、彼女は変わり者扱いされていた。
「す、凄い人と幼馴染みだったんだね……」
「蝉の抜け殻を集めて、ブローチみたいにつける人だけどね……。子供の頃、『これあげる』って掌いっぱいのワラジムシを出された時は泣いたな……」
遠い目をして言った暁人の言葉を聞き、私は思わず噴き出した。
その時、グレースさんが言った。
「今夜三人でディナーしない? 今は二人とも仕事中だし、あんまり引き留めたら悪いから」
「勿論、喜んで」
承諾した私は彼女と連絡先を交換し、フロントに戻った。
「すみません。戻りました」
「お帰りなさい。……ジャクソン様がいらっしゃったから、裏手に行ったほうがいいですよ」
木下さんに言われてエレベーターのほうを見ると、スーツケースを引きずったレティが足取り荒くこちらにやってくるところだ。
ヒールの音を鳴らして大股に歩いてきた彼女は、私に気付くとフロントに向かってくる。
覚悟を決めてビジネススマイルを浮かべると、レティは尊大に言った。