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おんりーは、おら子の力を分析し、彼女に力の制御方法を教え始めた。彼の指導は厳しく、時に冷徹だったが、その根底には、おら子を守ろうとする強い意志が感じられた。
おら子は、やはり最初は失敗ばかりで、訓練中に思わぬ形で草花を巨大化させたり、岩をふわふわの綿に変えてしまったりと、おんりーを呆れさせた。しかし、彼の的確な指示と、彼の隣で成長したいというおら子の強い意志が、少しずつ、しかし確実に、彼女の潜在能力を引き出していった。彼女の無意識の力は、訓練を重ねるごとに、わずかながら意識的に発動する兆候を見せ始めたのだ。
「いいか、おら子。力の源は感情ではない。だが、感情が引き金になることもある。冷静に、お前自身の核に繋がれ。」
おんりーはそう教え続けた。
数週間が過ぎた頃、集落の周辺に、奇妙な静寂が訪れた。森の動物たちは姿を消し、鳥のさえずりも聞こえなくなった。集落の長老が、顔色を変えておんりーの元へ駆け込んできた。
「おんりー……異様な魔力の気配が、周囲を取り囲んでおる。これまでとは違う……まるで、全てを飲み込むかのような、冷たい闇じゃ。」
おんりーは顔を上げた。この気配は、かつてアストラルで訓練を受けていた時に、ごく稀に接触を許された「調律者」の魔力に酷似していた。藻舞美の私兵とはレベルが違う。これは、アストラル最高評議会が、本気で動いた証だった。
「来たか…」
おんりーは静かに呟いた。彼の瞳には、もう迷いはなかった。隣には、わずかながら成長したおら子がいる。彼が守るべきものが、明確になった今、彼の奥に隠された真の力が、解き放たれようとしていた。
グラウンドの空に、アストラルとは異なる、禍々しい漆黒の艦隊が姿を現した。それは、光り輝くクリスタルではなく、闇をまとうような異様な輝きを放ち、その船体からは、対象の力を強制的にねじ伏せるための、無数の「調律魔法陣」が展開されていた。
漆黒の艦隊がグラウンドの空を覆い尽くし、太陽の光さえも遮った。艦隊から、無数の「調律者」たちが静かに降下してくる。彼らは感情を一切感じさせない無表情な仮面をつけ、黒いローブに身を包んでいた。その手には、魔力を感知し、それを強制的に鎮圧するための「調律杖」が握られている。彼らの目的はただ一つ、最高評議会の命令に従い、「危険因子」を排除することだった。
集落の広場に降り立った調律者たちのリーダーが、無感情な合成音声で告げた。
「グラウンドの民に告ぐ。ここにいる二名の対象者を引き渡せ。拒否すれば、本集落は危険因子と見なし、全能力を停止する。繰り返す、二名の対象者を引き渡せ。」
その言葉は、集落の人々に恐怖をもたらした。彼らはおんりーとおら子を守りたいという気持ちと、自分たちの命との間で揺れ動く。
その中で、おんりーがゆっくりと前に出た。彼の隣には、決意を秘めた表情のおら子がいる。彼女の目は、恐怖で震えることなく、真っ直ぐに調律者たちを見据えていた。
「引き渡すつもりはない」
おんりーの声は、普段からは想像できないほど、明確で、そして重かった。その一言が、集落の人々に、微かな希望の光を灯した。
「抵抗と見なす。排除を開始する」
調律者のリーダーは、迷うことなく調律杖を構えた。無数の魔法陣が展開され、集落全体を飲み込むように収束していく。それは、あらゆる魔力、あらゆる生命活動を停止させる、アストラル最高峰の「絶対調律」の魔法だった。
「来るぞ。おら子。俺から離れるな」
おんりーはそう言い、おら子の手を強く握った。彼の手から、冷たく、そして強烈な魔力が溢れ出す。それは、彼がこれまで隠し続けてきた「禁忌の血」の力だった。黒い稲妻のような魔力が、おんりーの身体を駆け巡り、彼の瞳は真紅に輝いた。
「ぐっ……!」
おんりーは苦悶の表情を浮かべた。この力は、彼自身の肉体をむしばむ劇薬だ。それでも、彼は躊躇しなかった。
「禁忌解放」
おんりーが短く唱えると、おんりーの身体から放たれた魔力が、調律者たちの展開した絶対調律の魔法陣に衝突した。ゴウッという轟音と共に、空間が歪む。アストラルの調律魔法は、秩序と制御を極めた力。だが、おんりーの禁忌の血は、そよ対極にある「混沌」を司る力だった。秩序と混沌がぶつかり合い、一瞬、全てが停止したかのように見えた。
「これは…あり得ない!」
調律者のリーダーは、初めて感情らしき声を発した。彼らの絶対調律魔法が、完全に無効化されたのだ。
その隙を見逃さず、おんりーはおら子を庇うように飛び出した。彼の動きは、前よりもさらに速く、力強かった。調律者を次々となぎ倒していくおんりーの姿は、まるで嵐のようだった。
「おら子!今だ!」
おんりーの叫びに、おら子は迷うことなく応えた。彼女の心臓が、大きく脈打つ。恐怖よりも、おんりーを助けたいという、強い思いが勝った。
「花開け!」
おら子が地面に手を触れると、彼女の身体から溢れ出る柔らかな光が、集落の地面を駆け巡った。すると、調律者たちが足場にしている硬い土や岩が、みるみるうちに巨大な植物の根や、ふわふわとした綿のような地面へと変化していく。彼らの足は締め取られ、重力制御で浮遊していた調律者たちは、突然の足場の変化にバランスを崩し、次々と地面に落下していく。
「貴様ら、無様だな」
おんりーは冷たく言い放ち、倒れた調律者たちを無力化していく。彼の禁忌の力は、秩序を乱し、調律者の動きを封じることに特化していた。
しかし、その代償は大きかった。彼の身体には、禁忌の力を解放したことによる深い疲労と、体内の魔力の逆流による激痛が襲いかかっていた。
遠く、漆黒の艦隊の上で、戦況を見守っていた藻舞美は、おんりーの放つ禍々しい魔力の光景に、息を呑んだ。
「あの力……まさか、あそこまで…‼︎」
おんりーの禁忌の血が、彼女が想像していた以上に危険で、そして魅力的なことに、藻舞美はふるえた。そして、そのおんりーを支え、自分の力で戦場を撹乱するおら子の姿に、彼女の心はさらにかき乱された。
嫉妬と焦燥が、藻舞美の心を支配する。彼女は、この状況を最高評議会に報告し、さらなる強硬手段を取らせることを決意した。
おんりーとおら子の連携により、最初の調律者部隊は撤退を余儀なくされた。集落の人々は、奇跡的に助かったことに安心し、おんりーとおら子を英雄のように見つめた。しかし、おんりーの顔色には、勝利の喜びはなかった。これは、まだ序盤に過ぎないことを、彼は痛いほど理解していた。
アストラルは、このまま引き下がるはずがないのだから。