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「おお、やっと話が通じるお人が出ていらしゃったか。先の帝のお上が尋常ならざる病を得たと聞き及び、参上しました次第」
「これはご無礼を。これ、この方は都に名高い陰陽師じゃ。お通しせよ」
その老貴族は陰陽師が来訪した事を知らせに一旦屋敷の中に駆け込んだ。その陰陽師は堂々と庭の方へ歩いて来る。陽菜たちは何となくバツが悪い感じがして、庭の奥に引っ込んだ。
どこからか、ピピピピピ……という小さな妙な音がし始めた。その陰陽師は耳をそばだてて屋敷の一角に視線を向け、ギョッとした表情で叫んだ。
「いかん! 鳥羽上皇が……」
そのまま庭を駆け抜けて廊下に飛び上がる。陽菜たちは反射的にその後を追って走り出した。陰陽師は部屋の御簾を引きずり降ろさんばかりの勢いで横にどけた。その部屋には上皇が横になっていた。目は覚ましていたようで、闖入者を見咎めて威厳のこもった声で怒鳴る。
「何奴じゃ!」
上皇の傍にはフーちゃんと二人の女官が座っていた。女官たちが金切り声で叫ぶ。
「あれえ! 誰か、誰かあるか?」
すぐに数人の護衛の武者が部屋に駆けつけて来た。腰の刀の柄に手をかけながら、その陰陽師に向かって叫ぶ。
「何奴か? ここを院と知っての狼藉か?」
だが陰陽師は武者たちには目もくれず、袴の腰に下げた小さな魚型の飾り物を手に取り部屋のあちこちにそれをかざす。あのピピピピという音はその飾り物から出ていたようだ。やがて音がどんどん大きくなっていき、陰陽師がそれを上皇の体に向けた時音が一番大きくなった。
陰陽師は武者たちが制止する間もない素早さで上皇のすぐ傍に走り寄り「お上、御免!」と叫んで上皇の着物の懐に手を突っ込み、布に包まれた何かを取り出した。結び目を解くと中から黄色がかった銀色に輝く小さな球体が床に転がった。
陽菜はそれが昨日の朝、フーちゃんが上皇に渡した物だという事に気付いた。陰陽師が手の中の飾り物をその球体に近づけると、あのピピピピという音が耳をつんざくほどに大きくなった。
一体何が起きているのか見当もつかず、茫然として立っている武者や女官たちを尻目に陰陽師は自分の懐から小さな金属らしき物で出来た四角い箱を取り出して、球体を箱の中に入れ蓋を閉める。するとピピピピという音が急に小さくなる。上皇が上半身を起こして陰陽師を詰問する。
「これ、何をいたす? それはこのタマモからもろうた大切な品……」
陰陽師はゆっくりとフーちゃんに視線を向ける。フーちゃんはなぜか真っ青な顔をして、体がかすかに震えていた。
陰陽師は袖から何か円盤状の物を取り出した。それは金属で出来た鏡、いわゆる銅鏡だった。その鏡面をフーちゃんの方に向けながら、陰陽師はもう片方の指を額にあてて何かブツブツと呪文のような物を唱えた。
すると鏡面から、少し離れた位置にいる陽菜たちでさえ目を開けていられない程のまばゆい光が放射された。やや光が弱まったところで陰陽師が周りを見回しながら叫んだ。
「お上も、他の方々もとくとご覧あれ! あの壁に映った影を!」
フーちゃんに向けて放射された光は彼女の背後の白い壁にくっきりと黒い影を作っていた。それを見て、上皇もお付きの者たちも、そして陽菜たちも驚愕のあまり、その場で体が固まってしまった。
そこには、大きな狐の影が映っていた。それもただの狐ではない。長い尾が九本、扇子を開いたように放射状に延びて広がっている。
「これこそは、唐天竺の歴代の皇帝を惑わせたという伝説の妖狐に違いありませね。遣唐使船に乗って本朝に入り込んでいたという噂は真であったか!」
高々と宣言する陰陽師の言葉に陽菜はますます驚愕した。フーちゃんが妖怪? そんな馬鹿な……だが、そのフーちゃんも思いがけない行動に出た。羽織っていた着物を素早く脱ぐと陰陽師の上半身に投げかけた。
不意に視界を遮られて一瞬陰陽師の動きが止まる。そのわずかな隙をついてフーちゃんは陰陽師に体当たりし、腰の帯に差してあった細長い木の板、笏(しゃく)と呼ばれる物を抜き取り、そのまま銀色のスーツをさらして庭に飛び降り走る。
陰陽師は着物を振り払い自分も庭に飛び出した。池がなければサッカー場ぐらい造れそうな広大な庭園の端をめがけて走るフーちゃんの後ろ姿が見えた。陰陽師の袖に隠れた手元から赤い光が走った。だが、フーちゃんがさっき奪った笏を振り向いて体の正面にかざすと、その光は彼女のすぐ傍でバリバリと雷のような音を立てて散乱した。
フーちゃんは左手で笏をまっすぐかざしながら、その左手首のブレスレットのような機械を右手の指で素早く操作した。すると、フーちゃんの周りに上から突風が吹きつけたかのように、すさまじい風が吹いた。彼女の頭上に突然、あの銀白色のタイムマシンが現れゆっくり地面に降りてくる。
陰陽師の後を追って庭園に駆け込んだ武者たちは、情けない悲鳴を上げてその場にへたりこんでしまった。部屋の端にはい出してきた上皇も真っ青な顔で口をぽかんと開けていた。
フーちゃんは陰陽師が放つ赤い光をあの笏でブロックしながら、地面すれすれまで降りて来たタイムマシンのドアを開け乗り込んだ。タイムマシンはそのまま空中に垂直に上昇していく。