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「あのっ、いえ、それだけではなくてですね……っ」
「ふふ、大丈夫だよ、マリエッタ」
ルキウスは可笑しそうに目尻を和らげ、
「理由はどうであれ、すごく嬉しいよ。……ずっと、こうして誰よりも一番近い距離で、キミを見つめていられたらいいのにね」
「っ、それは、どういう意味で……」
「もお~~~~! やあーっとみつけましたよおー!」
「! ジュニー様!」
必死の形相で駆けてくる見知った顔に、思わず名を呼ぶ。
と、ルキウスの側で停止した彼は、肩を上下させながらも無理やり口端を上げ、
「お変わりないようでなによりですー、マリエッタ様」
「え、ええ。ジュニー様もお元気そうで安心いたしましたわ」
「オレまで気にかけてくださって、ありがとうございますー。ほーんと、元気でないと勤まらないといいますか」
ぺこりと頭を下げたジュニーは、非難めいた目をルキウスに向け、
「まったく、こんなことだろうと思ってましたよお。すみませんが、楽しい逢瀬の時間はここまでです。お仕事に戻りますよー」
パンパンと手を叩いて催促するジュニーに、ルキウスは「でもさ」と不満気に息をつく。
「僕たちの任務には、ご令嬢の安全確保もあったと思うのだけれど。つまるところ僕がマリエッタの側にいるのだって、立派な仕事だと思わない?」
「思いません! 隊長はマリエッタ様しか守る気ないじゃないですかあ。対象は、会場のご令嬢みーんなですよ! で、隊長の分担はアベル様の護衛です!」
「気が乗らないなあ。僕も会場担当にしてよ」
「ぜーったいにダメです! だいたい、隊長がご令嬢方の側をちょろちょろして大事な”婚約者候補”を横取りしたなんてなったら、オレ達も困りますよお」
「僕はマリエッタにしか興味ないよ?」
「そんなことは知ってますよ。それでも隊長に興味満々なご令嬢は、わんさかいるってことです!」
ぜえはあと肩を上下しながら反論するジュニーが、なんだか可哀想になってきた。
(加勢、してあげようかしら)
そもそも私がルキウスを足止めしていた元凶だもの。
少しくらい、手伝わなきゃ。
「ルキウス様」
私はルキウスの指先をそっと包み上げ、
「ルキウス様のお仕事ぶりを間近で拝見できるなんて、楽しみですわ。しっかりお勤めを。私も役割を果たしますわ。その……ルキウス様の、婚約者として」
(いっ、言っちゃった……!)
言った、とうとう言ってしまった。自分はルキウスの”婚約者”なのだと。
心臓がうるさい。なんだか背に、汗が滲んでいるような気がする。
(か、顔が見れない……!)
繋いだ掌から、跳ねまわる心臓の音が伝わってしまわないかしら。
どきどきと胸を叩く心臓に気を取られていると、
「……マリエッタ」
「はい?」
「――ありがとう」
「っ!」
(どうして、そんな、悲しそうな微笑みを)
胸の鼓動が喉を締めるような、嫌なものに変わる。
するりと離された掌のぬくもりを、無意識に追いかけようとした刹那、
「はい、じゃあいいかげん戻りますよお。失礼します、マリエッタ様」
「また後でね、マリエッタ」
「あ……は、はい。お気をつけていってらっしゃいませ」
咄嗟に笑顔を取り繕って、二人を見送る。これ以上の邪魔は出来ない。
にこりと笑みを残して去っていくルキウスは、よく知る”いつも通り”なのに。
(さっきの、あの表情は)
ずきりずきりと軋む、胸が痛い。
(……喜んで、くれなかった)
そうか。私は期待していたんだ。自分でも知らないうちに、身勝手に。
私が自ら”ルキウスの婚約者”だと明言したなら、彼が喜んでくれるものだと。
(思い上がりも甚だしいわね)
つい先日まで、何度もアベル様が好きなのだと。婚約破棄をしてほしいのだと、散々振り回していたのに。
今の気持ちを、贖罪を告げないまま喜んでもらおうだなんて、傲慢にもほどがある。
(そうよね。まだちゃんと、ルキウスが好きなのだと伝えていないのだもの)
あのような言い方では、私が義務感から”ルキウスの婚約者”として振舞うつもりだと伝えたのだと、勘違いされてもおかしくはない。
そう、勘違い。……勘違い、よね。
――でも。
(ルキウスは、肯定してくれなかった)
私が”婚約者”なのだと。
途端、ルキウスの言葉が脳裏に浮かんだ。
「ずっと、こうして誰よりも一番近い距離で、キミを見つめていられたらいいのにね」
この言葉は、いったいどんな意図があったのだろう。
長期任務で離れる寂しさから?
それにしては、どうにも気にかかるような……。
(なんだか、嫌な感じがする)
胸に重くのしかかる息苦しさは、真意の見えない不安と恐怖。
(……大丈夫。考えすぎよ)
自身を鼓舞するように、ぎゅっと掌を握る。
信じたい。信じなきゃ。
だってルキウスはいつだって、私を大好きでいてくれたのだもの。
さっきだって、あんなにこのドレスを喜んでくれていた。憶測で彼の気持ちを疑うなんて――。
「マリエッタ様……っ!」
安堵を含んだ呼びかけに、私は声の主へと振り返る。
スカートの端を軽く摘まみ上げ、私に向かって小走りで駆け寄ってくる彼女は。
「ロザリー……!」