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◻︎再着火
アキラとの架空のデートで、ストレスが半分くらいになった。
《あまり疑ってばかりも苦しいから、鈍感になることも必要かもしれないよ》
そんなふうにアキラが言っていた。意味はわかる。夫の浮気が一時的なものなら、知らないフリでいるのも一つの手段かもしれない。
夫の残業ペースは特に変わらない。どのLINEの時が本当の残業なのか、わからない。残業手当を確認しようにも、いつの頃からか、給料明細を見ることができなくなっていた。
「パソコンに送られてくるからね、紙のやつがなくなったんだよ」
それは本当なのだろう。生活費としての振込額は変化がないので、それは心配ないのだけど。
夫のスマホで、桃子という女の存在を知ってしまってからも、私は必死にいつもと変わらぬ態度をとるようにしていた。浮気の証拠はあのメッセージを見たことだけだし、シラを切られたら言い返せない。
___何かのきっかけで、桃子と別れますように
そればかりを願う毎日が続いた。せめて、夫のスマホを覗くことができれば、今どんな状態かわかるのにと、焦ったい。
◇◇◇◇◇
ガチャリと音がして、夫が帰ってきた。
「おかえりなさい」
「あ、ただいま」
「先にお風呂にする?」
「そうだな、ビール、冷えてるか?」
「うん、今日は、あなたの好きな角煮を作ってみたの」
「そっか…」
昔の和樹なら、もっとうれしそうにしてくれたと思う。私の料理にはもう、興味もないのだろうか。
浴室に、和樹のパジャマを持っていく。シャツと靴下と下着を洗濯カゴに入れようとして、何かがおかしいと気づいた。
___なに?コレ!
紺色のビジネスソックスは和樹の誕生日に娘たちがプレゼントしたもので、ワンポイントで『K』の文字が刺繍してある。なのに、これは…。右は『K』なのに左は『M』?両方『K』だったはずなのに。
___まさか、桃子のM?
私のイニシャルもMだけど、こんなことはしない。このことに和樹は気づいているのだろうか?それとも桃子が無言で、自分の存在をアピールしているということか。ずっと抑え込んでいた感情に、また火がついた。
その靴下は、そのままゴミ箱に捨てた。
靴下のことは気付いてないフリをする。あんな風に自分の存在をアピールする女ならば無視されることが一番面白くないだろうからだ。
お風呂上がりに、ビールを片手にテーブルにつく夫。
「そういえば子どもたちは?」
「もうとっくに寝たけど。多分お姉ちゃんは、ベッドでスマホやってるかもしれない。なんで?」
「あ、いや、二人とも大きくなったなと思ってさ」
「え?最近残業ばかりで忙しいのに、子どもたちの成長がわかるの?」
つい、嫌味を込めて強い口調になってしまう。いけない、気をつけないと。
「残業はほら、これから必要になる教育資金のためだよ。いくらかかるんだろうなと思ってさ」
「二人とも高校も公立なら、そんなには。でも塾に行きたがったり大学へ行くとなると……予想もつかない」
このタイミングで何故教育費の話題なんだろう?と思ったけど。顎に手を当て、何かを真剣に考えているような夫、和樹。
「ご飯、冷めちゃうから」
なんとなく良くない気配を感じて、ご飯で話題をそらせる。
「ん?あぁ、いただくよ」
最近の仕事はどうなの?、次の休みはゆっくりできそうなの?今度の連休は家族旅行でも行かない?
立て続けにいろんな話題を振ってみたけど、そのどれもに曖昧な相槌だけだった。
「ねぇ、私の話、聞いてる?」
「ったく、うるさいな、疲れてるんだからほっといてくれ」
ふぅ!という大きなため息とともに、手で大きく振り払われた。私はハエじゃないのに。こんな人じゃなかったのに。
「ねぇ、何かあったの?なんでそんなにイライラしてるの?」
「仕事が忙しいんだよ、家族のために頑張って働いてるんだから、家にいる時くらいゆっくりさせてくれ」
和樹は、なんだかとてもイラついているようだ。
___でもそれは私のせい?
桃子と何かあったのだろうか。それなら喜ばしいことだけど。
それからも、事あるごとに怒鳴るようになった。理由なんてつまらないことだ、わざわざ記憶する必要もないほどの。ただ言えることは、夫はずっと何かに苛立っているということだ。
___私が何かをしたのだろうか?
夫が不機嫌になるたびに、私は自分を反省する。あれこれ考えても、何も思い当たることはないのに改善していかないことに、神経がすり減っていくようだ。