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#闇バイト
るしゅ
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あいうえお
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1件

伸太郎は断崖の先に立っていた。
ようやく、すべてを終わらせる場所にたどり着いた。
毎日は痛く、苦しい。
それなら、ほんの少しの間だけ激しく痛めば、そのあとは楽になれる。
崖の先に座ったまま、伸太郎は海を見渡した。
波はなぜあるのか。
風はなぜ吹いているのか。
昼と夜は何なのか。
鳥はなぜ、空を選んだのか。
疑問だらけの自然を前にしても、伸太郎は何ひとつ答えを持っていなかった。
——ああ、ちがう。答えはある。
疑問を持たなければいい。
死ぬことに、覚悟などいらなかった。
痛みは日常に溶け込んでいる。死はその延長線上にある。伸太郎は、それを知っていた。
父親の拳を受けて、何度も意識を失った。
痛みで食事が喉を通らず、餓死しそうになった。
先輩たちに首を締められ、口から泡を吹いたこともあった。
それはただ、痛みの階段を上る人生だった。
そして今日、たまたま階段の一番上にたどり着いただけ。
階段は、思ったよりも高かった。
伸太郎は崖の先でうつ伏せになり、下を見た。
崖の下の海はひどく荒れていた。
無数の波が、岩を殴るように打ちつけている。
岩は痛そうな顔もせず、そのすべてを受け入れていた。
——ぼくと同じように。
ぼくも、そこに行きたい。
入ってもいいかな。
肘を使い、少しずつ前へ進む。
支えのない空中へ向かって。
——しっかりお食べなさい、伸太郎。
荒波の音の中に、祖母の声が聞こえた。
——気をつけて行ってらっしゃい、伸太郎。
ああ……おばあちゃん。
おばあちゃんも今日、旅に出るんだね。
風が、祖母の死を運んできた。
そのとき、伸太郎の心に、はじめて感情らしいものが生まれた。
おばあちゃん。
あなただけは、ずっとぼくのそばにいてくれた。
「ありがとう、おばあちゃん。ぼくも行くから」
伸太郎は、海に向かってそう言った。
誰かに感謝を抱いたのは、生まれてはじめてだった。
その言葉を口にした瞬間、この世に残していた最後の儀式を終えたような気がした。
伸太郎は、肘を使ってさらに前へ進む。
自然が織りなす、言葉ではない響きに身を委ねながら。
上半身が崖の外へ出た。
次の瞬間、体が重力に引かれ、海へ吸い込まれていく。
「ふぅ。やっと見つけたぜ。まったく、とち狂ったガキだな」
誰かが伸太郎の足首をつかんだ。
宙へ落ちかけていた体が、力ずくで陸へ引き戻される。
海を見ていた体が反転し、目の前には空と、人間の顔が広がった。
死へ向かう道を邪魔する者。
材木工場の人間たちだった。
「こいつ、まさかここから落ちようとしてたんじゃねぇのか」
「ちがうだろ。海がこいつを食おうとしてたんだ」
クスクスと笑い声がした。
「だったら、なんでまだ生きてんだよ」
「海が言ったんだろ。とてもじゃねぇけど、まずくて食えねぇってな」
大きな笑い声が、頭の上で弾けた。
「俺たちがこいつを救ってやったんだよな?」
「やべぇ。俺ら、マジで聖人じゃねぇか」
「この一件だけで天国行き確定だろ」
また笑い声が起きた。
「おい。立ち上がって、命の恩人に頭下げろよ」
——伸太郎。服を縫っておいたから、もう寒くないよ。
「こいつ、やっぱ頭がおかしいな。助けてもらったんだから、何か言えよ」
「俺ら大人なんだし、たまには許してやろうぜ。頭を下げる代わりに、金で解決すればいいだろ」
——伸太郎。ご飯が冷める前にお食べなさい。
「ひとり月5千円で手を打つってのはどうだ? 金さえ払えば、まだ生きられるんだ。安いもんだろ」
——伸太郎。冬だから、夜道に気をつけるんだよ。
「クソヤロウが。ほんと毎回反応しねぇな。先輩の言葉をなめてんのか? もう金はいい。ムカついたから、5千円分殴らせろ。5千円だと何発殴れる?」
——伸太郎、ごめんね。おばあちゃん、耳が悪いから、あんたの声が聞こえないの。ごめんね……。
「半額セールだ。一発2千5百円の大感謝祭ってことで、ひとり2発ずつな」
先輩のひとりが、伸太郎の胸ぐらをつかんだ。
自分のほうへ引き寄せる。
その瞬間、男の体が宙に浮いた。
「あっ……」
驚きの声が、伸太郎の耳元で鳴った。
その声は、そのまま崖の下へ消えていった。
目の前にいた先輩のひとりが、崖から落ちた。
現実を理解するまでに、長い時間はかからなかった。
数秒後。
波の音に、人間の重みが混じった。
目の前の男たちが、ようやく状況を理解した。
「お、落とした……。こいつ、落としやがった……」
先輩のふたりが、反射的に叫んだ。
恐怖に震え、伸太郎から後ずさっていく。
「こいつ……人を殺した! 殺しやがった!」
「おい、どうするんだよ!? マジでやべぇことになったぞ!」
「……ぼくの階段は、まだ終わってなかった」
伸太郎は、ゆっくりとつぶやいた。
「おい、なんだ!? 今、何て言った!?」
「おばあちゃん、先に休んでて。ぼくは、もう少しここにいなきゃならないみたい」
伸太郎は、入社して以来はじめて、先輩社員と目を合わせた。