「そうですか、シンさんは異世界の……」
「でも言われてみれば、そうとしか説明出来ない事が
山ほどありましたね」
ハイパーロックリザードを町まで運ぶ道中―――
パックさん・シャンタルさん夫妻に、自分が異世界に
来た経緯や事情を話す。
「シンー、そろそろ時間ー」
「あ、はい」
10メートルを超える巨体だが、アルテリーゼ、
シャンタルもドラゴンに戻った時は体長6メートル
ほどで―――
2人で運ぶには翼がぶつかる可能性もあり、
一定時間で交代しながら運んでいく事にした。
獲物を運んでいる間、もう一方は私とパックさんを
乗せて飛行する。
その間、私は自分の秘密を説明していた。
アルテリーゼの背にある時は、彼女も加わって。
「しかし、意外だな。
お前の事だから、もっと食い付くかと思って
いたのだが」
アルテリーゼが同じドラゴンである彼女に疑問を
口にすると、
「それはもう―――
出来る事なら、体長体重主食睡眠時間に
姿勢体温匂いに至るまでじっくりと調べて
みたいのですがうへへへへへ♪」
うんそれは観察という行為です。
主に知的生命体以外に行われるものです。
「ただ、今はパック君と一緒に研究・調査中の物が
多いんですよ。
あと別世界由来の物だと、どこから手を付けて
いいのかわかりませんし……それに」
「それに? 何じゃ?」
シャンタルさんの言う事に、アルテリーゼが
聞き返すと、
「いくら魅力的な研究対象とはいえ、他のオスは
ちょっと……
今のわたくしには、パック君との時間が何より
大切です。
それはアルテリーゼも同じなのでは?」
それを聞いて、私とパックさんを乗せている
アルテリーゼも、恥じらいからか無口になる。
少し前ならリア充がどうたらこうたらとなっていた
だろうけど、自分が仲間入りした手前……
こっちまで年甲斐なく気恥ずかしくなってくる。
「そ、そういえばシンさん。
この事を知っているのは?」
「メルとアルテリーゼの他には……
冒険者ギルドの支部長、ジャンさん―――
王都ギルドの本部長も承知です。
ジャンさんは近いうちに、レイド君や
ミリアさんにも教える予定だと」
こうして話しながら、4・5回運搬を交代した
辺りで、ようやく町が見えてきた。
「今度はハイパーロックリザードか……
で? どこにいたんだ、アレは」
町へ戻るとすぐ、私とパックさんは冒険者ギルドに
呼ばれ―――
連行されるようにして支部長室へ。
そこでジャンさんに、獲物の情報を事情聴取のように
詰問される。
「ドラゴンの飛行速度で1時間ほど、南東へ行った
場所です。
ですので、人の足なら3・4日はかかると
思って頂ければ……」
速度計など当然持っていないが、体感としては
東の村まで20分くらいで行けるスピードで
飛んでいたと思うし―――
それくらいが妥当と思う。
「あと、周囲にはそれ1匹しかいませんでした。
多分―――
繁殖争いに敗れて、はぐれてきた個体かと」
パックさんの専門家としての意見を聞くと、
ようやくギルド長は安心したのか、組んでいた
両腕を外した。
「何にせよ貴重な肉だ。ありがとよ」
治安トップとしての緊張が解けたのか、フーッと
大きく息を吐く。
「あれだけあれば、結構持ちそうですね。
鳥の放出も始まりましたし―――」
「これで冬も肉に困る事は無さそうッス!」
ミリアさんとレイド君が会話を引き継ぐ。
ちなみに鳥の放出とは、従来の野鳥の事で―――
2つ首の魔物鳥『プルラン』をシャンタルさんが
持ってきてくれて以来、卵用の野鳥はその役目を
終えつつあった。
また、雌雄同体の『プルラン』はそのまま繁殖が
可能であり―――
いずれ食肉への転用も考えられる。
なので野鳥を放出し、その分の鳥の飼育部屋は
『プルラン』で埋めていく方針にしたのである。
「それと、氷室だが―――
お前さんの言う通り、南側の農業区域と
西側の商業区域に2つずつ建設中だ。
だがよ、本当に地上に作って良かったのか?
本来は地下か、半地下に作るものだろ?」
ギルド長の指摘に、私は微妙な表情になり、
「でも今現在、この町の地下は下水道が
張り巡らされていますからねえ。
それを考えると、もう地下は手を付けない
方がいいかなーって」
それを聞くと、他の一同も私と同じような
微妙な顔になる。
「まあ、後で視察にでも行ってやれ。
どうも破格の待遇に半信半疑のようで―――
心ここにあらずって感じで仕事してるからよ」
ファリスさんの事か。
一応、やってもらう事は教えたけど……
声をかけておこう。
「あ、それなら―――
町の方からの契約書も届いてますので、
それを伝えてください」
ミリアさんの言伝を承諾すると、私とパックさんは
冒険者ギルドを後にした。
「ファリスさん」
「あ、シンさんですか!?」
私とパックさんの妻たちは、宿屋『クラン』で
待っていると言っていたのだが―――
宿屋に着くとメルしかおらず、ドラゴンの2人は
獲ってきた獲物の解体の手伝いを要請されたらしい。
さすがに巨体なので、ひっくり返したり運んだり、
という手伝いとの事。
そしてパックさんは妻の元へと向かい、私は
メルと一緒に西地区の氷室建設場所に向かうと、
彼女がいた。
「お疲れ様です。
それであの―――
氷の作成はどんな感じでしょうか」
「い、言われた通りに作っていますが……
本当にこれでいいんでしょうか?」
おずおずと話す彼女に、メルがその手元を
のぞき込む。
「?? 何コレ……氷に何か混ぜてるの?」
「木くずを混ぜてもらっています。
これを氷室で使う氷にしたいので」
頼んでいる氷室は、地上施設―――
普通に建ててもらっている。
ただ中は四方と中央、他数ヶ所に棚を設け、
そこにファリスさんに作ってもらった氷を
設置する予定だ。
木くずを混ぜるのは、熱伝導率を低くする
ためで―――
要は溶けにくくするためである。
実際に、この氷で空母を作ろうとする計画が
あったくらいで……
軍事利用出来るほどなのだから、その耐久性・
実用性はお墨付き。
食用の氷なら、すぐファリスさんに作って
もらえるので―――
まず『冷やす』『冷蔵する』のに特化した氷を
作ってもらう事にしたのである。
食用の氷は、氷室が出来上がってから貯蔵していく
つもりだ。
なお2つずつ建設しているのは、匂いが移るのを
考慮して―――
純粋に氷用・食物保存用を分けるためである。
「でも大丈夫ですか?
疲れません?」
「確かに、普通の水より凍りにくいと感じますけど、
それでもほんの2・3秒かかる程度ですね」
見ると、木箱に入った水が積み上げられており、
凍らせる準備は万端のようだ。
「んー、そんなに急がなくてもいいですよ?
氷室の完成はまだなんでしょう?」
「それはそうなんですが……
定額でお金をもらえるとなると、何かして
いないと落ち着かなくて」
隣りでメルが『わかる~』というような表情になる。
確かに彼女……
というか冒険者は、日雇いや短期契約が
メインだったしな。
「まあほどほどに。
あ、町から契約書も届いたそうですので、
あとでギルド支部へ行ってください。
それに今日は、ロックリザードのお肉が店に
出ると思いますから、お楽しみに」
「アレ何が起きたかと思いましたよ!!」
どうやらその情報はすでに知っていたようだ。
ていうかあれだけ大きければ、嫌でも視界に
入るか……
「確かに、アレには久しぶりに私も
驚きましたけど―――
ま、この町で暮らしていくのなら、
早く慣れる事ですねっ」
慰めなのか言い訳なのかよくわからない言葉を
妻が投げて―――
いったん氷室の視察は終了した。
「やっぱ串焼きが一番美味いな!」
「いやいや。
このハンバーグもなかなかッス!」
「このお肉もスープの味が染み込んで……♪」
夜になり―――
私の家族とパック夫妻が宿屋『クラン』へと集まり、
そこへギルド長・レイド君・ミリアさんも参戦。
肉がふんだんにある事もあって、半ば宴会の様相を
呈していた。
「見た目はアレでしたけど、こうなるとタダの
オイシイお肉ですねー」
「やはり料理した食事はいいのう♪
シンと結婚せなんだら、味わえなかったわ」
「ピュ~♪」
メルとアルテリーゼ、ラッチも舌鼓を打ち、
「解体を見て思ったんですけど、
意外と肉の部分が多かったですしね」
「パック君、帰ったら皮とか調べましょう!
硬質化されているけどその割に軽かったし」
こちらの夫婦は、食い気よりも研究欲の方が
上らしい。
「失礼、よろしいですかな?」
そこへ―――
60才ほどの、ジャンさんよりは年上と思われる
相応の顔をした初老の男性が、飲み物を片手に
こちらのテーブルへやってきた。
すっかり白髪になった短髪に、同じ色のヒゲを
たくわえ、これで身なりさえ良ければ貴族と
言っても遜色無い外見だろう。
「おう、町長代理」
「飲んでるッスか? クーロウさん」
ギルド長と次期ギルド長が飲み物の入った
木製のコップを掲げると、彼もそれに軽く
コップを触れさせる。
この人とは何度か面識がある。
町に施設を作ったり、またドーン伯爵様や
その御用商人・カーマンさんとの打ち合わせで、
重要な取り決めがある場合に、立会人になって
もらったりしていた。
「ははは、まさかロックリザードを食べる日が
来るとは……
本当にシンさんが来てからというもの、
退屈しませんよ。
単調だった生活がウソのようです」
「いやいや……
単調と言っても、結構お忙しいのでは?」
謙遜していると思ったのだが、すぐにジャンさんから
ツッコミが入る。
「基本的には俺と同じ、書類とにらめっこして
許可のサインを押すのが仕事だからな。
新規施設の建設や開拓なんて、ココ10年にあった
案件の数を余裕で抜いたんじゃねーか?」
「まったくです。
この1年は目の回る忙しさでした」
「本当にすいません!!」
下水道・鳥の飼育部屋・水路・詰め所―――
原因というか元凶に心当たりがありまくる私は
思わず頭を下げる。
ある程度私も酒が入っているからか、ふと口が
軽くなり―――
「あのー、クーロウさん。
そういえば、どうして町長『代理』
なんでしょうか?」
考えてみれば、『代理』と言うからには……
本来の町長がいてもおかしくないわけで。
「んー、シンさんはこの国の人間じゃ無かった
わけッスから、知らないかも知れないッスけど。
基本、町長とかの役職は『代理』がやるのが
当たり前なんスよ」
「一応、任命権は領主様にあるんですが……
たいていはその親戚だったり、ぶっちゃけると
コネのある人で―――
で、そういう人は王都やそれに近い土地に住んで
いますから……
『代理』を寄越す事がほとんどなんです」
つまり―――
領主サマから任命されるのは、同じ貴族かお金持ちと
いった上級国民サマなので……
遠い土地、田舎や辺境に行くのを嫌って『代わり』に
任せるという事か。
「まあ私も、そのおかげでいい経験が
出来ましたので。
シンさん、今までありがとうございました」
……?
何で過去形?
「いえあの、こちらこそご迷惑を?」
メルも微妙な違和感を感じ取ったのか、
クーロウさんに詰め寄る。
「なんですかぁ~?
まるでお別れのようにしんみりしちゃってぇ♪」
すると彼は、コップの中身に視線を落とした後、
ゆっくりとテーブルに置いて、
「近いうちに、本当の町長―――
バウエル様が来られる、との事です。
そうなれば私はお役御免、となりますから」
「うぇえっ!? 何で今さら!?」
レイド君が思わず大声を上げるが、周囲の喧騒に
紛れて目立たず―――
そこでずい、とギルド長が身を乗り出す。
「……あの野郎。
ここが『オイシイ』と気付きやがったか」
「確かに、新たな拡張・開拓が必要になるくらい、
発展しましたからね……」
ミリアさんも寂しそうな声を出す。
「で、でも、別にこのまま町で暮らす事は
出来るんでしょう?
町長『代理』でなくなったとしても―――」
私が暗い雰囲気を払拭するように、あえて
明るく対応するも、
「明らかに利権狙いだろうよ。
そんな時―――
『前任者』がいたらやり辛いだろうが」
ギルド長がガシガシと頭をかいて、投げやりに
言い捨てる。
「出来ればこのままこの町で暮らして―――
娘夫婦も呼び寄せたいと思っていたのですが……
ですが、最後にいい思い出が出来ましたよ。
ロックリザードの肉まで食べる事が出来たん
ですからね」
宴会騒ぎから一変、重苦しくなる空気の中、
パックさんが片手を上げて、
「何とかならないんですか、ギルド長」
「これがギルド内の問題なら、俺も動く事が
出来るんだがよ……」
眉間にシワを寄せて考え込むジャンさん。
今度は私が質問する。
「私もかなりお世話になりましたし、
担当してくれた人が変わるのは―――
仕事上でも支障が……
しかし、私とドーン伯爵様の『関係』を
知らないんですかね?」
下手な人事を行えば、私がどう思いどう対応するか、
『身を以て』知っているはず。
「俺もそれは考えたんだが……
そいつまで情報がいってない可能性がある。
あと、今はファム様・クロート様の婚約関連で
伯爵サマも手一杯なのかも知れん」
そういう事情なら仕方ないか……
すると今度はパックさんの妻が手を上げる。
「そんなに早く来るんですか?
その、本当の町長とやらは」
「ええ。『代理』契約の更新が切られましたので、
恐らくは近いうちに……」
それを聞いて、私の妻2名が―――
「ほぉほぉ♪
それはそれは……」
「是非とも『歓迎』してやらねばのう?
なあ、シン♪」
その言葉に、全員の視線が私に向かい―――
そしてミリアさんがメル・アルテリーゼと
目を合わせると、口元が微笑む。
「まあ、奥様。悪い顔♪」
「おほほほほ♪
貴女こそ♪」
「愛する男が困るような事があれば、
女はいくらでも悪くなれるものよ♪」
さらにそこへシャンタルも参戦し、
「パック君はー?
どうしたいですかー?」
「えっ?
ま、まあ私も、出来ればクーロウさんに
続けてもらった方が」
そして黒いオーラを背負って微笑む女性陣。
それを困惑しながら見つめる男性陣。
「……まあ、わかりました。
手を考えてみましょう。
クーロウさん、もし町を出るにしても―――
しばらく延期してもらっていいですか?」
私の問いに、町長代理はきょとんとして、
「は、はあ。
それは構いませんが」
すると、ギルド支部の最高責任者はニカッと笑い、
「ま、シンに任せておけばいい」
感化されたのか、隣りにいたレイド君も、
「そうッス!
俺も協力するッスから、
トドメはお願いするッス!」
「死者は出しませんよ!?
取り敢えず―――」
私の言葉にその場にいた全員が注目し、
「……ドーン伯爵様に、一筆書いてもらう事に
しましょう」
こうして、宴会は悪巧み―――
もといクーロウさんに町長代理を継続してもらう
ための、作戦会議へと移行した。
―――5日後。
ドーン伯爵様の御用商人の屋敷で、町長『代理』から
町長への引き継ぎが行われていた。
主要メンバーとして、御用商人のカーマンさん、
ギルド長と次期ギルド長が同席する。
「今までご苦労だったな、クーロウ。
安心して故郷に帰るといい」
「はい。今までありがとうございました。
バウエル様」
成長が縦よりも横に広がったかと思わせるほどの、
そのでっぷりと太ったお腹を突き出し―――
『町長』は書類に目を通していた。
片眼鏡や身に着けている貴金属はいかにも
高価そうで、その財力を思わせる。
一応、身分としては伯爵ほどでは無いにしろ、
準男爵という肩書きはあるようだ。
それを私やメル、アルテリーゼは隣りの部屋から、
小さく開けられたのぞき穴を通して見ていた。
「おーおー、
よく肥えたブタがいらっしゃったぜえ♪」
「これから自分がどうなるかも知らずにのう♪」
「(一応、敵対するかどうか確認してからだからね?
目的はわかってるよね?
最低限、クーロウさんがこの町で暮らし続ける事が
出来ればいいんだからね?)」
不穏な物言いをする妻2人を小声でたしなめる。
ただ、すでに彼はクーロウさんを町に留めるつもりは
無いらしい。
「しかしだな、バウエル殿。
クーロウさんはもう30年以上、この町の
町長代理を務めてきたんだ。
余生はここで過ごさせてもいいのでは?」
「そうッスよ。
それに、こう言っちゃ何ですが、この町には
ひとクセもふたクセもあるヤツがいるッス。
そいつらの対応は今まで通り、クーロウさんに
任せた方がいいと思うッス」
と、打ち合わせ通りにジャンさんとレイド君が
説得するも、
「だから私が来たんだろうが。
ちっぽけな村や町ならともかく、これから大きく
発展するためには私くらいの人物が必要なのだ」
その答えに、フー、とギルド長が一息入れて、
「別にあんたの能力を疑っているわけじゃない。
ただな、あまりに一気に物事を変えてしまうって
いうのは、不安になる者もいる」
「ある程度までは、クーロウさんと一緒に
やった方がいいッスよ」
なおも2人が何とか説こうとするが、
「いい加減にしないか!
私はドーン伯爵様より正式に認められている
町長なのだぞ!
立場からすればこの町で一番偉いのだ!
これ以上私の機嫌を損ねるんじゃあ無い!!」
取り付く島もない、といった感じで―――
ジャンさんはのぞき穴へ向かって、片手を上げた。
「……交渉決裂のようです。
次の作戦に移行しますよ、2人とも」
私の言葉に、メルとアルテリーゼはコクリと
うなずき、行動に移る。
2人のギルドメンバーが退室したのを見計らって、
3人で廊下へ出ると、そこにパック夫妻もいた。
「やっぱりダメでしたか?」
パックさんがギルド長に話しかけると、
彼は眉間にシワを寄せて、
「ダメだな、ありゃ。
もうこの町は自分の物とでも思ってんじゃ
ねえのか?」
「あの様子じゃ、ドーン伯爵様に一声かけて
きたかどうかも、怪しいッスねー」
それを聞いて、私は妻2人の方へ振り返り、
「結局は貴女たちに頼る事になってしまい
ましたが……」
「大丈夫よ、シン」
「エサとしての役割は果たして見せようぞ」
パックさんも、シャンタルさんの方へ視線を
寄越すが、
「わかっています。
それに、エサとしては極上だと思いますよ?」
彼女の言葉に、ギルド長・次期ギルド長もうなずき、
「まあ確かに3人とも美人さんだしな。
間違いなく食いつくだろう」
「そーッスね。それにあいつエロそうだし。
(ミリアを連れて来なくて正解だったッス)」
何かボソっとレイド君が言ったような気がするが……
とにかく私とパックさん、それぞれの夫妻は、
『町長』のいる部屋へと向かった。
「……初めまして。
冒険者ギルド所属の者です。
ドーン伯爵様とは商売の付き合いもありまして。
以後お見知りおきを」
「私は薬師です。
今後ともどうかよろしくお願いします」
まずは夫2人であいさつをするが、バウエルの視線は
その後ろに控えていた夫人たちに向けられ―――
「その後ろの女性たちは?」
私とパックさんは後ろを振り向くと、彼女たちの
方から答える。
「妻です」
「こちらの方のな。まだ新婚だが」
メルとアルテリーゼは私の方へ寄ってきて、
シャンタルさんはパックさんの隣りに来る。
「わたくしもこの方と……
つい先日、結婚したばかりです」
「ほほお」
ジロジロと女性の体を舐め回すように見つめ、
「申し遅れたかな。
私はこの町の町長、バウエル・トング準男爵だ。
こんな町にも目が覚めるような美人がいるとは……
来た甲斐があったというものだよ」
すると彼女たちはクスリと笑い、
「光栄ですわ、準男爵サマ♪」
「そういうそなたも、なかなか男前だのう♪」
「貫禄がにじみ出ておりますわ」
美女たちに褒められて気を良くしたのか、彼は
さらに続ける。
「そうか、新婚か……
それは惜しい事をしたな。
もう少し私が来るのが早ければ、
妻にしてやれたかも知れんのに。
そうなれば、贅沢三昧の生活を保障して
やったのになあ」
(一人は若くてなかなかよいし、
もう二人は顔も体も絶品だ。
なんとかして手に入れられないものか―――)
などと町長が考えを巡らせていると、アルテリーゼが
彼に近付く。
「あら、でも……
我は強いオスを望む。
それを証明出来るのであれば―――
それが故郷の結婚の条件でもあるゆえ」
「じょ、条件?」
鼻の下を長くしながら、準男爵が聞き返す。
すると今度はシャンタルが、
「ええ。彼女とわたくしの故郷では―――
『女の一撃に耐えられない男』は、結婚対象外
なのです。
別に武器を使ったりするというわけでは
ありませんが、全身全霊の一撃を生身で
耐えきる事が出来れば……」
「ふむ。興味深い風習だな」
冷静さを保つ外見とは裏腹に―――
彼の思考は目まぐるしく欲望一直線で動く。
(身体強化が使えるとしても、それは
こちらも同じ事。
か細い彼女らの一撃なんぞたいした物では
あるまい。
よし……!)
バウエルは2人の夫の方へ視線を移すと、
「いやしかし、結婚したばかりであろう?
いくら条件があるとはいえ、後から私が
受けてしまっては」
私とパックさんはいったん視線を交わすと、
うやうやしく一礼し、
「構いません。
たまたま、私が先に条件を満たしただけの事」
「妻がそれを望むのであれば、止める理由は
ございません」
すると彼はニヤリと笑い、
「(平民ごとき、抵抗や反発をしたら―――
と思っていたが、身の程をわきまえては
いるようだな)
そうだな。
結婚はあくまでも、お互いの合意が大事だ。
まあ君たちはまだ若い。
これからも出会いはあるだろう」
そう言うと、私とパックさんの肩をぽんぽんと叩く。
同席していたカーマンさんとクーロウさんは、
涼しい目でその光景を見つめる。
「ええと、そちらの奥方は……」
と、彼はメルにも問うと、彼女はニッコリ笑って、
「え~?
私だけ仲間外れですかぁ?
準男爵様がその2人の一撃に耐えられたら、私も
お嫁さんにしてもらえますよねぇ♪」
「もちろんだとも! 2人も3人も一緒だ。
そこの平民2人とは身分が違うからな」
そこでようやく、屋敷の主であるカーマンさんが
会話に入り、
「では、場所や日時はまた改めまして……
準備が出来ましたら、ご連絡を」
「おおそうか。頼んだぞ。
せめて君らも今後、目をかけてやろう。
この町の町長として!」
そして上機嫌で、大きなお腹を揺らしながら―――
彼は御用商人の屋敷を去っていった。
後に残った夫妻2組と、町長代理、そして
カーマンさんは軽くフッ、と笑い―――
そして女性陣から口を開く。
「いっちょうあがり! ってところですねぇ」
「なあシン、事故なら無罪って事に出来んか?」
2人とも笑顔ではあるが目は笑っておらず―――
ブンブンと首を左右に振る。
「わたくしはいいんですよ、わたくしは……
でもあのブタ、わたくしのパック君をずいぶんと
お舐めくさりやがって―――」
「落ち着いてシャンタル!
お願いだから!!」
と、何とか夫2人で妻たちをなだめ―――
かくして、彼女たちの『結婚の条件』を試す日程が
組まれたのであった。
―――数日後。冒険者ギルド支部。
恒例のイベント会場と化した訓練場で―――
その中央に、バウエル準男爵は立っていた。
「こんなに広いのに屋根付きとはな。
しかし、こうまで大げさにせんでも」
すると、すぐ横にギルド長が立っており、
「まあ大勢の目の前でやった方がいいだろ。
あんたも後で文句を言われたくあるまい?
それに、町長としての発表の機会でも
あるんだしよ」
見渡すと、観客席となった周囲はすでに満席で、
その最上段にはレイドとミリアが控えていた。
「それでは皆様―――
これより冒険者ギルド支部主催による、
我がギルドのブロンズクラス・アルテリーゼと、
バウエル準男爵様の……
結婚認定の試合を行います!」
「条件は、アルテリーゼの全身全霊の一撃を、
準男爵様が耐えきったら勝ちです!!」
2人の大きな声に、観客はいっせいに沸き立ち、
そしてざわつく。
「アレ……?
アルテリーゼって……」
「確かシンと結婚した……だよな?」
ジャンさんが退出する代わりに、『結婚相手』が
その姿を現した。
手には何も持たず―――
それを見ると、バウエルはすでに勝利を
確信したかのような、いやらしい笑顔を作る。
「いやしかし、お前さんも大変だな。
周囲と旦那を納得させるために、こんな芝居を
組むとは―――」
「おや♪
お芝居ならちゃんと最後までやってくれぬと
困るのう♪」
そして両者中央に立ち―――
男の方が両手を左右に広げるように上げた。
「さあ、全身全霊の一撃とやら、やってみろ」
一発殴られるだけで、この女が手に入るのであれば
安いものだ―――
と思っている彼の前で、彼女は『真の姿』になる。
「……はっ?」
6メートルはあろうかという巨体に、その全身を
覆うほどの翼。
両の前足は細いが、鋭い爪を有し―――
大地を痛めつけるように、尻尾が地響きを立てる。
「では―――
見事、我が愛を勝ち取ってみせるがよい……!」
「え、いや、ちょ」
状況を把握しきれていないであろう彼の目の前で、
その大きな口を開く。
徐々にそこへ熱量が集まっていき―――
発火現象の前触れのように、チカチカと小さな光点が
中央に収束していき……
彼と同じくらいの背丈の火球が放たれた。
その瞬間、轟音が響き―――
そして黒煙が、竜巻のように訓練場の中央に
舞い上がる。
熱気と土埃が収まり、視界が開けてくると……
「おおー、シンだ!!」
「やっぱりあの人かー!!」
と、会場は決着が着いたような盛り上がりを見せる。
一応、ブレスを私が無効化させる段取りには
なっていたが……
会場の天井を見上げ、その損傷具合を確認し、
「アルテリーゼ、ちょっと火力が強過ぎ!」
「む、すまぬ。
これでも抑えた方なのだが」
夫妻の間で、腰を抜かしてパクパクと声にならない
声を上げていた準男爵は―――
我に返ると、這うようにしてその場から離れる。
するとすぐに女性の足にぶつかり、
「どうしたんですか、準男爵サマ♪
わたくしの一撃は受けて頂けないんでしょうか?」
「お、おお、お前も、まさか」
言葉で答えるより先にシャンタルは変化し―――
ドラゴンとしての姿を現す。
もともと球体に近い体形をしていた彼は、
転がるようにして反対側へ。
そこには、ギルド長がいた。
「たた、助けてくれ!!
ド、ドラゴンが!!」
「ありゃウチのギルド所属のメンバーだよ。
だからレイドも言っただろう?
ひとクセもふたクセもあるヤツが相手だと」
「クセはともかく種族が違うのは聞いてない!!」
ジャンさんの言葉に、彼は両膝を地面につく。
さらにその肩を私が後ろから叩くと、
飛び上がるように驚いた。
「ぶぎゃあぁああっ!!
よ、よせ、止めろ!!
これ以上私に手を出したら、
ドーン伯爵様が……!」
「そんな貴方に、ドーン伯爵様から朗報です」
と、彼の眼前に一通の手紙を見せつける。
内容は―――
まあ、要約すると……
『もしあのバカが無礼を働くようなら
煮るなり焼くなり好きにしてちょ♪』
である。
その書面を一読した彼は、白目をむいて―――
仰向けに倒れ込んだ。
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