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バウエル町長とアルテリーゼ、シャンタルさんの
対決が終わってから数日後―――
私は冒険者ギルド支部を訪れていた。
「おう来たか、シン。
まあ座れ」
「はい」
ジャンさんの勧めに従い、対面のソファに
腰をかける。
左右にはいつものメンバーである2人―――
レイド君・ミリアさんもいた。
「今日来てもらったのは―――
西側の開拓地区で、ようやくお前さんの家が
形になってきたからだが」
「おおー、もうですか。
こっちも後から注文付けてしまったので、
心配していたんですが。
……それはそうと、バウエル・トング準男爵……
でしたっけ?
あの日から姿を見ていないんですが」
それを聞いていた左右の2人のうち、男の方から
口を開いて、
「んー、なんでもあのひのうちにすぐ、まちから
でていってしまったみたいっすよ?」
「なにかこわいことでもあったんでしょうか?
ふしぎですねー」
そしてアラフィフとアラフォーの男性陣が向き合い、
「へー、ふしぎなこともあったものですねえ」
「ああ、まったく。
よのなかにはわからんことがおおいものだ」
と、誰からともなく飲み物を口にし、それを
静かにテーブルの上に置く。
「……まあ、ふざけるのはここまでにして、だ。
この件に関しては、もうドーン伯爵サマと
クーロウ町長代理とで話はついた」
そこでギルド長が話してくれたのだが―――
彼とクーロウ町長代理、そしてドーン伯爵様、
3者の間で話し合いの場が持たれたのだという。
伯爵様から、いっそクーロウさんを町長に、
という話も出たが、彼は高齢を理由に辞退。
それならバウエル・トング準男爵を町長の
任から解く、という提案をされたが、
後釜にヘンなヤツが来ても困る、という理由で
ジャンさんが断り、
しばらくは現状維持のままで、という事で
落ち着いたらしい。
「そもそも準男爵って言やあ―――
親戚とか身内とかがお偉いさんと結婚して、
平民のままだとマズイからってんで、
一番下の貴族階級になる制度なんだ。
一代限りだし、あのバカも焦っていたん
だろうが……
まあ二度と手は出して来るまいよ」
ギルド長が話をまとめるように一段落させると、
両側の男女が次の会話へと移る。
「それでッスね、話を元に戻しますけど―――
西側の川向こうの開拓地、シンさんの家を一度
確認してきて欲しいッス」
「立地とか大まかな外観で無ければ、まだまだ
直せますので―――
完成前に、奥様方とご覧になってきてください」
確かに建築途中とはいえ、いったんは妻たちにも
見てもらった方がいいだろう。
私は彼らに一礼すると、支部長室を退室した。
「新居?」
「もう出来たのか?
……あー、あの川向こうの開拓地か」
「ピュ?」
メルとアルテリーゼ、ラッチに事情を説明し―――
とにかく一度、下見に行こうと誘う。
川を挟んで……とはいえ、歩いて10分もしない
場所だ。
まだ道や交通は不便だが、石壁の囲いは出来て
いるので、中に入ってしまえば安全性は問題ない。
規模としては今の町の半分ほどで、東西の開拓が
終われば、理論上倍の人口を収容出来る事になる。
ただ西側は貴族や上流階級の人間が住むエリアに
なるという事なので、実際には1.5倍が妥当か。
そして、新しい我が家はというと……
「ふぉ、おおぉおお……」
「ほう。
まるで、あの伯爵のお屋敷みたいだのう」
「ピュピュ~♪」
今、仮住まいしている屋敷もかなりの大きさだが、
目前の3階建てのそれとは比べ物にならない。
貴族や上流階級が住むという事は、高級住宅街に
なるという事で……
我が家だけ普通の家にするというわけにも
いかなかったのだろう。
まずは建築に携わっている職人たちに挨拶し、
内見させてもらう事に。
「内装はこれからだが、家具さえ運んでもらえれば、
寝泊まりくらい出来るぜ」
職人の一人が案内しながら、満足気に語る。
よほど自分の仕事に自信を持っているのだろう。
リビング、台所、寝室と各部屋を回っていき―――
そしてとある場所で立ち止まった。
そこには……
「えっと……アレ?
室内に、あの人工池?」
「ずいぶんと深く掘ってあるところも
あるようだが……
ここで魚を育てるつもりかの?」
2人とも、その堀というか、掘られた床に
疑問を持つ。
「いえ、ここはお風呂なのですが」
その答えに、メルもアルテリーゼも顔を見合わせる。
まあ無理も無いだろう。
横幅は4メートルほどだが、縦に15メートルほどの
長方形。
深さは浅いところで80cmほど。
水深だと55cmか60cmくらいになるだろうか。
そのエリアが4メートル×3メートルくらい。
そして―――2メートルほどの緩やかな坂を挟んで、
4メートル×10メートル、深さ3メートルほどの
エリアがあった。
「お風呂にしては、あちら側がすごく深いような」
「泳げるようにしたのか?
しかし、あの人工池よりもずいぶんと深いように
見えるが……」
その疑問に答えるため、アルテリーゼに
ある事を頼む。
「ドラゴンの姿に? あっちで?
……まあ、確かに元の姿であっても、これくらいの
広さがあれば」
深い場所まで行ってもらって、ドラゴンの姿に
なってもらう。
水は抜いているので、深い掘の中にドラゴンがいる、
というだけのシュールな光景になったが。
「あ、シン! これってまさか」
メルは気付いたようで、思わず声を上げる。
「どうしたのだ、メル殿」
そこで、彼女と一緒にアルテリーゼのところまで
降りて行き、
「これなら、ドラゴンの姿でも―――
お風呂に浸かれると思って」
「……え? ええっ!?
わ、我のためか?」
ドラゴンの姿のままでうろたえるアルテリーゼ。
これは―――
王都から町へ戻ってきた日、パックさんと一緒に
浴場へ行った時、彼から提案された事だ。
彼もまた、シャンタルというドラゴンと
結婚したので、常に人間の姿でいるのは
ストレスも溜まるだろうと考え―――
せめてお風呂に入る時くらいはと、浴場をドラゴンの
サイズにする事にしたのだ。
幸い、水資源は魔法のおかげで無尽蔵と言っていい。
お湯にするには人を派遣してもらう必要があるが、
ほぼ毎日公衆浴場を運営出来ているので……
問題は無いだろう。
アルテリーゼは人間の姿に戻ると、
「わ、我のために……」
「ラッチもそのうち大きくなるだろうし、予め大きく
作っておけば、増築する手間は無いしね」
すると彼女は私に抱き着いてきて、
「シン~!!
やっぱりそなたと結婚して良かったぞ~!!」
「おー、よしよし」
泣きながら抱き着くアルテリーゼを、メルが
撫でて―――
私はそのまま顔を横に向け、職人さんに感謝の
言葉を述べる。
「そちらもありがとうございました。
こんなワガママを聞いてくれて」
「これくらい、何て事はありませんぜ!
寝室には普通の浴場も付けましたんで―――
全部、注文通りにやらせてもらってまさあ!」
それを聞いたメルは私に顔を近付けて、
「寝室にもあるんだ?」
「ええ。ラッチはまだ小さいですし―――
アルテリーゼと一緒ならともかく、誰かが入れて
あげる時は、普通のお風呂の方がいいでしょう。
それに人間の赤ん坊も、深くない方が
安全でしょうし」
人間の赤ん坊―――
という言葉に、メルは反応し、
「あ、ああ、そうだね!
ウンウン、フツーの人間の赤ちゃんの事も
考えないとねー」
と、顔を真っ赤にして答え―――
ひとまず新居の内見は終わった。
「じゃあ、私は他の職人さんたちにお土産を渡して
くるから……
他に、家に作って欲しい注文とかある?」
新居を出る前に、家族に一応要望を聞くと、
「台所も大きかったし、後から氷室も
作るんだよねー。
んー、今のところは無いかな。
シンにお任せー」
「我はお風呂だけでも満足じゃ♪」
「ピュ!」
と一任されたので、私は職人さんたちが
仕事をしている現場へと向かった。
後に残されたのは、女性2人とその子供―――
「……そーだよねえ。
いずれは私も赤ちゃんの事、考えておかないと
いけないんだよねー」
「まあ我は経験者であるし?
種族の違いはあれど、たいした差はなかろう。
そこは頼ってくれて構わんぞ」
「ホント頼むよアルちゃん~!!」
メルは不安を拭おうとアルテリーゼに抱き着く。
「それで、やっぱりラッチを産む時はキツかった?
どうだったの?」
「産む事自体はそれほど苦ではなかったがのう。
むしろ大変なのはそこから―――」
まーそうだよねえ……という気持ちで、
半ば納得した表情になるメル。
「とにかく、卵から孵るまでがもう心配の連続でな。
ちゃんとカラを破れるかどうか、眠れぬ日々を
過ごしたものよ」
「タマ……ゴ……?」
かくしてメルの表情は『ダメだアテにならねえ』
となり、町へ戻ったら住人のママさんたちと
仲良くなろう、と決意したのであった。
「う~ん……」
「さむっ!!
さすがに、動いている動物はあんまり
いないね」
「もう少し暖かくならなければ厳しいのう」
翌日―――
ラッチを孤児院へと預けてきた私とメル、
そしてアルテリーゼは、近場の森へ探索に
来ていた。
川は凍ってこそいなかったものの、さすがに
魚影はほとんど見えず……
猟をしようにも、野鳥の声や獲物の影さえ
見えない状態だった。
アルテリーゼが同行しているので―――
ドラゴンの匂いがすると小動物が逃げる、
というが……
それでも痕跡は残るはず。フンや足跡、草木が
折れたりかきわけられていたりとか。
それらが全く見当たらない。
「クレアージュさんから言われてはいたけど……
こうまで何も無いとは」
漁や猟が出来なくなってしまうと、それを手伝って
くれた人たちの仕事が無くなってしまう―――
という不安もあっての確認だったのだが。
ただ、冬の間の雇用対策はあっさりと解決した。
王家から報酬としてもらった、外灯の魔導具……
当然、魔力の補充が必要だと聞かされたのだが、
補充自体は魔力さえあれば、誰にでも出来るらしい。
なので、各地区を見回るパトロール部隊を編成し、
外灯の明かりがつかなくなっていたら、その都度
魔力を補充させる。
治安維持と魔導具の点検を兼ねたお仕事で、
隔日の交代制で1日銀貨10枚、30日で
銀貨150枚=金貨7枚と銀貨10枚、
という収入がブロンズクラスにもたらされていた。
少なくとも今季の冬の雇用対策は、これで
乗り切れるだろう。
「どうするー、シン?」
「我は平気だが……
メル殿は大丈夫か?」
「それなりに防寒対策はしてきたから、
まだ大丈夫だけど~……
帰ったらすぐお風呂行きたい」
妻2人の会話に、そろそろ切り上げか……
と判断する。
「あちら側の、大きな川を見てこよう。
今日のところはそれで帰ろうか」
「りょー」
「わかったぞ」
そして、アルテリーゼにドラゴンの姿になって
もらうと、私とメルはその背に乗って目的地へと
向かった。
「うっひょおぉお……
さすがに水の近くはヤバ……!」
水しぶきも無く、ただ静かに流れている
川だが―――
その大きさに改めて驚き、吹かれる風に
身を切るような寒さを感じる。
そういえば、この世界に転移させられた時……
この川を伝って、町まで来たんだよなあ。
もっともその時は、まだまだ町に近い
場所だったけど。
しばし物思いにふけたいところだが―――
メルはかなり寒そうにしているし、何より自分自身も
少々キツくなってきた。
「か、帰るとしますか……ん?」
と、川から振り返って一歩踏み出した途端―――
冬の殺風景な景色から一変、辺り一面がお花畑の
ような華やかさで彩られた。
「んなっ!? 何コレ!?」
「むう、これは……」
2人の反応を見るに、彼女たちも同じ光景を
見ているらしい。
しかし、幻覚だとするとマズい。
幻覚作用のある植物は地球にもあったし、
私が『否定』出来ない現象だ。
「大丈夫か? メル、アルテリーゼ」
「まあ、妙なモノが見えている以外は」
「季節外れには違い無いのう……」
しかし、意識はハッキリしている。
それでこうまで明確に見える幻覚などあるだろうか。
「これは、魔法か魔力によるものか?」
問いかける私に、2人は―――
「多分そうじゃないかと。
確かコレは……」
「ある植物が、身を守るために出して
おるのじゃろう」
花粉やら何やらで、物理的な物だったら対応は
出来ないが……
それなら対処は可能だ。
幻覚を見せる魔力など、
・・・・・
あり得ない―――
その瞬間、空間がぐにゃりと曲がったかと思うと、
突風のように景色が散った。
後に残ったのは、元通りの川辺の風景で……
「おっ、おぉお~!」
「魔法と判明したらコレか。
シンの能力は相変わらずすごいのう」
自分が無効化した事で、彼女たちの幻覚も
解けたようだ。
しかしやはり異世界、植物まで油断のならない……
だが、安全になったはずの光景に、メルと
アルテリーゼの2人は、対照的な対応になる。
アルテリーゼはホッと一息ついているが、メルは
周囲をキョロキョロと見渡す。
「どうしたんだ、メル」
「いえ、確かギルド長から聞いた事があるの。
このテの幻覚を見せる植物は……」
彼女に合わせるようにして、私ともう1人の
妻も辺りを見回す。
「あった……!」
メルの声に、彼女の視線の先に2人とも注目する。
そこには―――
「……穴?」
地球でいうところのマンホールの倍くらいの穴が、
ぽっかりと開いていた。
続けて私はメルに質問し、
「これ、何?」
「私も初めて見るけど、多分……
ジャイアント・バイパーの巣穴ですね」
バイパー……というとヘビって事か。
しかし、この入り口の大きさを必要とする
大蛇って事?
さすがにたじろいでいると、メルが説明を続ける。
「ギルド長の話では、こういう幻覚を見せる
植物のそばに、待ち伏せを兼ねて巣穴を
作る習性があるらしいんです」
「迷い込んだ獲物が幻覚で騒いだり戸惑ったり
しているウチにバクー、という寸法か」
アルテリーゼが分析して語り―――
同時にそれは、行動を早く決めなければならない、
という事でもある。
「……気付かれているかな?」
地球のヘビは、匂いや地面を伝う振動でも敵や獲物を
感知すると聞いた事がある。
それなら、すでに知られている可能性は高い。
「察知はしているでしょうけど……
私達が急に大人しくなったので、
警戒しているんじゃないでしょうか」
「頭は悪くないようじゃのう。
で、シン。どうする?」
これが普通であれば逃げる一択なのだが、
「んー、確か氷室ってもう完成してたっけ……
(肉が手に入る……)」
「シンもアルちゃんもいるし……
(肉が手に入る……)」
「まあ、手ぶらで帰るよりは……
(肉が手に入る……)」
と、全員で思惑が一致したような顔となり、
「じゃーアルテリーゼはドラゴンの姿になって。
メルは私の後ろに」
「りょー♪」
「任せるがよい♪」
妻2人に指示を出し、構えると―――
地面が振動したかと思うと、穴から巣の主が
顔をのぞかせる。
巨大な鎌首を持ち上げ、頭の部分だけでも
1メートルくらいになるだろうか……
という巨体。
穴から出てきている胴体だけでも、10メートルは
下らないだろう。
恐らく全長は20メートルくらいか。
そんな彼(彼女?)が対面したのは、人間の男女と
「おお、なかなか食いでがありそうじゃのう♪」
ドラゴンの姿を、その眼下に見下ろす。
生物界に於いて―――
体の大きさは重要なファクターとなる。
ドラゴンには面食らったものの、それでも
自分よりは小さい事に変わりなく……
ましてや、その隣りにいる人間2人など、
問題にすらしていないだろう。
もしくは、ドラゴンに襲われた人間が
逃げて来た―――
くらいに考えているのかも知れない。
しかし今回ばかりは、相手が悪かったと
言わざるを得ない。
中途半端に大きかったら私も危なかったが、
その時はアルテリーゼがいるから大丈夫だろう。
唯一の懸念は、ヘビと聞いて……
地球でも10メートルクラスはいてもおかしく
ないという事だけだった。
だが、今目の前にいるそれは、その大きさを
はるかに凌駕する。
つまるところ、私の常識の範囲外であり―――
ヘビでありながら……
そんな巨体は
・・・・・
あり得ない。
そう私が認識し、ぼそっとつぶやいた途端、
「フシュウゥウウッ!?」
大蛇が頭から崩れ落ちるようにして―――
今度はアルテリーゼを下から見上げる。
何が起きたかわからないだろうが……
私に取っては当然の、巨大化した場合の負担が
起きているだけだ。
その筋肉に、骨に、内臓に―――
重力という物理法則が、そのままダメージとなる。
「おんやあ?」
「ほお、まだ動けるのか?」
妻2人が驚くというより、感心したように
声を上げる。
「シュウゥウウッ!!」
ジャイアント・バイパーは最後の力を振り絞るように
して、首を方向転換させ、上下にのたうつ。
「……っ、マズイ!
アルテリーゼ、とどめを!!」
「! わかった!」
私の声に応じ、アルテリーゼは口を開け―――
そのまま大蛇の首に噛みついた。
ボキン、という響きが耳に伝わり、次いでブチブチと
引き千切る音がしたかと思うと……
胴体と頭が離れた。
「思ったより太いので手間取ったわ」
「うわ、まだ動いてるよー」
すでに戦闘不能になりながらも、まだ体を
よじったり回転させたりするそれを、妻2人が
ながめる。
ヘビだし、生命力は強いだろうな。
ただ頭という中枢を切り離せば、体の方は反射で
動いているだけのはず。
「よくやってくれた、アルテリーゼ。
水中に逃げられたら厄介な事になっていたよ」
ジャイアント・バイパーは恐らく、いきなり体が
鈍重になった事で―――
川へ逃げ込もうとしたのだろう。
水の中へ入ってしまえば、少なくとも重力の
制限は無くなる。
下手をしたらそのまま逃げられてしまったかも……
ふぅ、と一息つくと―――
ドラゴンの姿のままのアルテリーゼと目が合い、
「しかし、この巨体……
全部引きずり出してみないとわからないけど、
運べるかな?」
「さすがに我だけではなあ……
シャンタルを呼ばねばなるまい」
というワケで、アルテリーゼはいったん、
ジャイアント・バイパーの頭だけを持って、
メルと一緒に町に帰還し―――
シャンタルさんを呼んでくる事に。
私は一応ここに見張りのために残り、
待機するという形になった。
「フー……
まあ貴重なタンパク質の確保だと思えば」
地球ではヘビを食べるのに抵抗はあったけど、
こうまで大きくなると怪物だし、もう魔物も
ワイバーンも食べたし今さらだ。
それに食料供給が限られているとなると、
ゼイタクは言ってられない。
機会は最大限生かした方がいいだろう。
「んむ?」
一人になってから30分も経過した頃だろうか。
視界の片隅にチラチラと入る影があった。
さっそくバイパーの死骸を狙って、他の動物か
魔物が来たか?
多分小動物や、私の知っている通常サイズの
獣ではないだろう。
こんな大蛇がいたら、とっくに食われているか
逃げているかのどちらかのはずだ。
もし常識的なサイズだとしても、身体強化を
無効化出来るのだから、それほど警戒する
必要は無いが―――
「犬……いや、オオカミ?」
そこには、ちょっと大きめの犬程度の
オオカミがいた。
本当にウルフかどうかはわからないが、
地球の動物では一番近いだろう。
もうこれ以上獲物は要らないし、無益な殺生は
避けたいのだが……と思っていると、
「あれ……」
よく見ると、それは1匹ではなかった。
母親と思われるオオカミの足元に、3匹ほどの
小さな子供が見える。
そして何より、改めて見ると―――
母オオカミの姿はガリガリにやせ細っていた。
4匹は警戒しているのか、姿を現したその地点、
約5メートルくらいのところから決してこちらに
近付かないようにしていたが―――
私は辺りを見回し、アルテリーゼが食い千切る時に
出たであろう、ジャイアント・バイパーの肉片を
見つけて、
「ほら」
それを『彼女』たちの方へ放り投げると―――
まず母親であろうオオカミがすぐ近くに来るも、
匂いを嗅いで取らずに戻っていく。
「あ、もしかしたら」
アルテリーゼが仕留めた、という事は……
ドラゴンの匂いがついているという事だ。
それを思い出した私は、肉片をいったん川で
洗って、それを放ってみる。
母オオカミは今度は口にくわえ、そして
戻っていった。
彼女はそれを小さく千切って子供たちに与える。
見ると、よほどお腹が空いていたのか、3匹は
一斉に群がった。
肉片はそこそこ散らばっていたので、私は
それを拾って洗い、母オオカミに投げる。
5、6回ほどそれを作業のように繰り返した時、
バサッ、と突風と共に、2頭のドラゴンが上空に
現れた。
「シン! 待たせたな!」
「うわあ……頭の大きさから予想はしていましたが、
本当に大きいですねえ」
と、空から視線を水平に戻した時―――
オオカミの母子は姿を消していた。
まあ無理も無い……
そして彼女たちが降りてくると、
ジャイアント・バイパーの全身を巣穴から何とか
引っ張り出し、改めて運搬方法を相談する。
「どうしようか?
ロックリザードの時のように交代制にします?
それとも、ある程度ブツ切りにして」
と私が提案すると、
「いや、これだけ長ければ大丈夫であろう」
「わたくしとアルテリーゼで一緒に飛べば、
1回で運べると思います。
もちろん、身体強化も使いますが」
引きずり出したジャイアント・バイパーは
全長が20メートルほどあり―――
確かにこれだけ大きければ、彼女たちが同時に
持って飛ぶのに、問題は無いだろう。
「あ、あとお願いがあるんだけど。
いい? アルテリーゼ」
「む? 何だ?」
私はアルテリーゼに、オオカミの母子が
出た事を話し、
「彼らのために少し切り分けて、置いていって
欲しいんだけど」
「なるほどのう……
しかし、我ではドラゴンの匂いがついて
しまうのでは」
川で洗ったら大丈夫だった、と伝えると、
だいたい3kgくらいの大きさの肉片を
5個ほど噛み千切ってくれた。
私はそれを川の水で洗うと、それをオオカミの
母子がいた場所へ置く。
「じゃあ、お願いします」
「よし行くぞ! せーの……」
「……ハイッ!!」
ドラゴン2頭の掛け声と共に―――
ジャイアント・バイパーの巨体は空へと舞い上がり、
一路町へと向かった。
「ジャイアント・バイパーか……
よくわかったな」
町へ到着すると、さっそく冒険者ギルドに
連行され―――
メンバーの一員としてギルド長に報告する。
『無事だったか』ではなく『よくわかったな』
という言い方で、すでに危険は無いと判断して
いるのだろう。
「あの幻覚には参りましたが……
メルが知っていたので、助かりました」
「以前ギルド長が教えてくれましたから♪
覚えている私、偉いっ!」
「うむ!
メル殿のおかげで、対応は万事順調であった」
妻が元気良く答え、そして向かって右横にいる
男女が、地図らしき物とにらめっこする。
「かなり上流ッスね。
こんなところにジャイアント・バイパーが……」
「町から歩いて1日というところかしら。
近くに村や集落は無し、と……
一応、商人や旅人には報せておいた方が
良さそうです」
テキパキと事務処理と一緒に説明してくれる。
レイド君もなんだかんだ言って、ミリアさんの
サポートで仕事をスムーズにこなしている感じだ。
「そういえば、町に帰ってきた時……
バイパーの頭が見えなかったんですが」
するとミリアさんが顔を上げて、
「言ってませんでしたっけ?
パックさんとシャンタルさんの新居に、
研究対象を保存する氷室があったんですけど、
出来たばかりのそこに突っ込んだらしいです」
「何でも、もし毒を持っていたら牙とその付近が
危険とかで……
それで急いで西側の開拓地区に運んだッス」
レイド君の説明に思わず頭をかく。
ヘビだもんなあ……毒を持っている可能性は
当然あるよな。
「どうもすいません」
私が頭を下げると、ジャンさんが口を開き、
「いやいや。
あれだけ大量の肉を持ってきてくれたお前さんに
頭を下げられちゃ、こっちの立つ瀬がねえよ」
「そうッスよ!
ロックリザードの時もそうだったッスけど、今、
解体した先からジャイアント・バイパーの肉が
氷室に詰め込まれているッス!
あれだけの肉があれば、1週間くらいは
もつッスよ!」
「この町の人口が現在、700人ほどですが……
それを考えると、とても信じられない事です」
と、ギルド長・次期ギルド長・受付兼秘書の
3人に説明され、何だかこそばゆい気分になる。
「しかし、クーロウさんじゃないッスけど……
シンさんが町に来てからというもの、ホントーに
退屈しないッスよ」
「生活が一変しましたからね。
最初はその、正直……
『ジャイアント・ボーアを素手で叩き殺す、
怒らせたらヤヴァイ人』という認識でしたので」
そういえば、最初はそんな感じだったなあ……ん?
「えっと、ジャンさん。
この2人には、まだ……?」
それを聞くと、ギルド長はハッとした顔になり、
「おう、そういやすっかり忘れてたぜ」
「いや忘れないでくださいよ!」
アラフィフとアラフォーのやり取りに、
若い男女はきょとんとした表情になる。
事情を知っている妻2人もそこに参戦し、
「この2人なら、もう話してもいいんじゃ
ないですか?」
「ギルド支部の中枢にいる人物であろう?
我もいい加減、気兼ねなく話せた方がいい」
レイド君・ミリアさんは、いったい何を話して
いるのか事情がわからず―――
視線があちこちに飛ぶ。
「わかってるって。
ただ最近、いろいろあっただろうが。
それで失念してたんだよ」
そこでジャンさんは、いったん大きく息を吐いて、
次期ギルド長と女性職員に向かい、
「―――いいか。
これから話す事は、他言無用だ」
そして、私の『事情』を2人に説明し始めた。