テラーノベル
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今日は他の公務で行けない王妃の代理で、外国からきた劇団の舞台公演を観に行く。
午前の部の舞台前に俺からの挨拶がもれなくある。
「殿下業」は様々な行事での開式に挨拶を求められる。
今回も劇団と我が国の関わりや劇団の沿革、公演歴等を文化担当の文官が用意してくれた資料を読み込んできているので問題ないが、もう一度馬車の中で資料を読み、おさらいをして挨拶に挑む。
この劇団は様々な国や都市を巡って公演をしているが、今回の公演は自由を求める王妃と死神の執着愛を描いた物語で世界的にとても有名な演目だ。
わが国で公演するのはなんと18年ぶり。
劇中歌は市井でも大変人気があり、貴族のサロンから酒場まで、裾野広く演奏されている。
俺は母上に連れられて、幼い時にこの劇団のこの演目を観たことがあるが、子どもだった俺には死神が出てくるのが怖く、テーマの「愛」は少しも理解出来なかった。
それだけに大人になった今回はとても楽しみにしている。
劇場に行くのだからとオシャレをして、ジャケットにもカフスボタンにもこだわってみた。
「今日は担当外の公務なのにご機嫌ですね」
馬車の中で向かいに座るエーベルが憮然としながら読み込んでいた資料から目を離し、目を上げた。
「エーベルはこの劇を観たことはあるのか?」
「たぶん、アーロン殿下と一緒ですよ。18年前に一家で観に行きました」
「そうか—— そういえば、俺が観に行ったときにエーベルのご家族と挨拶をした覚えがあるな」
思い出せばあの時、すでにエーベルは眼鏡をかけていて、いまと変わらないキリッとしたお兄さんと言った感じだった。
あまりの懐かしさに笑みがこぼれる。
「あの時はただ怖いだけの劇だったけど、今回は「愛」を理解できる大人になっていると良いのだけど」
「アーロン殿下、早々にあきらめてください。男ふたりで観劇に来るなんて、世界中探したって私たちぐらいでしょう。悲劇を観る前から、こちらが悲劇ですよ。そんな私たちに「愛」が理解できると到底思えませんよ」
「——そうだね」
俺はエーベルの言葉に返す言葉が見つからない。
エーベルは冷たく言い放つと、すぐに資料に視線を戻した。
エーベルの機嫌が悪いのは、エーベルや文官が同行してくれそうな令嬢候補を提案してきたが全て断り、俺がエスコートする女性もなく劇場に行くのが不服らしい。
エーベルが目指す「殿下」のイメージと違うらしいのだ。
本来なら、このような観劇の公務は婚約者や妻を伴って行くものだ。ここは、愛する人をスマートにエスコートするのが「正しい殿下」だったらしい。
そんな人がいない俺の隣の席はエーベルだ。エーベルはそれがとても承服しかねるらしいのだ。
俺はそんなこと、少しも気にしないのにね。
俺とエーベルがふたりで並んでペアシートに座ることは少しも悪くないと思うのだが、普通の「殿下」はそうではないらしい。
そして、いろいろな国々を巡業する劇団に「わが国の殿下は素敵でしょ!」をアピールしたかったらしい。
⭐︎⭐︎⭐︎
さて、公演はつつがなく終了した。そして、大変素晴らしいものだった。
幕が下りても鳴りやまぬ拍手に帰ろうとしない人々。
まるでそこにいるすべての人たちが魅了魔法にかけられたようだった。
もちろん、俺もエーベルも魅了魔法をかけられたひとりだ。
「アーロン殿下の挨拶も(まあまあ)良かったですが、殿下の(無難な)挨拶が吹っ飛んでしまうぐらい劇がよかったですね」
行きは俺がエスコートする人がいないことを理由にご機嫌斜めだったエーベルが、まだトゲトゲはしているが打って変わってそこそこ上機嫌になった。
劇の感想をひとりでつらつらとよく喋っている。
エーベルは相当、深い魅了魔法にかかったようだ。
普段はあまり感情の起伏を見せないエーベルがここまで感情を見せるのだから、今回の公演はよほど感動したのだろう。
行きは言葉遊びを楽しむかのようにズケズケと文句を言っていたのに、帰りは夢見心地で劇の感想を語り続けている。そんなエーベルのギャップも悪くない。
エーベルの機嫌が良いと俺は楽しくなってくる。
「本当に最高だったな。特に劇中歌の3曲はいつ聞いても名曲だな。エーベルのお気に入りの曲の時は歌いそうになっていただろう」
「——見ておられたんですか」
エーベルの耳が一瞬で赤くなった。
「あ、いや、この曲、エーベルが好きだったなと思ってエーベルの方を見ただけだ」
「あの『最後の踊り』という曲ですね」
「それだ!執着愛の歌詞がたまらなく胸に刺さるな」
俺とエーベルはその曲の歌詞で盛り上がる。エーベルは歌詞を全部覚えているようだ。
俺がサビの部分をワンフレーズ歌うと、エーベルも声を重ねてきた。
そして、ふたりで馬車の中でその曲を最初から一緒に口ずさんだ。
そうしているうちに、また王妃の代理を務める次の公務先に着く。
中間層が住む住宅街にあるこじんまりとした教会だ。
今日はそこで、子どもの聖歌隊の練習を30分ほど見学することになっている。
案内された先には6〜12歳ぐらいまでの子どもたちが、お揃いの聖歌隊の衣装を着用して、きちんと並んで待っていてくれた。
上野文
10,047
#異世界転生
K-Takasaka
185
眠狂四郎
1,113
#異世界
百はな🍑
10,224
子どもたちやその場にいる保護者の方々に短い挨拶をすると、すぐに練習が始まった。
何曲か聞き終え、区切りの良いところで退席をしようとした時だった。
「アーロン殿下も1曲お願いします!」
聖歌隊のひとりの子どもが元気よく、俺にお願いをしてきた。
それを聞いた保護者たちが「キャー」と言いながら手を叩く。
俺は照れ笑いしながらも、助けを求めるように思わずエーベルを見た。
エーベルも予想外だったのだろう。子どもの無茶振りに困ったように曖昧な笑顔を浮かべている。
「今日は王妃様の代理でアーロン殿下がいらしているので、突然のお願いはダメですよ」
子どもたちを指導していた若い女性が慌てて子どもを窘めてくれたが、今日は観劇中からずっとピアノを弾きたい気分だったのだ。
それに子どものせっかくのお願いをむげに断るのは気が引ける。
「大丈夫ですよ。1曲、ピアノで良ければ演奏します。歌は私の側近が歌いますね」
今度は、突然の俺の無茶振りにエーベルがすごく慌てている。
「アーロン殿下!私は歌なんて無理ですって!」
俺は慌てるエーベルにニッコリ微笑むと歓声を上げている人々に話しかける。
「みなさま、今日から王立劇場で公演が始まったあの有名な劇中歌の1曲です」
大歓声が起きる。
ピアノの伴奏者と席を交代し、俺はピアノの椅子の高さを調整すると、渋々エーベルはピアノの横にきた。
「アーロン殿下、本気ですか?」
口角を上げて、大きくうなずき、俺はエーベルに曲目を伝える。
エーベルは曲目を聞くと、「歌いたかったから良いですが、高くつきますよ」とボソッと俺を脅してきた。
俺は深呼吸をすると鍵盤に置いた指先に集中する。
ピアノの前奏が始まると、最初の一音が響いた瞬間、さっきまでざわめいていた教会が波を打ったような静けさに包まれ、ピアノの音だけが響く。
そして、エーベルのテノールの声が旋律に乗ってきた。
曲目は「最後の踊り」だ。
馬車の中で一緒に歌った時よりも、もっとしなやかで伸びのあるエーベルの歌声。
子どもたちは真剣な表情で聴き入り、微動だにしなかった。
時折り、俺はエーベルとタイミングを合わせるように視線を交わす。そして、伴奏をしている俺はエーベルの呼吸に合わせるように弾く。
無事に大喝采の中、終えることができ、ようやく教会を後にした。
馬車に戻る頃には冷静でいつものエーベルに戻っていたが、眼鏡の瞳が怒っている?
突然の俺の無茶振りがやっぱり許せない?
「アーロン殿下はやっぱり『殿下』ですね。あそこのあの場面でサラリと1曲弾いてしまうあたり、やっぱり『殿下』なんですよね。今日は、女性のエスコートをしない殿下を『殿下らしくない』と酷い態度を取って、申し訳なかったです」
「えっ、いや、それは気にしていないよ。それより、あそこで一曲歌えるエーベルの方がすごいと思うけど」
エーベルの耳が、みるみる赤くなっていく。
「殿下の伴奏が歌いやすかったから、最後まで歌えたんです」
エーベルが少し照れくさそうにしたが、その満足そうな表情を見て俺は安堵した。
「そう言ってもらえると、頑張って弾いた甲斐があるな。耳で覚えただけだから、音程が合っているか不安だったんだ。エーベルの声に助けられたよ。ありがとう」
「……耳だけで、あれだけの演奏を?」
エーベルは呆れたように俺を見たあと、ふっと視線を落とした。
「今日のその姿で、あれだけの演奏をするアーロン殿下は、本当に『王子様』そのものでしたよ」
「では、今日の『歌姫』はエーベルだね」
「……もう、この人は!」
エーベルは顔を伏せ、真っ赤に染まった顔を両手で覆った。
コメント
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うわああ第29話も最高でした…!✨ エーベルの不機嫌→夢見心地→照れというギャップがもう尊すぎて heart 崩壊しました😭💕 教会での即興演奏シーン、殿下のピアノとエーベルの歌声が重なる瞬間、鳥肌立ちました…! お互いを認め合う最後のやりとりも「王子様」と「歌姫」の掛け合いがエモすぎる… 植まどかさん、今回も本当に素敵なエピソードをありがとうございます🌸