コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
大男のレモニカとベルニージュはまっすぐにレブネ氏の優雅な館の堅牢な門へと近づく。少し離れたところから衛兵たちは睨みを利かせ、さらに近づけば数人が集まってきて、いよいよ話しかける段には全員が腰の剣の鞘に手をかけていた。
今のレモニカの姿はそれだけ威圧的なのだと分かる。大男の姿は、まさか泥棒などしそうにもない富貴の者の格好だが、衛兵たちは疑念の手綱をしっかりと握る。
「御仁。そこで止まっていただけますか」と年嵩の衛兵が言う。レモニカたちが立ち止まっても鞘から手を離すことなく話す。「いったい何の御用でしょう。下手な考えは持たない方が良ろしいですぞ」
年嵩の衛兵は、大男レモニカの腰元をちらりと見る。
「レブネ氏はおられるか?」とレモニカはできうる限りどすを利かせた声で言う。「彼に売りたいものがある」
年嵩の衛兵は毅然と首を振り、臆することなく答える。「約束のない面会は全て断っています。お引き取りください」
「じゃあレブネ氏はいま館にいるんだな」とレモニカが言うと、ベルニージュが一歩前に進み出る。
しかし衛兵たちは剣を抜くどころか、一歩引いて二人に道を開けた。その直前、ベルニージュの足元から数匹の蜥蜴が飛び出して、衛兵たちの影の中に飛び込んだが、誰もそれを咎めることはなかった。
「これは便利だ。やるねえ、クオル」とベルニージュが称賛し、レモニカは顔を顰める。
「それがあの瓦礫の山を掘り返して得た成果ですか?」と刺々しく言う。
「これは工房馬車の方で得た魔法だよ。敵愾心というものを委縮させるんだね。まあ、魔導書を触媒にしなければ使い物にならなかったけど。発想は良い」
ベルニージュは門に触れて二言三言唱えると、門を固く閉じる古く石化した茨のごとき魔術が何でもないことのように取り払われる。
「そしてレブネ氏はとても用心している」ベルニージュは左右に伸びる高い塀に目線をやる。「盗人の狙いがよく分かってる。だから、侵入者が正面から来ることを想定していない」
レモニカはため息をつく。「ベルニージュさまには躊躇いというものがありませんの?」
「大袈裟だよ。あとでレブネ氏とは手を取り合うんだから、許してくれる。問題なし。この分ならレブネ氏にもすぐに会えそうだね」
実際に、それ以上二人を足止めする者は誰も現れなかった。二人は噴水の凍った冬の庭をまっすぐに進み、館の扉を無断で開き、部屋を一つ一つ訪問する。
いい加減にくたびれて、大声で呼び出そうと考え始めた矢先、何か手紙を認めていたレブネ氏を書斎らしき部屋で発見する。品のある落ち着いた色合いの書棚に囲まれ、硝子の窓からは冬のおずおずとした陽光が差し込んでいる。その姿は年相応に老いていて、富める者に相応しい丸々とした体だ。
レブネ氏は二人の闖入者に大層驚き、しかし肝の据わった人物で、すぐに居住まいをただし、その館の主人然とした態度に戻る。
その商いの才を贅肉に変えているようではあるが、油断ならない知性を秘めた瞳が二人を見つめる。こうして闖入者と相対しながらも頭の中では何らかの計算をしていることが窺い知れた。
「賊にしては奇妙な手合いだ。私に何か用かね?」不審を隠さないレブネ氏の声だが緊張は感じさせない。
「賊のことをよくご存じのようで」とベルニージュが呟くと、レブネ氏がじろりと睨みつける。
大男レモニカが答える。「見ての通り、この館の警備は穴だらけです。その穴を埋めるお手伝いに参りました。このご時世です。不安もありましょう」
レブネ氏は大口を開けて笑い、分厚い手のひらで机を何度か叩いた。
「じゃあ、何かね? 警備を押し売りに来たというのかね?」
「そういうことです」レモニカは自信たっぷりに頷く。「もちろんサンヴィアに名高いレブネ氏の商売柄を鑑みれば、当然そのような対策は知り尽くしておられることでしょうが、見ての通り我々は氏以上にその手の業を熟知しておりますので、今以上のご安心をお買い求めいただけるかと存じます」
レブネ氏の顔から笑みが消え、もう二度机を叩く。意味が分からないながらもレモニカは微笑みを浮かべたままでいた。余裕だけは崩すな、と事前にベルニージュに言われていたからだ。
ベルニージュが淡々と控えめに言う。「その魔法は小妖精が使うような、とても単純なものです。我々からすれば、娘が森を通り抜ける時のおまじないとそう変わりませんよ」
「だから何だ」レブネ氏は前のめりになって言う。「私はお前たちが商人でないことなど分かっているぞ。なぜか分かるか? お前たちは我々が最も大切にしているものが分からんか?」
「信用ですね」とレモニカは答える。
「ああ、うん。そうだ。信用だ」レブネ氏は拍子抜けた様子で勢いを殺される。「つまりだ。こんなやり方で信用を得られると思うか?」
レモニカは大仰に首を振る。「その必要はないんです。我々が信用される必要はないんですよ。もちろん信用してくださっても構いませんが」そう言ってレモニカは少しずつレブネ氏に近づいていく。「信用するのに必要なものが何か、ご存知ですか? 信用を得るため、ではなく、信用するために必要なものです。信用の土台となるもののことです」
これが最後のはったりで最後の賭けだ。
レブネ氏は黙ってレモニカを睨みつける。どのような返事があろうとなかろうと、続くレモニカの台詞は決まっていた。
「それは相手をよく知ることです。そういう意味で我々は、とても貴方を信用しているんですよ、レブネさん」
レモニカの姿は、レモニカもベルニージュも見知らぬ精悍な男の姿に変じていた。年の頃こそレブネと近い壮年の人物だが、こちらは細身ながら引き締まった肉体を誇示している。その姿を見るレブネ氏の真っ青になった顔がレモニカたちの勝利を意味していた。
レブネ氏の秘密を知る人間はこの町のどこにもいないが、この町はレブネ氏の秘密をよく知っていた。
ベルニージュがレモニカのそばへ近づき、レモニカの姿はいつもの大男の姿に戻る。
「そう怯えないでください。とてもお買い得ですよ」とレモニカは微笑みを浮かべて言った。
そうして二人は館を防備する魔術を売ることに成功した。支払いは全て真珠で行われ、メヴュラツィエの髑髏と釣り合うだけ払うことをレブネ氏は了承した。その意味の分からない勘定の仕方について勘繰ったりはしなかった。
ベルニージュは約束通りレブネ氏の館に魔術を施していく。レモニカにはその内容を推し量ることすらできないが、その楽しそうな様子を見るに、何かの実験を兼ねていることは間違いないだろうと確信した。
「どうせ悪党なら奪ってしまったっていいのに」とベルニージュは塀に魔術を施しながらぼやく。
「あくまでユカリさまが聞き集めた噂ですよ」レモニカはベルニージュから離れないように注意する。「もしかしたらただの噂に過ぎないかもしれませんが」
「へえ。ユカリのこと、信用しないんだ?」とベルニージュはからかうように言う。
「いつからあるか分からない廃墟の壁とか街の隅の石畳とかの話す噂なんて信用できないって話です。本当はわたくしたちが想像していることとは別の何かをレブネ氏は恐れているのかもしれませんわ」
「なるほどねえ。聞いてこようか?」
「やめてください!」
支払いは最後に行われた。豪勢な客室で待っていると、レブネ氏が大きな釣り下げ天秤を持ってきた。そしてベルニージュは天秤の片方の皿にメヴュラツィエの髑髏を乗せる。そしてもう片方にレブネ氏が真珠を乗せていく。何に怯えているのか氏の手が震えている。その邪悪な儀式めいた支払いに自分が加わることを想定していなかったようだ。一粒一粒慎重に真珠を置いていき、とうとう釣り合う。
すると天秤ばかり全体が、すなわち元型文字【天罰】が白い光を放つ。その直前にはレモニカとベルニージュは周囲に目を配っており、もう一つの光が北から届いていることを確認した。今は戦場となっているトンドの王都だ。
突然レブネ氏が叫び、椅子から転げ落ちる。
レモニカはレブネ氏の声に驚いて言う。「そこまで驚くことないでしょう?」
丸々としたレブネ氏は縮こまってさらに丸まって震える声で怒鳴る。「貴様ら! 何てことを! よくもそんな禍々しい光を! よくも!」
床に転がるレブネ氏を眺めながらベルニージュが冷静に分析する。「どうやら噂に尾ひれがついて怪物のようになっているみたいだね」
そしてレブネ氏の罵声を気にせず、真珠を用意していた革袋に詰め込み、メヴュラツィエの髑髏共々背嚢の中に片づける。
「さあ、帰ろう」ベルニージュが差し出した手をレモニカは握る。「ここに誰かが侵入する心配は一切完全に全くないけど、館を囲まれていたら面倒だよ」