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港町アクトートの生臭い裏通りを通り抜け、レモニカとベルニージュは出来る限り人込みを避けながら工房馬車へと戻る。ユカリの微笑みとユビスの鼻息と暖炉の温もりが二人を包み込むようにして出迎える。


「お帰り。二人とも。【天罰ポリーデム】を完成させたみたいだね。何ともなかった?」


ユカリのささやかな笑みに、レモニカは元気に答える。


「はい。特に問題なくつつがなく元型文字を完成させましたわ。これで残りは三つですわね」


ユカリはただ頷く。鼻を鳴らすユビスの方が嬉しそうに見えるくらいだ。


「魔導書の完成にまた一歩近づいたのですわよね?」と焚書官の姿になったレモニカは確認する。

「うん。そうだよ」とユカリは答える。

「ユカリさまは、お二人は、それが目的で旅をしているのですわよね?」

ユカリは控えめに笑って言う。「うん。そう。どうしたの? レモニカ。それで合ってるよ?」

レモニカは目を伏せ、次いで頷く。「それなら良いのですけど」


少しも慰めにはならないらしい。あのルキーナという魔法使いが闇の中に消滅したことは、それだけユカリの心に重くのしかかっているのだ。

そんなユカリの姿を見て、レモニカの心までどこか真っ暗な谷底へと落ちていくような気分になった。


その時、工房馬車の扉を誰かが叩く。


「おい! いないのか!? 大変なんだ! 手伝ってくれ!」


必死の呼び声に急かされて扉を開けるとそこにいたのは焚書官の一人だった。黒衣の乱れようはその慌てぶりと相まって事の深刻さを伝える。鉄仮面に隠れていてもなお、その表情が歪んでいることは見て取れる。だが、焚書官の誰なのか、レモニカは名前を覚えていない。短い旅を共にしてきたが、全員の名前を覚えたのはユカリだけだった。


ベルニージュのそばから離れずにレモニカは尋ねる。「そんなに慌ててどうされたのですか?」

焚書官は荒い息を落ち着けることなく言葉をぶつける。「突然襲ってきたんだ! 魔物だ! 魔物が! 街に雪崩れ込んできて! 戦ってる! みんな戦ってるんだ! だが一体、二体じゃない! 沢山の魔物だ!」


「どうか落ち着いて」レモニカは確かめるように話す。「魔物というのはクオルが生み出した混ざり合った獣たちのことですわね?」

焚書官が、レモニカの横から顔を出したベルニージュに乞う。「助けてくれ! 人手が足りないんだ!」


「分かったから落ち着きなって」ベルニージュはその場にいる全員に視線を巡らせる。「とにかくあんたはサイスの支援に戻って。体が溶けるまで油断しちゃ駄目だよ。ワタシは魔物を潰して回るからユカリは避難誘導。レモニカは待機」

「そんな! なぜ!」と口走るレモニカを咎めるように、

ベルニージュは言い放つ。「分からないの!?」

レモニカははっとして目を伏せる。「失礼いたしました。承知いたしております」


ベルニージュはどこか安心したようなため息をつく。


「レモニカにはレモニカにできることがあるかもしれない。ないかもしれない」ベルニージュは大男レモニカの精悍な眼差しを真っすぐに見つめて正直に言う。「ワタシには分からないけど、レモニカには分かるかもしれない」


そう言うとベルニージュは先んじた焚書官を追いかけるように工房馬車を飛び出した。


「ベルニージュなりの優しさだから気にしないでね」とユカリに慰められ、焚書官姿のレモニカは己の不甲斐なさに歯噛みする。


ユカリは工房馬車の周囲に視線を巡らせ、誰もいないことを確認すると【微笑みを浮かべ】、魔法少女に変身する。仄かな光で辺りが明らむ。


「何だか久しぶりに変身したよ」と明るく言って、魔法少女は小さな体を精いっぱい伸びする。「まあ、そうだけど。でも、ほら、呪いを弾くし。一応ね」


ユカリは何事かをグリュエーと話すとレモニカに向き直る。


「自分がどこにいて、どこに行きたいか分かれば、どう進むべきか分かるよ。受け売りだけどね」


力強く、しかし押しつけがましくならないよう遠慮しつつ、そう言うとユカリは工房馬車を飛び出して、文字通り風のようにアクトートの街へと走り去った。


レモニカは工房馬車の庭に面する一番広い部屋へと移動して、その時を待つ。しばらくして焚書官の姿から魔物の姿へと変わる。町を逃げ惑う人々が最も嫌っている生き物の姿へと次々に変身してしまう。このような身で市井に飛び出せばどうなるか。


人間のように立つ鼠。沢山の足が生えた鼠。犬の頭と尻尾を持つ馬。猫のようにしなやかな体の鼠。そのどれもが馬よりも大きく、像よりも小さい程度の大きさだった。一番広い部屋と言えど、家具を押し倒し、天井に頭をぶつけることになる。


ほとんどが鼠の要素を持っている。ゲッパの臣下たち、ブーカの仲間たちは多大な犠牲を払ったということだ。


「レモニカどの! 大丈夫なのか!?」


押しやられた机の上で鼠が飛び跳ねながら言った。


「陛下!? ゲッパ陛下ですのね!? わたくしは平気です。陛下は、ブーカは、お仲間たちは……」


レモニカはそれ以上言葉にするのをやめた。


「多くが犠牲になった」ゲッパは責めるようでもなく、悲しむようでもなく、ただ毅然と起きた事実を、関心無き者に伝えるように淡々と言った。「しかし鼠とはそういうものだ。ブーカは馬車を降りたが、すぐに繁栄を手に入れることだろう。この馬車の中とて、すでに失った数より多くの仲間がいるのだ、まだ子供だが。レモニカどのが気にすることはない」

「しかしわたくしは多くの犠牲を――」

ゲッパは否む。「そうではない。レモニカどのよ。犠牲の価値は生き延びた者次第で如何様にもなってしまうものなのだ。他者の犠牲を軽んじるのが愚か者なら、他者の犠牲を重んじるのは怠け者というものだ」

「しかしわたくしにはユカリさまやベルニージュさまのような力はありません」そう話す間にもレモニカの体は次々に変化する。「わたくしにできることなど……」


レモニカの変身の衝撃で開かれた窓からアクトートの町が見える。まるで神話の時代のように勇壮なる炎の巨人が闊歩し、人々が束になって空を流されるように飛んでいる。不思議で奇天烈で驚異的な光景に目を奪われる。


「ベルニージュ! あの赤髪の娘も言っていたな!」ゲッパは大袈裟に言い立てる。「レモニカどのにもできることがあると!」

「そこまでは仰ってませんでしたわ」

「それにユカリ! あの黒髪の娘も言っていた! レモニカどのなら進むべき道が分かると」

「それも言い過ぎですわ」


「そしてわれも、鼠の誇りにかけてこう言える。われに、鼠に、一匹で成し遂げられることなどない。しかしわれら鼠に成し遂げられぬことなどない、と」ゲッパは貫録に満ちた佇まいで天井を仰ぐ。「つどえ。たかれ。小さき者どもよ。われ黄金ベベム王であるひしめき騎士団総長にして、レモニカの工房馬車の転主、毛艶ゲッパ一世である!」


そう言うと、柱や梁、家具の下、絨毯カーペットの裏、部屋中のありとあらゆるところから鼠が姿を現した。


「さあ、レモニカどの。次はともに行こうぞ!」


ゲッパの後押しにレモニカの心は奮い立った。どこへ向かうにしても進まねばならない、と。ただでさえ二人・・は常に進んでいるのだ。立ち止まっている場合ではないだろう。


レモニカは思考を巡らせる。無数の小さな軍団が仲間になったとはいえ、相手は身を焦がす炎にすら関心を払わない魔物だ。鼠がたかっても気づきすらしないかもしれない。

必要なのは頭や四肢を破壊できる強力な一撃だ。


ふとレモニカは異形の体で首を傾げる。「え? レモニカの工房馬車? そうなのですか?」

「もちろん、そうなのだ」とゲッパは威厳たっぷりに頷く。「クオルはいなくなったのだから、当然 次に長らく馬車で時を過ごしたレモニカどのの他にはなかろう」


何となくベルニージュが工房馬車の所有者だろうと感じていたのは、操作していたのがベルニージュだからだろう。しかしよくよく考えてみれば、自分の工房を欲しがっているベルニージュがこの工房馬車そのものを欲しがるはずもない。


「みなさんはいらないのですか?」

ゲッパはつまらない冗談を聞いたかのように控えめに笑う。「いるもいらないもない。われらは巣食うだけだ」


人間にはわからない鼠の価値観があるのだろう、とレモニカは無理矢理に納得することにした。

その時、レモニカは閃く。


「わたくしにも、いえ、わたくしたちにも出来ることがあるかもしれません。どうか協力していただけますか!?」


鼠たちはきいきい声でレモニカに応えた。

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